第2話 デートの約束

 我が家にはパソコンという文明の利器があるので、声優について詳しく調べてみる事にした。


受験シーズンの間はなかなかパソコンに触る事も出来なかったから、随分とアップデートファイルが溜まっている……両親は「取り敢えずIT時代が到来するって言われてるし、パソコンくらい買っておくかぁ」ってノリで買ってきたのでパソコンには疎い。


最後に起動したのは勉強で調べ物をした時だから、半年ほど前だろうか?


アップデートファイルが溜まると特に重くなるから快適に作業をするためにアップデートをかける……と、再起動やらなんやらで時間がかかる。



そして、約30分後。



「やっっっと、まともに動作するようになった。父さん、新しいパソコン欲しいとか言ってたし買い替えをお願いしようかな」



父さんはエリートサラリーマンだというのに、アナログ人間でDVDレコーダーすらまともに操作出来ない有様だ。


逆に言えば、DVDレコーダーすらまともに操作出来ないのに大企業に勤める事が出来ているのだから世の中案外なんとかなるものなんだと思ってしまう。


ちなみに父さんは調べ物をするためにインターネットブラウザの使い方だけは覚えたのに、なかなかシャットダウンによる電源オフを覚えてくれないのでそのまま放置して僕にシャットダウンを委ねるようになった。



父さん、本当に仕事出来ているんだろうか?



「えっと、『声優』とは……」



検索エンジンから必要なワードを入力して声優を調べると無数のサジェストが表示される。アニメのタイトルや声優の個人名だろうか?


どうやらここ10年ほどで声優という職業の人気が鰻登りになっているそうで、アニメ・漫画・ゲーム・声優を取り扱っているサブカル誌もかなり増えているみたいだ。


『声優マニュアル』なる雑誌が俺の小遣いで買える程度の値段だし、今度の休みで買ってこよう。


だが、その前に声優というのがどんな職業なのか調べてみる事にした。



「声優とはアニメやゲームのキャラクターに声を吹き込む、洋画の吹き替えなどを行う職業である」



知ってる。



「また、キャラクターソングの歌唱やステージ上のパフォーマンスを求められる事が増えてきており多方面のスキルを要求される事が増えてきている」



どうやら俺の認識は大きくズレてはいないらしい。


アイドル的なものも求められるし、声の演技も求められるし、ダンスも踊らされるし……といった感じか。



「美樹ちゃん、なんで声優になりたいんだろう?」



アニメが好きな女子はここ埼玉県内では決して珍しくないらしい。


埼玉のローカル局では深夜にアニメがたくさん放送されているせいなのか、クラスの3割くらいはオタクだ。


アニメキャラのコスプレをしている自撮りを携帯の待ち受けに設定している女子もいるほどだ……いや、流石にその女子はマイノリティの極北って感じの立ち位置ではあるが。


だけど、桃井美樹ちゃんは一人が好きなのを周囲も承知しているから一人でいるのであって桃井美樹ちゃんはクール系というか周囲に憧れられるタイプの女子だ。


アニメファンを馬鹿にしているつもりはないがそういう人たちとは対照的な……少なくともアニメ大好き! って感じのキャラじゃない。



「声優の文化に触れてみれば分かるかな……」



◆◆◆◆◆◆◆



 翌日、三送会(三年生を送る会)の練習の中休みで桃井美樹ちゃんが俺に話しかけてきた。



「にじ……えっと、なんだっけ?」

「虹野大河」

「そうだった、メモしておくね」

「多分、もうメモしてあるよ」



桃井美樹ちゃんは内ポケットからメモを取り出して目を丸くする、本当にメモしてあったからだろう。



「ごめんね。私、興味がないことってあんまり頭に入らないんだ」

「火の玉ストレート過ぎて驚くよ、その発言」

「南越谷駅前のムーンシティって知ってる?」

「ムーンシティには合唱コンクールとか演劇部や吹奏楽部の応援とかでちょいちょい足運んでるよね、行事で」

「そのムーンシティに、藍川愛さんが座長の若手声優劇団が来るの。観にいかない?」

「藍川……愛?」



昨晩、声優について調べていたら出てきた名前だ。


アイドル声優のトップランナーであり、実力も大御所から見とめられるほどだと聞いた。


だが、藍川愛なんてどうでもいい。一緒に観に行くというのは、つまり桃井美樹ちゃんとデートという事だ。



こんなの断る道理は無い。だが……



「あ、でもチケットどうするの? 人気ならチケットも完売してるんじゃ」

「本当は友達と行くつもりだったけど、その友達が体調を崩しちゃって……せっかくだからと思って」



なるほど、チケットを無駄にしないために誘ってくれたわけだ。


俺も家族の誘いで観劇に行った事ならあるが、小さな劇団でもチケット料金は子供なら手が届かない金額になってしまうはずだ。


もしかして、桃井美樹ちゃんの家はお金持ちか……メチャクチャ両親が子供に甘いのだろうか?


でも、美樹ちゃんは結構しっかりしてるように見えるし……お金持ちでしっかりした両親なのかな?



「ってか、俺で良いの? 俺のこと、フッたんでしょ?」

「虹野くん、声優を目指すんでしょ?」

「うん」

「だったら声優の凄さを思い知っておいた方がいいんじゃないかな」



声優の演技があんなに凄いなんて……!! とても俺にはなれないよ!!


って言わせる気なんだろうが、気の毒ながらそうはならないだろう。


俺は振られたら潔く引き下がる男だが、声優を理由にされただけでは簡単には引き下がらないのだ。



「虹野くん、携帯持ってる?」

「ああ、うん」

「連絡先教えて」

「良いの!?」

「公演やるの、春休み中だし連絡が取れなかったら困るでしょ?」



俺は振られたはずなのに、好きな女の子の連絡先をゲットしてしまった。

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