第1話 外回りの日はリクルートスーツを使いまわしがち
バッグの中から社員証を取り出し、ゲートにタッチする。いつもの警備員さんのお疲れ様です、という挨拶に呼応して、お疲れ様ですと頭を下げる。少し怪訝な目で見られたのは、単純に私の髪の毛が妙にしっとりと濡れているからに違いない。本日、四月一日は快晴。雨に降られるはずもない。わが社と長らく業務提携を結んでいるB社から帰ってきた私の身体や服が湿っているのは、先方のオフィスでお茶をかけられたから。トラブルがあったわけではない。B社の若手社員が、会議室でうっかりお茶の乗ったお盆をぶちまけ、それを一番手前側の席にいた私が全部かぶってしまったというだけの話だ。
「
「いえ、もうそろそろ乾きそうですし、そこまでする必要もありませんよ」
一緒に外回りに出ていた
「皆さん注目してください。本日付で入社された方々の挨拶です」
扉を開けるなり、
「本日付で商品企画部に配属になりました、長岡樹利亜と申します。よろしくお願いいたします」
長岡樹利亜。私は課長の横にいる女性をまじまじと見つめた。
光を受け、きらきらと輝く瞳に、色白な肌。人形のように整った顔をした、ショートカットの美女。――樹利亜ちゃん? 声には出さない。心の中で、そっと呟いてみた。そうだ、樹利亜ちゃんだ。長岡樹利亜。彼女は私の小学生時代の同級生だ。商品企画部ということは、私たちの隣の部署。仕事でも結構関わりのあるところだから、今後接点もあるかもしれない。世間って狭いな、なんかやだな。樹利亜とは特別に仲が悪かったわけでもないけれど、なんとなく気まずいな、という想いがある。
ふいに、樹利亜がこちらに視線を向けた。思わず、目を逸らす。気づいていないよね? 私は自問自答する。気づいているはずがない。だって小学生の頃、私はただのガリ勉眼鏡だったから。今の私は……ちょっと待って、あんまり変わっていないかも。ちょうどコンタクトを切らしていたから眼鏡をかけているし、服は地味な黒一色のリクルートスーツ、メイクも薄めで――ああ! よりによって、どうしてこんなびしょ濡れの日に。
清水咲良、二十五歳。社会人生活も四年目となった今年度も、どうやら私のプチ不幸は続きそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます