第23話 初めてもらった俺だけの



 今着てる服は、たしかに今日ので所々破れたものの、これでもまだまだ着られる部類だ。この状態で服の要求をすれば、間違いなく「甘えんな」と言われるだろう。


「そういえば、あの女『泥を落としたらちょっと外で待ってて』とか言ってたね。まだ昼間だし、服乾かさなきゃいけないから、まぁ言われなくても乾くまでは外に居るつもりだったけど」


 そうだったな。って事は、今すぐ苦言を呈される事はない。

 若干の猶予を手に入れて、無意識のうちに安堵のため息が漏れた。住処の庭まで歩いていって、横たえられている太い丸太にドカッと座る。


 足を前に投げ出し、横に手をついた。

 空を見上げてなんとなく「空が青いなぁ」とか「鳥が鳴いているなぁ」とか、そんな事を考える。


 ノインも無言で同じように腰を掛けた。

 お互いに、無理に話すような事はしない。たとえ「服を乾かす」という目的が加わっても、結局いつもの暇つぶしとやること自体は変わりないのだ。



 それから一体どれくらいの時間が流れたのだろう。


 まだ日が落ち始める前、服がまだわずかに生乾きの状態にである頃に、家の扉がガチャリと開き、中から見知った顔が覗いた。


「えーっと……あっ、二人ともちょっとこちらに来てくれませんか?」


 キョロキョロと辺りを見回した彼女が、俺たちに気がついて手招きをしてきた。


 どうせ暇なのだ。呼ばれた理由に興味をそそられた事もあり、とりあえず従ってみる気になった。

 寄ってみると、あいつが何かを持っている。何だ? ……布?


「まだ仮縫いですから、あくまでも形だけですが」


 俺とノインそれぞれに、それを手渡してくる。戸惑い混じりに受け取って試しに広げてみて驚いた。

 布は二枚。薄ベージュのと、赤いのと。隣を見れば、同じように布を広げたノインが居る。こっちのは、薄ベージュのと紺色のだ。


「とりあえず服の体裁は保てていると思いますので、二人ともこちらに着替えてください。今着ているのはちゃんと洗って干しておきますから」


 頭の上からそんな言葉がかけられたが、正直言ってあまり良く聞いていなかった。

 思わず手元を凝視する。

 服、服だ。ちゃんと服の形をしている。


 頭が色々と追いつかない。

 もしかしてさっきの今でもう服を作ったのかよ、とか。これ俺のやつなのかよ、とか。

 俺たちがいない間にこいつはどんな顔をして生地を選んで、どんな事を思いながら縫ったのか、とか。色んな疑問や思考が頭を駆け巡る。


 くれるってんなら貰うけど、ただそれだけだ。別に嬉しくなんてない。

 別に、心の奥からジワリと滲む妙な温かさに戸惑ったりなんてしていないし、名前も分からない感情に無性に胸をギュッと鷲掴まれてどうしていいか分からないなんて、そんな気持ちでも、もちろん無い。


「代わりと言っては何ですが、私が洗濯をしている間に二人で先程の布屋さんに晩御飯の材料を取りにいってきて欲しいのですが……」


 お願いしてもいいですか? そう伺いを立ててくる女は何故かひどく弱気だった。


 俺たちの服の汚れなんて気にしてこんなものを渡してきたりするくせに、さっき俺たちを触って汚れた手を拭った自分の服には、擦り付けたような泥の跡がくっきりと付いている。


 どうせ心配するんなら、まず自分の心配をしろよ。

 ……いやまぁこいつじゃ、言ったところで意味がないかもしれないが。


 はぁ、まったくもう。頭を掻かずにはいられない。

 ホント、何なんだこいつは。



 観念した。

 裾を腹からめくり上げて、服を脱ぐ。


 別に他意なんてない。

 ただ単に、借りを作ったままっていうのも何だかちょっと落ち着かないし、そもそも飯の材料を置き去りにしたのは俺らだし。何より早く飯を食いたい。

 だから仕方がなく、本当に仕方がなくだ。


 慌てた声で「中で着替えてください!」と言われたので、仕方なく住処の中に入った。さっと服にそでを通せば少しだけブカッとしていたが、着るには十分だろう。



 着替えた後、さっきの店までノインと二人無言で向かった。


 店のドアをまたカランカランと鳴らす。

 奥に引っ込んでたバイグルフがまた奥からドスドスと出てきて、俺たちを見て目を丸くした。


「え、お前らそれ、さっき買った布じゃねぇのか……?」

「知らねぇよ」

「気がついたら出来てて『着ろ』って言われたから着ただけだし」


 素っ気なく言いながら、店の入り口に置きっぱなしだった荷物をヨイショと持ちあげる。が、何だかものすごく視線が痛い。


「おいコラ見んなや」

「いやぁだってなぁお前、この短い時間で服一式を二人分って。まだ精々四時間だぞ。それを手縫いで。……あれ、でも布が一色足りねぇな」

「なんか『仮縫い』って、言ってたぞ。何の事かは知らねぇけど」

「このクオリティーで仮縫い……いやでも確かに言われてみれば、所々作りが甘いしサイズ感も……いやでもこの色合い、さっき言ってた通り……」


 バイグルフが、顎に手を当て何やらブツブツブツブツと言い始めた。

 服の良し悪しとか俺にはまったく分かんねぇけど、なんかちょっとムッとする。何がって、ちょっと物欲しそうな目をしてるのが気にくわない。


「これは俺のだからな!」


 睨みつけながら、バイグルフの言葉を突っぱねる。と、あいつは片眉を上げてから、まるで何かに気がついたかのように「取らねぇよ」と言ってきた。

 なんか口元に手の甲を当てながら、面白そうな顔でこっちを見てくる。どう見てもバカにしてきている。

 言い返してやろうかと思ったが、その前にバイグルフが「あ、ちょっと待ってろ」と言って一度店の奥へと引っ込んだ。


 逃げたなあのヤロウ……と思ったんだが、出てきた時の手元を見て、納得する。


「あの嬢ちゃんにちゃんと言っとけ。こんな大金、おいそれと他人に預けるなってな」


 呆れ気味な声と共に差し出されたのは、泥を拭った跡が僅かに残る革袋だ。


 あー、そうだった。あの時はあまりの剣幕に口を挟む余裕が無かったけど、あの女、財布ごと全部この店に置いてきやがったんだ。


 警戒心がガバガバかよ。ったく、帰ったらすぐに説教だ。

 俺はそう心に決めて、革袋をひっつかんだ。


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