第3話 大胆な提案



「貴方達、親御さんは?」

「はぁ? 居ねぇよそんなもん」


 大切な事だというのに、心底どうでもよさそうに言われて少し面食らう。困惑しながら「お出かけでもしているのですか?」と尋ねたが、またもや涼しげな顔だ。


「そんなの顔すら見た事ねぇし」

「そ、それじゃぁ今身を寄せている所の大人は?」

「だから居ねぇって。俺とノインの二人だっつうの。っていうか貧民は、誰でもみんなこんなもんだろ」


 まるでたかるハエを追い払うかのように私の疑問を手であしらいながら「何度も言わせんな」と言われてしまった。

 が、私にとっては衝撃的だ。


 実家の領地では、身寄りがない子どもたちはみんな領地の寄付金で建てた孤児院で育てられていた。だからてっきり「どこも――彼らもそうなのだろう」と信じて疑っていなかった。


「そんな……さぞ壮絶な日々だったでしょう。生きるのが、しんどくはないのですか?」

「はぁ? 誰だって勝手に心臓が動いてる内は普通に生きてるだろ。しんどいかどうかは心臓に聞け!」


 言いながら胸を張った彼に、私は更に困惑した。


 この差し出すような体制は、もしかして「自分で聞け」という事なのかしら。

 もしかして、平民街では心臓も聞けば返事をしてくれるの?


 私が全く知らない常識だけど、つい今しがた驚いたばかりだ。もしかしたらそちらが正しいのかもしれない。


「えっと、『心臓さん、しんどくは――』」

「本当に聞くな! アホか!!」


 怒られた。

 後ろでは何故か、ノインがクツクツと笑っている。


 やっぱりそんな常識は無かったかという安堵と、ちょっとした落胆。そして何より、無用に怒らせてしまって申し訳ないという気持ちが心中に生まれる。

 しかし何故だろう。先程までの重苦しい気持ちがまるで嘘であるかのように、妙に呼吸がしやすくなった。


 そうして気が付く。思えばいつぶりだっただろうか、こんなに誰かと話したのは、と。


 屋敷では、ザイスドート様とはもちろん、息子とも久しく話していなかった。レイチェルさんからも口答えは許されていなかったし、使用人たちと話しているのがもし見つかってしまったら彼女たちに火の粉が飛ぶ。何度かそういう事があってから、会話は極力避けていた。


 誰かと話をするのって、こんなに楽しい事だったのね。


 昔から知っていた筈の事を、今更知った。


 と、その時だ。


 グウゥゥゥゥゥー……。


「「……」」

「……?」


 何の音だろうと思った矢先、耐えきれないといった面持ちでノインがプッと噴き出した。


「ちょっとディーダ、本当にお腹減っちゃったの? もしかして、さっきのあの一言で?」

「しっ、しょうがねぇだろ?! 二日連続で食ってねぇんだから! っていうか、半分はお前のせいだろうが!」

「フッ……何でよ」

「お前が飯の話なんてするからだよ!」


 噛みつく茶髪の彼――ディーダと、躱すノイン。二人のやり取りを聞きながら、そういえば昨日も雨だったなと思い出す。

 先程彼らは『雨の日はご飯にありつけない』というような事を言っていた気がする。じゃぁ、本当に二日間も……?


 目の前で「お前のせいだ」「ボクのせいにしないでよ」と言い合う二人は、どう見ても元気にしか思えない。でも、二人はまだ私の背にも届かない子どもだ。二日も食事抜きの状態が体に良いわけがない。


 不安になった。彼らのこの強い瞳は、もしかしたら突然かげる事があるかもしれない。

 実の両親と弟の事故も、今日屋敷から追い出されたのだって。いつだって、突然事態が暗転することがある。


 もしかしたら『綺麗な彼らの瞳をもう少し見ていたくて』とか、『もう少しだけ話し相手をして欲しかった』とか、そういう打算もあったのかもしれない。

 でも何よりも「まさか」が起きうると知っていたから、事なかれ主義で人見知りで、目立つことが苦手だった私でも、大胆な一歩が踏み出せたのだろう。


「あのっ!」


 気が付けば声を上げていた。

 胸の前でギュッと握り締めた両手に握られているのは、つい先程拾ったばかりの、なけなしの餞別だ。


「一緒にご飯を食べませんかっ」


 両目を固く瞑って告げた。勢いと共に前に突き出した革袋の中で、チャリッと鈍い金属音がする。


 しかし音はそれだけだ。あとはずっと振り続けている雨の音だけ。答えがまったく返ってこない。


 ダメ、だろうか。

 恐る恐る目を開け二人の様子を窺うと、言い合いを止めてこちらを見た彼らとまっすぐ目が合った。


 何故か、まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔がそこにあった。





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