神様は、抱き枕。

やすり屋

第1話 ペンギンさんいらっしゃい

今日も寂しい一日だった。


時刻は十六時を回った頃。未だ明るい太陽に目を細める。青い空には無粋な真似をする雲はなく、次第に笑われているような気分になって視線を逸らした。

高校ニ年生にも関わらず、ボクには友達がいない。小中高と自分なりに努力してみたが、どうにも他人と反りが合わないのだ。だからといって、決して虐められているとかでは断じてない。クラスメイトとは半年に一度、もしくはイベント関係について会話をするくらいだ。そうだ、会話はできるのだ。ただ、休みの日に遊びに出かけたり、どうでもいい話題について白熱した議論を展開したり、甘酸っぱい色恋に心酔わせたり、そういったことのできる相手が一人もいないだけで。


「涙出そう」


思わずそう呟いてしまうくらいには、きっと追い詰められている。道路の先で騒いでいる小学生男子のグループ、じゃんけんにでも負けたのか、全員分のランドセルを背負っている少年を見て「羨ましい」と思ってしまっている自分がいるのが証明だ。だいぶ重症だった。


とぼとぼ自宅への帰路を進んでいく。

訳あって一人暮らしを嗜んでいるため、勿論だが両親が部屋の中にいるはずはなく。ただいま、とボロアパートの扉を開けずんずんと奥に行く。切れかかった携帯電話の充電をしなくてはならなかったので、コードをその辺から引っ張り出してコンセントと繋げる。

ぴろり。

こんな充電の音ですら、ボクの生活の寂しさを埋めるために必要な大切な1ピースなのだ。

敷きっぱなしでしわくちゃの布団の上に寝転がると、不思議とまどろみがボクを優しく襲う。いつもだったらこのまま温もりに包まれて泥のように眠れるはずなのに。


「…………」


季節は四月、決して低くない気温。しかしどうにも寒くて寒くて仕方がない。


「寒い…」


ご丁寧に鳥肌まで立ってきた。

毛布をばさりと広げて全身を大袈裟に覆う。隙間風が原因だと思ったが、どうやら違うらしい。体の内側から芯を貫通するような寒さが絶えず心を傷つけていく。


孤独。


自覚はいつもの事。今日は少しだけ、そう少しだけ、情緒がどうかしているらしい。ひとつ嗚咽を漏らすたび、枕に涙が染み付いていく。電気もつけず、ひたすらに泣きじゃくっている様子、震える体を抱えて縮こまる姿はまるで赤子のように見えることだろう。


「………」


とにかく今は、寂しくて仕方がない。

誰でもいい、何でもいい、この寒さを溶かして、温かく抱きしめてくれるような存在が、そんなボクにとって都合の良すぎる妄想が目の前に現れるのなら。


願わくば。


「こんこん」


人の声。


「夜分遅くにすみません、お住まいの方、いらっしゃいますか」


いつの間にか時計の針は二十時を示していた。しかし、時間の経過などは目にもくれない。人だ、人がいる。玄関のドア越しに一個の生命が芽吹いているのだ。布団を乱暴に横に退けて、グシャグシャになった髪型を手ぐしで整えて。這いずるようにしてたどり着いたドアノブに手をかける。そして思い切り扉を開けた。


次の瞬間、ボクは思考を停止した。


はじめに視界に飛び込んできたのは空。すっかり暗くなってしまって、空の玉座には月がどっしり構えている。


「あの、ここです」


声の主はドアの向こう側から再び呼びかけてきた。どうやら急に開いたドアを避けたらしい、これは申し訳ないことをした。


「ああ、ああ、すみません。焦っていたものでして」


いたたまれない気持ちになりながらも、自分が誰かと会話しているという事実に興奮が隠せない。流行る気持ちを抑え、まずは第一印象が大事だと無理矢理笑顔を作る。とりあえず悪印象は持たれないだろう。しかし、それは相手の側だけの話であって。何故このような話をするのかというと。


「こんばんは、ご主人」


いきなりご主人呼び。更に驚くべきポイントはそこだけではなくて。


閉じたドアの向こう側で待っていたのが、一匹の小さなペンギンだったからだ。暗いのも相まってよく分からないが、小刻みに震えているようにも見える。ペンギンがクチバシを開けた。


「あなたの願いを何でも一つ、叶えます。だから、私をここに住まわせて下さい」


一息ついて。


「お願い、します」


「じゃあ抱きまくら係で」


「へ」


「とりあえず中、入りなよ」


唖然とするペンギン。しかしすぐに首をぶるぶる振ると「はい」と力強い返事と共に足音がペタペタ聞こえ始めた。


「ペンギンって喋るモンなんだな…」


「や、違うと思いますけど…」


当の本人から否定されてしまった。


とにかく、おかしな夜になりそうだ。



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