第24話 一方その頃 ~ザイスドート・ドゥルズは想いを馳せる1~




 お茶会に招かれて時間を潰すのは、貴族にとっては義務に近い。

 柔らかな日の光の下、紅茶の香りに鼻を擽られながら私は小さくため息を吐く。


「ザイスドート様?」


 すぐ隣から、綺麗に着飾った女が不思議そうに私を覗いた。

 綺麗なデコルテやほっそりとした腕も惜しげもなく晒しだした、フリルまみれの深紅のドレスを身に纏った女・レイチェルは、まるでバラの精のようだ。

 しっかりとした目鼻立ちとそれを際立たせる化粧、すべらかな肌はシミや傷一つも知らぬ、美しい陶器のようだった。


 おそらく、連れていれば十人中九人は褒めるだろう容姿の女である。その隣にあってため息をつくだなんて、きっと私は贅沢なのだろう。

 が、最近どうしてもよく思いを馳せてしまう。ここにはいない、彼女に対して。



 ――フィーリア・ドゥルズ。


 傍から見れば、彼女に思いを馳せたとて、何もおかしな話ではない。

 そもそも彼女は私の妻なのだし、この社交シーズンになってもまったく社交場に顔を出さなくなった彼女の事を、周りには「病気療養だ」と伝えている。むしろ彼女の体を心配するという意味で、真っ当な夫であるだろう。


 しかし事情を知る者からすれば「何故今更」と思うに違いない。

 フィーリアを屋敷からにべもなく追い出したのは、誰でもない私自身だ。たとえそこにきちんと理由があったとしても、その事実は変わらない。



 我がドゥルズ伯爵家は、もともと新興貴族だった。

 元々は男爵家だったのを、今は亡きお祖父様が功を為して伯爵位に上げた。

 いわゆる成り上がりというやつだ。お陰で子供の頃からずっと、同年代の子女からは親からの受け売りで「成金」と言われ続けてきた。


 私の周りにいたのは、私をそうやって過去の環境を取り上げてバカにする人間と、私の今の爵位を見てすり寄ってくるようなヤツらばかりだった。

 私の事を一人の人間として見てくれていたのは、フィーリア一人だった。彼女が私の心の安息地になってくれた。

 しかし、彼女が認めてくれたところで俺の環境は変わり映えしない。


 父上は伯爵家を現状維持に留めたが、私は父上とは違う。

 私もお祖父様のように上を目指し、誰にも文句を言わせないような地位に昇り詰める。そんな目標を胸の中にずっとくすぶらせていた。


 だから社交に力を入れた。

 俺に領地経営の才はない。最初からそうと分かっていたから、無駄なところには注力しなかった。

 周りと繋ぎを作り、貴族としての影響力を増やしていく。そちら側に舵を切った。


 フィーリアは、目立つ事全般が苦手だ。しかしそれで良い。

 彼女は俺の安息の地だ。いつも私を肯定し、理解して優しく包み込んでくれる。そうしてさえ、居てくれればいい。ずっとそう思っていた、のに。


「それは、フィーリアさんに期待できないという事でしょう? 私なら、そんな貴方のパートナーになれますわ。侯爵令嬢として他貴族への影響力もお貸しできますし、私自身も貴方の隣で貴方のしたい事をサポートできます」


 リリア侯爵家から縁談話を持ち込まれ「断る」という選択肢を即座に取れなかった時点で、もしかしたらもう私の心は決まっていたのかもしれない。

 縁談を申し込まれた後、レイチェル・リリアという人物の人の為人を知りたくて会って話す場を設けた。

 その際にそう言われ、私は少し心を見透かされたような気持ちになった。


 私の野心を見通して尚「成り上がり根性が抜けないのは血筋か」と嘲笑ったり憐れんだりしなかったのは、もしかしたら彼女が初めてだったかもしれない。

 フィーリアは、私を「成り上がり」だと色眼鏡で見る事こそしなかったが、爵位を上げる事に積極的でもなかった。

 むしろ「今のままでも十分に幸せですよ」というのが口癖だった。それは確かに社交に疲れた私の心を癒すには至ったものの、正直言ってそろそろ影響力を伸ばすにも頭打ちだと感じていた私の現状を解決するものではあり得なかった。

 

 野望に向かって一人で立ち向かう孤独を抱えていた私には、とても甘い誘惑だった。


 彼女は元々男を魅了する容姿を持っていたが、何もそういう事ではない。

 魅力的な提案、魅力的な影響力。これまでずっと療養として社交界には出ていなかった筈であるが、露出を始めて以降の彼女は実に精力的に活動している。

 顔繋ぎの意欲と実績には目を見張る。すでに提案を有言実行をしているという点でも、彼女という人間は魅力的だった。


 だから思ってしまったのだ。

 フィーリアには家を、レイチェルには外を支えてもらえたら、それは誰にとってもいい結果になりはしないか、と。


 そもそもフィーリアには、私に付き合ってもらう形で苦手な社交場に出てもらっていたのだ。その部分をレイチェルが補うのなら、フィーリアには気兼ねなくのびのびとしてもらえるだろう。

 家の意向なのか、それとも彼女自身の思惑があっての事かは分からないが、我が家に嫁ぎたいレイチェルの希望も叶うわけだし、私だって今以上の充実感を得る事ができるだろう。


 一度そう思うと、最早それ以外の答えなど無いように思えた。



 だからレイチェルとの婚姻を受け入れた。

 フィーリアには、決定事項だけを伝えた。

 そもそも彼女は俺の言葉に「嫌だ」と言ったりはしない。私のためにより良くしようと動いてくれる優しい女性だ。

 だからその点に関しては全く心配などしていなかったし、実際に問題もなかった。彼女は一言も私に反論する事もなく「分かりました」と答えてくれた。


 フィーリアは、人見知りはするが人当たりも悪い方ではないし、実際に屋敷の使用人たちともうまくやっている。レイチェルが来ても問題など起こらないだろうと高をくくっていた。 

 が、それは大きな誤算だった。


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