2-5:「死の集落Ⅴ」

 指揮通信車は交差路を離れてしばらく走り、周辺にゾンビの姿が見られなくなった所で一度停車した。


「はぁッ――全員異常無いか?」


 河義は車上から一度周辺を見渡して、安全を確認した後に各員に問う。


「ナシ」

「えぇ、問題ありません」

「僕も、大丈夫だ……」


 策頼や制刻、ハシアがそれに答える。


「出蔵、ニニマさんは?」

「大丈夫でーす」


 河義が車内に問いかけると、空いていた指揮官用キューポラから出蔵がひょこりと顔を出した。


「それで、収穫はありましたか?」


 矢万は若干疲れた様子で、河義に尋ねる。


「いや、残念だが収穫と言える程の物は無かった。アインプさんが使っていた武器は見つかったが……」


 河義は言いながら、制刻が手にしている戦斧に視線を落とす。


「これは……確かにアインプの物だ」


 ハシアも戦斧を確認して呟く。


「こいつがあったって事は、いったんはあそこにいたんだろうな」

「でも、それだけじゃぁ……」


 制刻が言い、それに続いて出蔵が呟く。


「……あれ?」


 その時、ニニマが何かに気付いた。


「どうした姉ちゃん」

「あの、その斧の柄掛かってるペンダント……」

「ん?」


 制刻はニニマの視線を追い、戦斧の柄に視線を落とす。見れば、そこにはニニマの言う通り、ペンダントの紐が絡まっていた。


「あぁ、こんなモンがくっ付いてたのか」

「これは……アインプの物じゃないな」


 制刻が絡まっていたペンダントを取り、横からそれを確認したハシアが発する。


「姉ちゃん、これに覚えがあるのか?」


 言いながら制刻は、ペンダントをニニマに渡す。


「……やっぱり、これは私の家にあった物です」


 ニニマは少しの間ペンダントを観察した後に、確信を持った様子で言った。


「ニニマさんの?」

「はい、母が作ってくれた物なんです。私も同じものを持っています」


 ハシアの言葉に、ニニマは自身の首元に下がるペンダントを示して見せながら言う。


「それがなぜアインプの斧に?」

「それは、分かりません……」


 ハシアは疑問の言葉に、ニニマも少し困惑した様子で答える。


「だが、姉ちゃんの家に何かありそうだな」


 そこで制刻が言う。


「河義三曹、姉ちゃんの家に行ってみるのがいいかと」

「そうだな……他に当ても無い、行ってみるか」


 制刻の進言を受け入れ、偵察隊はニニマの家へ向かう事となった。




 偵察隊は集落を走り抜け、ニニマの家へと辿り着いた。

 ニニマの家は他の家屋より少し離れた位置にあり、敷地、建物共に他の家屋よりもやや広くそして大きかった。


「ここです!」


 指揮通信車は家の門を越え、敷地内へと入り込み停車する。


「何か他の家と違って広いな」

「一応、村長の家なので……」

「成程、嬢ちゃんは本当にお嬢だったわけだ」

「そ、そんなんじゃないです」


 新好地の言葉に、ニニマは謙遜を見せる。


「ともかく、ここにアインプがいるかもしれない。僕は家の中を見てくる」

「あ、ハシアさん――!」


 河義が制止の声を掛けるが、ハシアは建物の方へと駆けて行ってしまった。


「俺達も行こうぜ!」

「あ、あの!私も――」


 新好地やニニマもそれに続こうとする。


「待った、門の方を見ろ!」


 しかしそこで、12.7㎜重機関銃に付いていた矢万が、門の向こうを視線で示しながら声を上げた。


「オオオーー……」


 不気味な呻き声を上げながら、多数のゾンビが接近する姿がそこに見えた。そしてその数は今までの比ではない物だ。


「糞、またゾンビか!」

「それも結構な数だ。こりゃ、探すどこじゃねぇな」


 ゾンビ達の姿を見て新好地が悪態を吐き、制刻は呟く。


「あれを全部相手してたら、弾が空っけつになっちまうぞ!」


 矢万が叫ぶ。


「河義三曹、直接相手をするのは避けるべきです。バリケードを築いて、奴らを足止めしましょう」

「あ、あぁ」


 制刻は河義に進言すると、今度はニニマに振り返る。


「姉ちゃん。この家に、油の類はねぇか?」

