Column.2 やりたいことを仕事にできる人間は一握り
~Julia's story~
この会社で扱う仕事は、私のやりたい仕事ではない。――かつての同級生、清水咲良と同僚となることを知ったとき、私はそう確信した。
咲良と私は同じ小学校、そして同じ大学出身だった。彼女は情報工学、私は文学部の芸術学専攻だったし、サークルも違った。そもそも彼女が同じ大学に通っていたことを知ったのはこの会社に入った後、同じ部署の三つ上の先輩である上原さんにそう教えてもらったからである。
そう。私と咲良はそもそも全く興味対象も、得意分野も、性格も何もかもが違う人間なのだ。そんな二人が同じ業界にいるだなんて、やはり不自然なのである。――そして、明らかに不自然なのは、咲良ではなく私がIT業界に就職したこと。情報工学を専攻していた咲良がIT業界にいること自体は全く普通のことである。
元々私は学芸員になりたかった。だからこそ、一浪してでも一番良い大学の芸術学科で学んだし、さらに大学院にも進んだ。もちろん学芸員の資格だって取ってある。成績は良かったから、間違いなく、夢はかなうはずだと信じて疑わなかった。――しかし、学芸員の道は想定以上の狭き門だった。そもそも、正規雇用の数が圧倒的に少ない。応募はしたけれど、結局どの美術館の採用にもあぶれてしまった。非正規雇用の面接には一応通ったものの、「せっかく優秀な大学の新卒なのに、非正規なんて損じゃない」と母親に反対され、泣く泣くその道をあきらめた。
だからといって、代替の「ヤリタイコト」なんてすぐに見つかるはずもなく、適当に受けた会社の面接にことごとく落ちた。「あなたが大学院でまで学んだことは、弊社の事業にどのように活かせるの?」――この質問に毎度悩まされるのである。
結局は父の知り合いの伝で今の会社に就職することとなった。Webデザインの仕事にでもつけたらまだましか、と思っていたのに、IT系の商品企画だなんてあまりに私の専攻からかけ離れすぎている。「わが社は新人教育に力を入れているし、先輩も親切な人が多いから、未経験でも安心してね」と人事部や管理職の人に言われても、「そもそも興味のないことをちゃんと習得することができるのだろうか」という不安は常に付きまとっていた。
そして、初出社日に知った、咲良の存在。久しぶりに目にした彼女は、きれいなロングヘアをバレッタでハーフアップにして、私と同じようにスーツを着ていた。――どういうわけか、びしょ濡れの状態で。何があったのか知らないが、なんとなく彼女らしいと感じた。要領が悪く、人にあまり好かれるタイプでもない彼女は、きっと仕事でもなにかやらかして水をかけられたのだろう、とそのときは思った。
隣の課の大鳥課長に聞いて知ったことであるが、彼女は入社四年目。つまり、二十二歳のころに勤め始めたことになる。私と同じ大学にストレートで合格し、留年することなく学部を卒業して、サクッと就活を終わらせたのか(わが社は業界トップスリーに入る大手で、しかもその働きやすさへの評判から、近年かなり人気を誇っている。咲良もきっと第一、二志望だったに違いない)。彼女は塾に通って中学受験をする程度にはお金に困っていなかったのだから、おそらく院進するという選択肢は、自ら捨てたのだろう。失敗することを知らない、順風満帆な人生か。おまけに、課長も、他の先輩方も、皆咲良のことを気に入っているということが分かった(咲良と同期だという榎本さんだけは、「あいつはかなりがさつだ」と辛らつなジャッジを下していたが)。小学生の頃の咲良を思えば成長したものだとも思ったけれど、そもそも私とはまったくタイプの違う彼女が輝いている会社で、私が活躍できるとも思えないのである。
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