第9話 ソースのはじきそうな食べ物を食べるときに限って、お気に入りの白いトップスを着がち

 そうだ。かつての同級生と二人で話すことといったら、あれしかない。――学生時代の思い出話。


「A倉小学校には、たしか五年のときに転校してきたよね?」

「うん、そう」

「担任がどんなんだったかとか、覚えてる?」

「覚えてるよ。矢代やしろ先生でしょ? 結構熱血な感じの」

「そう! 熱血で、どちらかというと半分友だちみたいな感じで絡んでくる先生だったよね」


 おそらく、小学校時代の思い出は、樹利亜にとって悪いものではないはずだ。彼女は転校生だというのにいつも人に囲まれ、その中心で微笑んでいた。時が流れ、彼女が学校に慣れ、「転校生」扱いがなくなってからも、やはり皆が樹利亜のことを大好きで、彼女はその中心でふざけたりするようにもなっていった。それがとても印象的だった。当時の担任との関係も良好であるように見えた。

 実際、樹利亜は懐かしむように目を細めた。


「懐かしいな、元気にしてるかな、矢代先生」


 ハンバーグが二つ運ばれてきた。よっしゃよっしゃ、食べ物が来たらそこからは食レポで時間を潰すぞ。――話題に困るときは、いつもそうやって切り抜けてきた。


「おいしい、外でハンバーグなんて久々に食べた。デミグラスの甘さと香ばしさ、本当にほど良くて――」

「でも清水さん、確かあんまり担任と仲良くなかったよね」


 ハンバーグがのどに詰まるかと思った。


「私は……別に」

「苦手でしょう? ああいうタイプ」


 当時、小学生だった樹利亜から見ても、私は担任自身や、彼の学級運営に馴染めていなかったというのか。


「まあ、先生は先生らしく、距離を置いてくれるタイプの方が個人的には好きだったけれど」


 そう言って私はその場をごまかした。少しだけ、鼻で笑われたような気がした。

 正直、私は小学校に良い思い出がない。別にいじめられていたわけではない。友だちも、ちょっとはいた。単純に、クラスや担任の雰囲気が自分の性格に合わないな、と日々感じていたというだけの話だ。

 休み時間、教室で本を読んでいたら「せっかくの良い天気にもったいない」と外に無理やり連れだされた。当時、勉強だけはできた私のことを「秀才だ」とほめるクラスの男子に「でも、勉強ができるからといって必ずしも将来幸せになれるとは限らないよ。もっと大切なことはいっぱいあるんだよ」と私の目の前で言い切ったり。担任のそういう言動は少しずつ、まだ幼いクラスの児童たちの心を傾けていき、私は「勉強しかできない、つまらない子」というレッテルを貼られるようになった。

 ――私は、私の生き方でちゃんと幸せになっている。今、当時の担任に会ったらそう伝えたいとは思う。正直、見返してやりたいと感じるほどには根に持っているつもりもない。


 私は今、とても幸せだから。

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