罪咎の蝕

ぽんず

Ep.0 プロローグ





───罪を憎みて罪人を憎まず。

         セネカ 「書簡集」より抜粋。





「罪」とは何か。


 或る者はこう言う。罪とは、救いである。己に降り掛かる災禍から目を逸らすため、諦念と共に背負われる一種の希望である。


 また或る者はこう言う。罪とは、悪業である。定められていた戒律を犯した制裁として、自ら滅ぼすべしと課せられた宿痾である。


 あるいはこうも言われる。罪とは、恥辱である。二度と消えぬ過去の行いを身に刻み、生涯をかけて苦しめと呪縛する概念である。


「罪」というものに対する解釈、憶測は多岐に渡る。古今東西、賢者か或いは愚者か、それに対する普遍的な解を延々と論じてきた。しかし、それが正しいか否かは実のところ重要ではない。何故なら、その本質は「解を得ること」にあるからだ。であれば、ここで「罪」を論ずるのは無粋というもの。その答えは己の中にしか存在し得ず、それは万物に通ずるものではないのだから。


 そして、「罪」を犯す存在がここにも一つ。

 ソレは歩み続けていた。吹き荒ぶ雪の嵐の中、肌を刺す冷気に歯を震わせながら、それでも歩み続ける。

 意味は無かった。意図も無かった。ただ、そうするしかなかったからそうしただけ。こうも自身が苦しむ理由すら、ソレは理解していない。

 ただ、ただ前へ。決して後ろを向かなかった。常人ならば数秒も保たぬ氷雪の中、ソレは───『怪物』は、歩みだけは止めなかった。

 肺が凍る、息が荒い。足の指がもぎれる、動きづらくなる。眼球が崩れ落ちる、目の前が見えなくなった。

 生物として当然備えるべきモノを次々と失っていった『怪物』は、やがて倒れ込む。この程度では死なない。それは分かっている。ただ、疲れてしまったのだ。身を焼く途轍もない疲労が歩く気力を、先の見えぬ途方もない道程が体力を、それぞれ奪ってしまっていたのだ。

 面倒になった。もういい、凍ってしまえ。と、あわやその体が雪に象られたオブジェにならんとした、丁度その時。


「あなた、だぁれ?」


 頭上から掛けられた幼い声に、満身創痍の『怪物』は億劫そうに首をもたげた。


 これこそがこの場で語られる「全て」の始まり。

 或る一人の少年と或る一匹の怪物が織り成した、救われぬ「愛」と「罰」の物語。


 少女が犯し、少年が贖う、罪咎の物語だ。


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