「あ、油でしたら料理や食べ物の加工に使うための油の樽が、離れの倉庫にあります……」


ニニマは敷地の隅にある小さな倉庫を指し示しながら言う。


「火でも放とうっていうのか?」

「えぇ。策頼と俺でそれを取りに行きます。河義三曹達は、バリケードの設置を」

「わ、分かった……」


 河義は制刻の進言を聞き入れ、各員は作業を開始した。




「アインプ!いるのかい!?」


 村長邸に踏み込んだハシアは、アインプを探して家屋内を探し回っていた。

 家屋内の各部屋を調べ尽くしたハシアは、最後に屋内の奥側にある物置らしき部屋の間へに立つ。


「ここが最後か……」


 ハシアは剣を構え直し、警戒しながら扉を開ける。


「また来たな!この縄ほどけぇッ!」


 部屋内から甲高い女の声が聞こえて来たのは、その次の瞬間だった。


「もっぺん言うぞ!この縄ほどけよぉ、性悪女ァ!」

「その声……――守護の力よ、我が身に集え――」


 ハシアは自身の片腕を翳し、小さく呟く。

 すると彼の手に、淡い炎のような発光体が発言し、纏わりついた。

 本来は自身の攻撃力を高めるための魔法であったが、ハシアはそれを伴って発言する発光体を、明かりの代わりにしたのだ。


「うわッ!急に明かりを……って、あれ?」

「アインプ、やはり君かだったか!」


 明かりに照らされた声の主の正体は、アインプであった。


「は、ハシア!なんでここに……?」

「何でって、君を助けに来たに決まってるじゃないか……」

「あ、そっか」


 アインプの反応に、ハシアは若干か呆れた様子をその顔に浮かべる。


「とにかく、ここから逃げるよ」


 ハシアは言うと、拘束からアインプを解放するべく、彼女に近寄ろうとする。


「あらぁ、感動的なご対面だことぉ」


 しかしその時、ハシアの背後から不気味な声が響き聞こえた。

 ハシアは驚き振り向く。そこには、ローブ姿の一人の女が立っていた。


「ぬぁッ!お前!」

「うふふ、ごめんなさい、お邪魔しちゃって」


 アインプの敵意の視線を気にもせず、ローブ姿の女は微笑を作って発する。


「誰だ、君は……!」


 ハシアは警戒の視線を、大剣の切っ先をローブ姿の女に向けて問う。


「あら、私としたことが――申し遅れました。私、魔術師をしているイロニスと申しますわ、勇者様」


 イロニスと名乗った彼女は、ローブの端をスカートのように摘まみ、お辞儀をして見せる。


「……アインプを拘束したのは君か……?」

「えぇ、私のアンデッドちゃん達を相手に思いのほか奮闘してくれましたので、ぜひとも実験材料にと」


 イロニスのその言葉に、ハシアは目を剥く。


「何を――まさか、この村の惨状は君の仕業だというのか……!?」

「あらあら、そんなにお怖い顔をなさらないで、カワイイお顔が台無しですわ。私は、魔術を扱う物としての好奇心を実践してみたまでですわ」

「な、なんてことを……!何が好奇心だ!こんなに多くの人達を犠牲にして……ッ!」


 ハシアは怒りを込めて言い放つ。


「うふふ、さすが勇者様。素敵な正義感ですわ。そして、あなたの全身から溢れる怒気と魔力――」


 イロニスは舌先で自らの下唇を軽く舐め、そして言う。


「あなたもいい研究材料になりそう」

「ふざけるなぁーーッ!」


 イロニスのその言葉を聞いた瞬間、ハシアは脚を踏み切り、イロニスに向かって切りかかる。


「ッ!」


 しかし大剣を振りかぶる直前、ハシアは自身の横から殺気を感じ取る。そしてその方向へ剣を翳した瞬間、何かが襲い掛かり、鈍い衝撃が彼を襲った。


「ぐッ!」


 辛うじて襲い来た物を大剣で防いだものの、ハシアは横に軽く飛ばされる。

 どうにか足を着いて体勢立て直したハシアの目に映ったのは、獣のようなゾンビの姿だった。


「うふふ、さすがですわ勇者様。この子達の素早さに反応なさるなんて」


 楽しそうに言うイロニス。彼女の周辺には、どこから現れたのか、数体の獣のようなゾンビがいる。不思議な事に、ゾンビ達はイロニスに襲い掛かる事は無く、彼女を守るように周囲を取り巻いていた。


「な……!アンデッドを、操っているのというのか……!?」

「えぇ。少し施術を施せば、この子達もいい子になって、いう事を聞いてくださいますのよ?」

「人に……なんてことを……!」


 イロニスの言葉を聞き、ハシアは歯を食いしばる。


「さぁ、みんな。少し勇者様と遊んであげて」


 微笑を浮かべて発するイロニス。そして次の瞬間、彼女の命を受けた獣のようなゴブリン達が、一斉にハシア向かって飛び掛かって来た。


 「……くッ!」


 それに対して、ハシアは意を決し、大剣を薙いだ。狭い室内で、しかし障害物にぶつからないよう巧みに薙がれた大剣は、ハシアに襲い掛かろうとしたゾンビ達を、まとめて横一文字に切り裂いた。


「あらぁ、さすが勇者様。俊足型のアンデッドちゃん達じゃあ、手に余るみたいねぇ」


 ゾンビ達が一瞬の内に倒されたにも関わらず、イロニスはどこか呑気に、そして嬉しそうに発する。


「ッ……いい加減に……!」

「じゃあ、この子ならどうかしらぁ?」


 イロニスはハシアの言葉を遮り発し、そしてその指をパチンと鳴らした。

 そして彼女の背後、部屋の影から、今までとは毛色の違う存在が姿を現す。


「な……」


 現れた存在に、ハシアは言葉を失う。

 〝それ〟は人の形をしてはいた。しかし、顔、体、手足の全てがぶっくりと腫れ上がり、そして肌はそれまでのゾンビ達同様、ボロボロになり酷く変色している。元から恰幅の良い人間だったのだろうそれは、醜い変化によりより重量感を増し、緩慢な動きでノシノシとイロニスの横へと歩いて来る。


「少し手を加えた特異体ですわぁ。この子なら、勇者様も少しはお楽しみいただけるかと。――さぁ、勇者様と遊んであげて」


 イロニスが発すると同時に、その特異体ゾンビは、その巨体に見合わぬ瞬発力を見せ、ハシア向けて突貫した。


「な――がぁッ――!」


 その外観に似合わぬ速さにハシアの反応は遅れ、彼は特異体ゾンビの体当たりを諸に受ける。

 そしてハシアと特異体ゾンビは背後にあった家屋の壁を倒壊させ、外へと飛び出した。




 偵察隊各員は村長邸の敷地内にあったガラクタなどをかき集め、どうにか門を塞ぐバリケードを完成させていた。そして今は小屋から拝借して来た油樽の中身を、周囲に散布している。


「これ、うまく行きますかね?」

「さぁな、やってみるしかねぇ」


作業を行いながら呟く出蔵に、制刻が答える。

 ゴシャッ、っと何かが倒壊する音がその場にいる各員の耳に届いたのは、その時だった。


「何だ今の音?」

「家の裏からだな、家ん中でなんかあったか」


 河義が疑問の声を上げ、制刻が推測の言葉を発する。


「ハシアさん、どうしました!?応答してください!」


 河義はハシアに向けて無線通信を発報する。しかし、インターカムを付けているはずのハシアからの応答は無い。


「そんな、まさか――お、お父さん、お母さん!」


 その直後、ニニマが家に向かって駆け出した。


「ちょ、ニニマさん!」

「俺が追います!」


 河義の制止の声も聞かずに行ってしまったニニマを、新好地が追いかける。


「俺は裏を見てきます。策頼、一緒に来てくれ」

「は」

「すまん、頼む!」


 そして河義の言葉を受けながら、制刻と策頼は、村長邸の裏へと向かった。

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