虹色ボイスアクターズ
一ノ清永遠
第1章 中学生編
第1話 告白
この物語はフィクションであり、実在する人物や団体などとは関係ありません。
そしてこの物語は人生讃歌であり声優讃歌です、この物語を通じて誰かの人生に彩りを添える事が出来たら幸いです。
西暦2005年2月の終わり、俺が15歳でちょうど高校受験が終わった頃の話。
携帯電話の所持を親から許可されて「いよいよ準備が整った」と思い、俺はある決心をして登校した。
そう、俺はこの日とうとう告白するのだ。
そう、告白だ。
そう、愛の告白をするのだ。
告白する相手は──そう、桃井美樹ちゃんだ。
◆◆◆◆◆◆◆
2月も終わりだというのにこの日は雪がしんしんと降っていた。
卒業を控えるだけの三年生は昼休みに雪合戦に熱中していたようだが、もうすぐ高校に進学するタイミングでそんな事はしていられない。
少しでも桃井美樹ちゃんからマイナスイメージを払拭しておきたいからだ。
そもそも善良かつ健全男子な俺にマイナスイメージかも無いかもしれないが、それでもクラスメイト達から好奇の目で見られることも少なくない。
休み時間になると姿を消すと言われる桃井美樹ちゃんの居場所なら既に知っているので、取り敢えずそこへ向かう。
同性からやたら人気で一人きりになる時間が短い人とかいるけど、桃井美樹ちゃんは一人の時間を好むクールな女の子なので特別教室棟の一階の奥に位置する第一多目的室で読書をしているらしい。
桃井美樹ちゃんが一人きりだというのは告白するには好都合だ、教室にいないという事は間違いなく第一多目的室にいるだろう……あんまり運動しているイメージもないし。
周囲の騒音をシャットアウトして読書に集中するためか、教室の蛍光灯は点灯していて教室の扉は閉められている。
多目的室の鍵は不正利用を防ぐためか、鍵をかけられないようになっているはずだ。
「失礼します」
俺は臆する事なく多目的室の扉を開ける。
桃井美樹ちゃんは椅子の上に美しい姿勢で座っており、髪の上半分をまとめて下半分を下ろすハーフアップという髪型が特徴だ。
美少女は後ろから見ても美少女なのだ、あゝ、美しい。
扉の音に気付かなかったのか、桃井美樹ちゃんは突然開いた扉に何のリアクションもせずに読書を続けている。
彼女が読んでいる小説はハードカバーではなく文庫本サイズであり、ブックカバーが取り付けられているため図書室で借りたものではなく自分で買ったものなのだろう。
ブックカバーが取り付けられている都合上、どんな内容の本なのかは窺い知る事は出来ない。もっとも、俺は漫画以外の書物には興味はないのだが……。
「あの、桃井さん」
「…………」
桃井美樹ちゃんは俺に構わず読書を続けているのだが、おもむろに栞を挟み本を閉じる。
彼女は俺の方を向いて、声を発した。
「……誰ですか?」
彼女の声は決して低くはないが静かで、クールではあるが冷たい印象はない。
また、彼女は滅多に笑みを見せないが決して冷たい人物というわけではなくただ表情が動かないだけだ。
俺は彼女のことをずっと見てきたのだからよく知っている。
「クラスメイトの虹野大河だよ、見たことない?」
「私、あんまり
ああそうだ、彼女はあまり人と話すところを見かけないが人に興味がないのか。俺のことが特別に嫌いというわけではなくて良かった。
まあ、他人に興味がないという時点で僕に好意が無いのは明確なのだが好意だけは伝えておかないと前進しないだろう。
なので、今日告白するしかないのだ。
「実は今日、桃井さんに伝えたいことがあってここに来たんだ」
「……そうなんだ、わざわざここに来るくらいなんだし」
「実は俺──桃井さんの事が好」
桃井さんは立ち上がり、深々と頭を下げる。
僕は面食らって呆然とする。
「ごめんなさい、私は恋愛をするつもりはないの」
好きだと言い切る前にフラれてしまった。そして、再び椅子に座った。
……ショックである以前に恋愛をするつもりはないという言葉が気になる。
「恋愛をするつもりがない……? 俺のことが嫌いとか、そういうのじゃなく」
「に……えぇと、なんだっけ名前」
桃井さんは自分の顎を触り、もう片方の手で肘を支えて考える仕草をとる。
「虹野大河だよ」
「……虹野くんか、メモっておくね」
桃井さんは内ポケットからメモ帳を取り出し、フリースペースらしき場所に俺の名前を記入しようとするがペンを取り出すも書き始める前に手の動きが止まった。
「虹野……タイガー?」
「大河だよ、大きな河で大河」
「川だとたいせんにならない?」
「そっちの『かわ』じゃない、河川の『か』だよ」
「なるほど、それで虹野大河」
位置的にメモの中身は見えないけど、名前の先に何か書いているらしい。
「それで、恋愛をするつもりがないってどういうこと?」
「私、声優になるから」
彼女は淡々と、だが、さも当然かのように語る。
「セイユウってスーパーマーケットの?」
「西の友じゃないよ、声が優れている人──ボイスアクターの方」
「ああ、そっちか」
声優とは、俺の知る限りだとアニメキャラの声を当てたり洋画の日本語吹き替えで活躍する俳優のことだ。
たまにアニメの中で歌ったり、ナレーションをしたりと声のプロフェッショナルという印象がある。
まあ、読んで字の如くな職業なので桃井美樹ちゃんにはピッタリといえる。
「あの、声優になる事と恋愛をしないってイコールにならなくない?」
「……なるよ。声優の道は修羅の道だから」
桃井美樹ちゃんは再び立ち上がり、僕の真正面に立つ。
「私は高校に進学したら演劇部に入って全国演劇コンクールで一番の賞を取る。そして、高校卒業後は声優養成所に入って卒業したら声優プロダクションに入るの」
「それって、甲子園で優勝することを前提とする……みたいな?」
彼女は深く頷き、そして言う。
「私が恋をするときは、きっと本気で尊敬出来る人と出会えた時だと思ってる。虹野くん、あなたはまだ……尊敬に値する人じゃない」
正直、この言葉が引き金になったと思う。
悪意があって言い放った言葉ではない、というのは分かっている。
彼女が不器用な人だという事はよく分かっている、だけど尊敬できる事が何一つ無いという事実そのものが突き刺さった。
だから、俺は彼女に問いかけた。
「つまり、大人になるまでに俺が尊敬に値する人物になれば良いって事?」
困惑。
という二文字が彼女の顔に浮かんでいたように見えた。
「そういう事だけど、難しいと思う。だって、私の尊敬する人は……」
「声優って、どうやったらなれるの?」
「いや、それは──」
普段は冷静な彼女が困惑しているのが分かった、でも……それでも、俺の中には焦りがあった。
「とにかく、虹野くんには無理だよ!! 覚悟とか、信念が無い人には!!」
彼女が多目的室から脱兎の如く逃げ出してしまった。
ここが彼女の巣のようなものなのに、ゲストである俺を残して。
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