第9話 夢を見てはいけない
えぇぇ、困った。どちらかなんて聞かれても――。
「えっと……両方?」
「はぁーっ?! お前、ハッキリしろよ!」
「アンタが答えを出してくれないと、ボクたちの決着がつかないんだけど」
不服顔で詰め寄ってくる二人に、思わず苦笑してしまう。
あんなに綺麗にハモるくらい気が合うのなら、いっその事好きな物も同じだったら良かったのに。
そもそも自己主張が苦手な上に味の好みも特に無い私に、そんな問いをする事自体が間違っているのではないだろうか。
しいて言うなら甘いものが好みだけれど、どちらも勿論甘くないし――などと思っている事など、彼らはきっと知る由もないのだろう。
どうしたものか。結構真剣に困っていると、ディーダが肉をたいらげて最後に残った串でノインをピッと指しながら「こうなったら別の方法で決着を付けるか?」などと言いはじめている。
そうなって、気がついた。二人の手元には、既に食べ終わった綺麗な串しか残っていない。
……もしかして、お腹が減っているから苛々して喧嘩になるのでは?
そんな思考が頭をよぎる。
元々彼らはひどく痩せている。たとえ昨日今日と二食続けてご飯を食べる事が出来たところで、そう簡単にガリガリの体が健康体になる訳ではない。
対して私の手元には、一切れずつ食べたとはいえ、まだ幸いにも二本とも肉が残っている。
おあつらえ向きに彼らが好きなタレと塩の肉が同じ数だけ刺さっている。
二人が取り分で喧嘩になる事も、おそらくない。
「あの、二人とも、これ食べますか?」
子供にお腹は空かせられない。私にとって、これは至極当然の帰結だった。
しかし彼らは二人して「はぁ?」と言いたげな顔になる。
「お前バカだろ。何で自分の飯を他人にやるなんて発想になる」
「だって、そんなにガリガリでは体に悪いですよ。もっとたくさん食べて、ちゃんと栄養を付けないと」
「はぁ、アンタ変な事言うね」
理由を話せば、お礼は言われないまでも納得はしてくれるだろうと思っていただけに、思わずキョトンとしてしまった。
しかしそれが尚、彼らの訝しげな表情を深める要素になる。
心底呆れたような声を出したのはディーダだ。
「言っとくけど、お前も似たようなもんだからな?」
「え?」
「痩せこけてんだろ、お前だって」
「え、あ……」
言われて数秒経ってから思い出した。
そういえば、昨日水たまり越しに見た自分の姿は、一年前とは比べ物にならないくらいやせ細っていたのだと。
ディーダの口から舌打ちと共に「自覚無しかよ」という言葉まで投げられてしまった。
しかし私だってアレを思い出せば、流石に彼らから「他人の事、言えないだろ」と言われても仕方がないと自覚できる。
自分が出来ていないのに相手の不出来を心配する事ほど、恥ずかしい事も中々無い。
思わず俯くと彼は頭をガシガシと掻く。
「ホントに変なヤツだな、お前。そもそもそんなじゃなくったって、普通は自分の取り分を他に分けたりしないんだよ。もう、いいから食えって」
面倒くさそうに手でシッシッとあしらわれて、そういうものかと独り言ちた。
私だって、何も食欲がないという訳でもない。続きを再びモグモグと口にし、冷めても十分美味しい肉を堪能する。
――あぁ、食べるって幸せな事なんだな。
そんな風に噛み締める。
思えば昔は、実家の食卓やレイチェルさんがまだ来る前のザイスドート様と小さなマイゼルと三人で囲んだ食卓は、当たり前のように幸せだった。
しかしレイチェルさんが来て少しして、食卓に共に並ぶことができなくなった。
最初は、時間をずらしてご飯を食べさせられていた。それが気が付けば食卓に座る事すら許されなくなっていて、ついには限られた残り物で、自分で食事を作らされるようになっていた。
量も少なく、栄養も偏り、その上寝ている時以外はほぼ全て使用人と同等の仕事。時にはその睡眠時間さえ削ることもあった。
あの時はまるで気にする余裕などなかったけれど、こうして全ての時間の使用権が必然的に自分に戻ってきた結果、これまでの自分の無理な生活がほんの少しだけ理解できる。
ザイスドート様たちは、もうきっと私の事なんてすっかり忘れていつも通りの生活をしているのだろう。もしかしたら、私が居なくてむしろ清々としているのかもしれない。
そんな可能性に出会ったというのに、何故か少しホッとすらしている私は、彼らの事などもうどうでも良くなったのだろうか。
分からない。
けれど『人と関われない寂しさ』だけが何故か強烈に襲ってきて、ご飯を食べる手を止めさせた。
あぁいけない。ここに居ると思い出す。
家族との昔の幸せを、自分でもそんな家庭を作りたいと思っていた昔の自分を。彼となら叶えられると信じていた自分を。
そして夢を見たくなる。私が得たくて得られなかったもの――居場所と、それを得ることで感じられる幸せは、もしかしたらここにあるのでは無いかと。
分かっている。こんなのは良くない。こんなまだ子どもの彼らに、他人に、私みたいな素性も知れない爆弾を、抱えさせるだなんて。
「……ご飯を食べたら、ここを出ます」
大人としての義務感と矜持が、気が付けば私にそんな言葉を呟かせていた。
まだどちらの肉がいいか論に花を咲かせていた二人は、顔を見合わせて黙り込む。
「お前、行く当てがあるのかよ」
「それは、無いけれど……大丈夫です。私だって大人ですし」
「そんな非常識な状態でかよ」
バカにするように、ディーダがフンッと鼻で笑った。
「まさかその辺で寝泊まりしようとは思ってないよな?」
「その、お二人がやっているように、とりあえずはどこか空き家を探してそこに住もうかと……ダメでしょうか?」
「ダメでしょ。アンタみたいな弱っちいの、すぐにその辺の男どもの慰み者にされるか、身ぐるみを剥がされる。そうでなけりゃぁ、奴隷商売の恰好の餌食だろうけど、どれがいい?」
「……奴隷商売は、この国では禁止の筈です」
「はっ、法律がどうしたってんだ」
「忘れたの? この領地では、色んな事がほったらかし。もちろん大々的にやってりゃ捕まるだろうけど、実際にそういう事をしてるやつは、大体上手く隠れてる」
彼らが語る実情に、私は思わず驚愕した。
法律とは、国民を統制するために国王陛下が敷いた秩序であり、人々の生活を守るためのものの筈だ。
それが、機能していないだなんて。一体誰のための法律なのか。
――いいえ、それよりも今は目の前の事よ。
一度脱線しかけた思考を自ら元の道筋に戻し、再び考える。
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