1-18:「事態終了と今後/衛生隊員」

 その後、小隊は廃村およびその周辺の索敵調査を実施。山賊の集団が完全に無力化された事と、取り残された住民が居ない事を確認し、山頂の廃村から撤収した。

 昇林の町の、避難区画のバリケード前まで戻って来た小隊を迎えたのは、万が一に備え、町の住民を守るために残った一個分隊。

 そしてロナ少年や町長達の姿だった。

 小型トラックが彼等の前に停車し、それに乗せられていたエナ少女が、隊員の手助けを受けつつ降ろされた。


「お父さん、お母さん……!」


 小型トラックを降りた彼女は、発しながら町長の元へ駆け寄る。町長は駆け寄って来た少女の体を抱き留め、強く抱きしめる。その横では、町長の妻でエナの母親らしき女性が、流れる涙を拭っていた。

 しばらく家族と抱擁を交わし合ったエナは、そこで自分を見つめる視線に気づく。

 視線の主はロナ少年だ。

 エナは家族の元を離れると、彼の元へと駆け寄る。


「……エナ、ごめん……僕、何もできなかった……」


 エナを前にして、ロナは今にも泣き出しそうな声で言う。


「エナがさらわれたのに、何も……」


 ついに少年の目からは涙が零れる。

 しかしその直後、エナの指先が少年の目元へと伸び、零れた涙を掬った。


「!」

「泣かないで、ロナ」


 そしてエナは、ロナの手を取って優しい声で言う。


「聞いたよ。わたしを助けに来ようとしてくれたって――ありがとう――」

「エナ……良かった、本当に良かった――」


 そして少年と少女は、手を取り合い、共に再開を喜ぶ涙を流した。




 町へ戻った小隊は、夜を徹して町の防護と周辺の哨戒、および怪我人の手当てなどの各種支援を行った。

 結果、残党による襲撃、残党との会敵などは無く、町に対する山賊の脅威は完全に排除されたと判断された。

 この町での役割は終わり、小隊は高地の陣地へ帰投することとなった。

 各員が撤収準備を行っている中、鷹幅と河義は町長と話をしていた。


「本当に申し訳ありません。恩人であるあなた方を手ぶらで帰らせてしまうなんて……」


町長は心底申し訳なさそうな表情で言う。


「とんでもありません。町がこのような状況なのです、そこから物品を巻き上げることなど、とてもできません」


 対する鷹幅はそう返す。

 本来の町への来訪目的は物資補給であったが、現在の昇林の町の状況から、隊はそれを断念する事となった。


「俺達からも何かあげられれば良かったんだが」

「私たちはただの貧乏な旅人だからな……」

「結局、何から何まであんた達には、してもらいっ放しだったな……」


 町長の横に居たエティラとセネが、苦々しい表情で発する。


「そんな事言わないで下さい。皆さんからは、情報を提供していただきました。我々にとってはこれも大きな収穫です」


 河義は申し訳なさそうな顔を崩さない町長やエティラ達に言う。


「そのお言葉に甘えさせて頂くしかない事が、心苦しい限りです……。


 町が元に戻った暁には、ぜひとももう一度おいでください。町を上げて歓迎させていただきます」


「私達も、町の一日も早い復興を願っています」


 町長の言葉に鷹幅が返す。

 そして町長やエティラを始め、町の人々に見送られながら、小隊は町を後にした。




 小隊を収容した車輛の列は、装甲戦闘車を先頭に大型トラック二車が続き、車列の両脇に小型トラックが散会して警戒に当たる陣形を取って、帰路を進んでいる。


「ぬぁーあ。結局、慈善事業しに行っただけかよ」


 車列の左側に位置する小型トラックの上で、皮肉の込められた声が上がる。声の主は他でも無い竹泉だ。彼は後席のシートにだるそうに背を預けている。


「竹泉」


 そんな竹泉に対して、助手席の河義から咎める声が上がる。


「仕方がないだろう。あんな状況の町から、物資を融通してもらうわけには行かなかったんだ」

「あぁ、そうでござんすねぇ。俺が悪ぅございました!」


 河義の叱りつける言葉に、竹泉は反省の色など微塵も見られない謝罪の言葉で答えた。


「まったく……」

「まぁしかし、今回はしゃぁねぇとして、次の手を早いトコ打たにゃぁなりません」


 ため息交じりに発した河義に、言葉を掛けたのは制刻だ。


「確かに――それはそうだな」


 先日のミーティングでもあった通り、現在の隊の食糧事情は余裕があると言えるものではなく、必然、状況改善のために浪費できる時間も多くは無い。隊は、限られた時間で状況を打開しなければならなかった。


「んでもって、この世界はきな臭さに事かかねぇようです。動かなきゃならねぇ以上、今後も面倒ごとに巻き込まれる可能性は高いでしょう」

「こんな事態が今後も続くっていうのか……?」


 制刻の発言に、運転席でハンドルを握る鳳藤が返す。


「必ずと言う訳ではないだろうが……想定の上で行動しなければならないだろうな。この世界で、俺達の常識は通用しないようだからな」


 鳳藤の言葉に、今度は河義が返す。


「けっ、やれやれだぜ」


 会話を聞いていた竹泉が、片手を翳しながら悪態を吐く。

 やがて彼等の視線の先に、隊が野営地を置く高地が見えて来た。




 小隊が高地の野営地へと帰投し、指揮所用の業務用天幕内では、三度主要な各隊員が集合し、今後の方針について話し合いが行われていた。


「近隣の町からの補給が望めなくなった以上、より遠くへ足を延ばさざるを得ません」


 発したのは、女三曹の帆櫛だ。

 彼女はその腕に抱いていたタブレット端末を長机の上に置き、画面に表示されたこの世界の地図の画像を指し示しながら、説明を始める。

 すでに補給が望めそうな、次に来訪すべき場所の目星はつけられていた。

 ピックアップされたのは二つの町。

 一つは先に訪問した昇林の町をさらに東に行き、その先にある連峰を越えた所にある町。

 かなり大きな町の様であり、物資の調達が可能な望みがあったが、連峰と国境をを越えなければならない事から、危険性が懸念された。

 もう一つは隊が野営地を置く高地から、北西に進んだ所にある町。

 この町は、昇林の町が救援を求めに使者を送った町でもあった。規模は中程度だが、地図上に障害物らしき物は確認できず、何より町は騎士隊の常駐地なっているとの情報が得られており、治安の高さが期待できた。


「東の方の町はハイリスクハイリターンってとこか……安全性を考えるなら後者か?どう思う、井神さん?」


 そこまで帆櫛の説明を聞いた小千谷二尉が、タブレット端末に目を落としながら発する。


「いえ、時間的に猶予があるとは言えません。ここは思い切って、両方に部隊を向けましょう」


 尋ねられた井神はそう答えた。


「成程、それも有りか。で、部隊編成はどうする?山を越えなければならないのなら、いっそ東へはヘリで行くか?」


 小千谷の発案に、しかし帆櫛が「いえ」と言葉を返す。

 情報によれば、連峰は馬車で往来が可能な道が通っているという事。そして何より、万が一の際に緊急展開できるのはヘリコプターだけであることから、ヘリコプターは待機願いたいという旨が、帆櫛の口から小千谷に伝えられた。


「成程な、了解」


 続けて帆櫛は各方へ向かわせる部隊の概要説明に入る。

 東の国境を越えた先にある町へは、防護と機動性を兼ね合わせた、現状唯一の装輪装甲車である82式指揮通信車をAPC代わりとして使用し、向かわせる事。そして北西の町には高機動車を、念のため重火器を搭載して向かわせる事。そして人員は、今日まででこの異世界においての戦闘を経験した者を中心に編成する事が説明された。




 野営地の一角にある衛生隊用天幕。

 その中に、一人の男性隊員の姿があった。

 長身で、やや狡猾そうな顔立ちが特徴的で、袖には一士の階級章と、赤十字の腕章を付けている。衛生科の所属である彼は、今現在、各衛生用器具の消毒、整備等を行っていた。


「あ、いたいた。みねさん」


 そんな彼を呼ぶ声が、天幕の出入り口から聞こえる。

 峰と呼ばれた彼がそちらへ目を向ければ、天幕の入り口に一人の女隊員が立っていた。

 身長は150㎝もなく、一見すれば中高生と間違えそうな顔立ち。髪は後頭部で結って短いポニーテールにしている。袖には二士の階級章を付け、そして峰と同じく赤十字の腕章を付けていた。


