第2話 飲み会の日はなんとなくアクセサリーをひとつ足しがち
※コロナ禍前を想定したお話です。大人数での飲み会のシーンがありますが、何卒ご了承ください。そういうのがお好きな方は、ぜひ懐かしんでいってください。
同じフロアの隣の部署に樹利亜が配属になってから一週間。今日は、フロア合同の新入社員歓迎会である。
あれから一度も彼女とは言葉を交わしていない。当然の話だ、小学生の頃の地味な同級生のことなんて、樹利亜みたいな華やかな子が覚えているはずもない。私から「久しぶりー! 元気にしてた? 覚えてるよね、A倉小学校六年三組だった清水咲良だよ」なんて声をかけることができるほど仲が良かったわけでもない。どちらかといえば避けられていたくらいだ。定時に仕事が片付くように仕事を進めたは良いが、肝心の飲み会が憂鬱というか、なんだか気まずいというか。なんだろう、樹利亜のことは嫌いではなかった――むしろ子どもだった当時は友だちになりたいとすら思っていたのだけれど、こんな形で再会するとは思っていなかったから、ちょっと展開についていけていない。うん、心が追い付いていないのだ。
「清水さん」
ふいに大鳥課長に名前を呼ばれ、私は振り返った。新たな仕事の発注か、それとも提出した書類のしょうもないミスかと一瞬身構える。
「これ、清水さんのだよね。給湯室に置いてあったけれど」
「……あ、本当だ、私のです。ありがとうございます!」
入社二年目のボーナスで買った、K18ピンクゴールドのネックレス。こんな高価なものを落としてしまうなんて、危なすぎる! リバーシブルのデザインのそれを、午後からは裏返して使おうと思ってはずしたのだ。その際に他の社員に話しかけられ、そのまま給湯室に置きっぱなしにしてしまったようである。課長が覚えているのも無理はないほど、このネックレスはいつも愛用している。おまけにわが社はIT企業なだけあって、女性比率が少ない。同じ開発部に所属する女性は私以外にあと一人だけ、同じフロアで数えても合計五人ほどしかいないのだから、冷静に考えてみれば私に聞いてみようと思うのも当然か――ちょっぴりうれしくなった気持ちを、そうやって落ち着かせる。私は案外、注目を浴びたり、他人に自分のことを覚えていてもらうことは嫌いではないのだ。
新入社員歓迎会は、いつもの居酒屋で行われた。参加者はフロア全体で二十名そこそこ、これもまたいつもどおり、全体の半分かその辺りである。樹利亜は――今日の主役はもちろん来ていた。最初はなんとなく、開発部は開発部で、企画部は企画部で集まって飲んでいる感じだったけれど、次第になんとなく席替えが始まって、なんとなく人が流動しているのを感じる。私のテーブルにも年次の近い、企画部の上原さんという女性社員が来てくれて、かなり話に花が咲いたところだった。
「あ、清水さん。あっちの方のテーブルさ、女性が少ない気がするんだけど。ちょっとあっちに行ってもらえる?」
ふいに声をかけてきたのは同期入社の
「分かった……」
そういうの、なかなか思いつかないや。お酒を飲みながら、各テーブルの女性比率のことまで考えているのか! せいぜい、上座と下座をちょっぴり意識するくらいしかしない私は驚く(しかも往々にして、偉い人ほど席を移動したがるのでもはやそれすら意味をなさない)。ここのテーブルでの話が面白くなってきたところだったのに残念だけれど、仕方がない。
「えー、今清水ちゃんに話聴いてもらってたんだけど。そういう絡み、良くない」
上原さんが唇を尖らせ、榎本くんに抗議する。榎本くんがはっとした顔をする。
「お話し中だったんですか? これは失礼しました」
「じゃあ、上原さんのお言葉に甘えてやっぱり私ここに残ろっかなー」
なんだか榎本くんに悪いな、なんて思いながら私はその場に居座った。
「やあ、清水さん。元気してる?」
榎本くんに代わってフランクに話しかけてきたのは、先ほどネックレスを拾ってくれた大鳥課長。いつもだったら元気ですよ、飲み会の日に元気じゃないことなんてないですからね、と軽口を叩いているところであるが、今日という今日はつい、固まってしまった。課長の横には、樹利亜がいた。
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