第6話 復讐
ご忠告
市立大塚中学校三年一組の生徒
卒業式後の打ち上げと称して
小藪町の居酒屋『どんとこい』で
馬鹿騒ぎをしている模様。
楓は一瞬、心臓が口から飛び出る感触を覚えた。送られてきたファックスには、ご丁寧に写真まで添えられている。
子どもたちはビールジョッキを片手に、乱痴気騒ぎを起こしている。モノクロで判断しづらいが、これは明らかにアルコールが入っている。まず子どもたちの表情が正常じゃない。酔っ払いの顔つきだ。ピッチャーで一気飲みをしている写真まで添えられている。
この写真の鮮明さから、至近距離で撮影されていることが分かる。打ち上げに呼ばれなかった生徒の内部犯行か。それとも居合わせた客が撮影して、学校に送ってきたのか。
管理職に連絡を急いでしないと、と携帯電話を取りだしたとき、楓の心の中で悪魔がくしゃみをした。
三年一組・・・・・・徳永のクラスだ。
徳永は今、何も知らずに打ち上げに参加して、美酒に酔いしれておられる。別にここで電話して、せっかくのお楽しみをぶちこわす必要はないんじゃないか。もっとゆっくり時間をかけて、徳永には別の楽しみを与えた方がいいんじゃないのか。
楓はファックスを鞄の中に入れた。
そしてパソコンの電源を切って、職員室の施錠をし、校舎を後にした。
楓は車に乗り込んで、カーナビシステムを作動させた。ともかく遠くへ行こうと決めていた。楓は、学校を出て県外方面へ車を急がせた。
手が汗ばんでいる。変な緊張感もあるのだろう。楓は頭を無の状態にするために、大音量のロックを車内に流した。
白粉村に入り、最初に目に入ったコンビニで車を止めた。コンビニに入る前に楓は卒業式から着用していた礼服を脱ぎ、部活指導の際の予備として、車に入れっぱなしにしておいた、新品のジャージに着替えた。そして帽子をかぶり、マスクをし、めがねをかけコンビニに入った。そして設置してあるファックスの前に行き、ボタンを押した。
楓は一通りの作業を終え、車に戻った。そして水を飲み、自分を落ち着かせてから、エンジンをかけた。
日曜日、楓はけたたましく呼び続ける携帯電話の音で目が覚めた。
「はい、森川です。」
「あぁ。先生。やっと出てくれた。ともかく至急学校まで来てくれ。」
教頭の泣き出さんばかりの声が、まだ眠っている脳にゆっくり侵入してくる。薬の力を使わないでここ二日は眠っていた。相当疲れていたのだろうか。こんなに深く眠ったのは実に久しぶりのことだった。
「森川さん、聞いてるの?」
「はい、準備してすぐ行きます。」
教頭の声からして、何が原因で電話してきたのか容易に察知できた。楓からは自然に鼻歌が出ていた。お気に入りの服を着て、いつもより濃いめの化粧を施し、家を出た。
お昼前に学校に到着した。
職員室には、既にほとんどの先生が集まっていた。
「遅くなりました。」
楓は小声で言いながら背をかがめ、自席までゆっくり向かった。絵美ちゃんが楓を見つけて、手招きをしている。
「えらいことが起こりよったでぇ。」
「え??」
反射的に徳永の座席を見た。徳永はいなかった。絵美ちゃんが話をしようとしたとき、教頭から声がかかった。
「皆さんがほぼおそろいですので、説明します。」
教頭の隣には見慣れない顔が二つ、三つ確認できた。教頭の紹介だと、城東区警察の少年課の刑事さんだという。
「誠に残念なことが起こりました。徳永先生のクラスにおいて、居酒屋で飲酒していたことが発覚しました。小藪町の旧新劇前にある、居酒屋『どんとこい』と言うお店です。このお店は、豊田ビルの七階と八階のフロアに渡ってあるお店なのですが、八階の奥座敷を貸し切って卒業式後、打ち上げをしていたようです。その様子を城東区警察署に知らせた方がおり、今日、休日ではありますが、皆さんにこうして集まって頂くことになりました。」
ここから少年課の刑事さんが引き継いだ。知らせてくれたのはファックスであり、そのファックスには、飲酒風景の写真まで添付されていたとのこと。すぐさま警察の方でお店側に確認したら、確かにその席を予約した団体は飲み放題コースを注文していたとのこと。予約名に生徒の名前はなかったが、名字で一致した者がいて、先ほど照合したら、クラス委員が親の名前を勝手に使用して予約した疑いが高いことが判明したこと。お店側は未成年者には見えなかったと言っているが、年齢確認を怠ったということで、本日より二週間の営業停止処分が下った、と報告された。
「今、担任の徳永先生には生徒全員に連絡してもらっています。」
教頭と刑事の話から推測するに、学校にファックスが届いたことは誰も知らないようである。城東区警察所にタレ込みがあり、捜査に乗り出したと言うことになっている。
「きついことですが、今日の夕方のニュースでこれが報道されてしまうようです。しばらくの間、この中学校が非難の的になりますが、皆さんで何とか生徒を守っていきましょう。」
校長は水分の抜けた白く乾いた顔で、声を絞り出し、職員に訴えた。
夕方のニュースに事件が大々的に放送された。いつ撮影しに来たのか分からないが、学校の映像と共に、居酒屋で卒業生が飲酒したことと、それに伴い,居酒屋が営業停止処分を受けたことが伝えられた。
楓たちはそのニュースの後、電話応対や学校に来る保護者対応に追われた。転校を言い出す保護者もおり、いたずら電話は深夜まで続いた。
午前一時を回った頃、帰宅を許され、楓は部屋に戻った。そして数時間仮眠を取った後、改めて学校に登校した。
昨日の今日なので、今朝の職員朝礼はお通夜のような雰囲気だった。徳永と三年学年主任の芝山の姿は朝から見えなかった。
「卒業生の進学する高校へのお詫び行脚に行っているらしいよ。」
こそっと教えてくれた絵美ちゃん。とても眠そうだ。
「うちの学校、進学に力を入れているとあって、結構、校区外から通ってきている生徒もいるわけじゃん。今年の卒業生も多数、有名進学校に合格したわけで。今回の事件がどんな影響を及ぼすのか、楽しみやわ。」
「楽しみって。」
「徳永のおっさんだよ。どうなるか。」
絵美ちゃんは、ぬるくなったコーヒーを啜りながら、学級通信を作り始めた。
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