「あぁ、出蔵でくら。どうした」


峰はそんな彼女を出蔵と呼び、尋ねる。


重田しげた一曹が、集まってくれだそうです」

「了解、行くよ」


 峰は作業に切りを付けると、出蔵と共に天幕を出た。

 天幕を出た先では、二人の隊員が待ち構えていた。

 一人は一曹の階級を付けた中年の隊員。先程出蔵が重田と呼んでいたのは彼だ。

 もう一人は一士の階級章を付けた、小麦色に日焼けした隊員。

 どちらも峰等と同様に、赤十字の腕章を袖に付けている。この場に集った彼等は、皆衛生科の所属する衛生隊員であった。


「すまんな皆、作業中に集まってもらって」


 重田は皆が集まった事を確認すると、話し始めた。


「昨日、普通科の小隊が向かった町では、物資食料の確保ができなかった話は聞いてるな?」


 重田の言葉に各員は「えぇ」「はい」といった言葉を返す。


「そこで、物資食料の補給のため、さらに二方向に部隊を向けることになったそうだ。そして、それに衛生隊員を各一名づつ、同行させる事となったらしい」


 その説明に、各員は今度は「成程」「はぁ」等といった言葉を返した。


「で、今からその割り振りを言うぞ。着郷つくに一士は北西方面偵察隊、出蔵二士は東方面偵察隊に同行するようにとのことだ」


 指名を受けた、着郷と言う名の小麦色の隊員と、出蔵はそれぞれ了解の返事を返す。


「そして、俺は留守番というわけですか」


 そして峰が発した。


「ひょっとしたら、異世界の様子を見に行けるかと、期待したんですがね」


 峰は続けて、少し残念そうな笑みを浮かべて発する。


「そう腐るな、峰。今の君はとても大事な存在なんだ」


 そんな渡に、重田は説くように発する。

 峰――。彼は外科医としての医師免許を保有する人物であり、すなわち外科医としての技能を持つ人物であった。

 しかし、彼の隊での身分は医官等ではなく一介の衛生隊陸士だ。彼は医師免許を保有しながら、一般隊員として入隊した変わり者であった。


「もう医療には関わるまいと思っていたんですがね」


 重田の言葉に、今度はどこか寂しそうな表情で発する峰。

 医師としての立場を捨てて入隊した理由を、当人は語る事は無かったが、そこにあまり愉快ではない過去がある事は明白であった。

 陸隊は彼の技能を惜しみ、峰を衛生隊へ配属させたが、峰としては衛生隊への配属も不服とする事であり、まして再び医師としての活動を期待される事など、重し以外の何物でもないのだろう。しかし、飛ばされて来た隊には医官が存在せず、そんな状況下で医師としての資格技能を持つ峰を、遊ばせておく選択肢は無かった。


「思う所はあるだろう。だが理解してくれ」


 重田は「あまり困らせないでくれ」と懇願するような様子で言う。

 重田は峰の直接の上司というわけでは無かった。

 いや、そもそもここにいる衛生隊員4人全員が、同一部隊の所属ではなかった。

 重田は隊病院の技官。出蔵は駐屯地業務隊の衛生科。着郷は本部管理中隊の衛生小隊。そして峰は後方支援連隊の衛生隊所属であり、たまたま居合わせた別所属の四人が、何の因果か共に異世界へと飛ばされてしまい、臨時に衛生科として纏まり班をなしているに過ぎなかった。

 そしてそんな臨時の集まりを、その場でたまたま最高階級者だったという理由で音頭を取らされている重田からすれば、峰というデリケートな存在の操縦は困難にも程があった。


「分かっていますよ。ちょっと言ってみただけです」


 しかし幸いと言うか峰自身、現状での己の存在の重要性は理解していた。峰は困り顔の重田に言うと、小さく微笑んで見せた。


「すまんな」


 そんな峰に重田はホッとした様子で返す。


「よう、峰。あんまり周り困らすなよ」

「お土産もらって来ますから」


 そして着郷が揶揄うように言い、出蔵がどこか呑気な口調で言った。


「分かってる。楽しみにしてるよ」


 峰はそんな二人にそう返した。

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