使い魔はニホンジン

天音鈴

第1話

 星降りの夜。


 千年に一度に訪れるその夜には、空に浮かぶ星々が一斉に降り注ぐと言い伝えられている。


 その日に願い事をすれば、どんな願いでも星たちが叶えてくれるとか。


 しかし、それは空に一番近い場所で祈った人間の祈りのみ――。




「フフフ……」


 月明りも差さない真っ暗な実験室で、アルスはほくそ笑んでいた。


 時刻みの魔石を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしている。アルスの悲願が果たされるまでもう少しだった。


「使い魔さえ手に入れれば、僕も一人前になれるんだ! 僕を馬鹿にしてきたガロンやポンドにぎゃふんと言わせてやる。いつまでも学院の下っ端じゃないと教えるんだ!」


 真っ暗な部屋で、アルスはそう叫んだ。


 アルス・シャーロットは魔法使いの少年だ。


 エルクール王国唯一の魔法学園、エルクール学院にて、最下位の成績で入学。それ以降常に最下位をキープし続けている。


 思い出しただけでも恥ずかしい過去が脳裏をよぎって、アルスは靄を払うように首を大きく振る。


「けど、十五歳になったら使い魔を手にれることができる。使い魔の精霊王やドラゴンに仕事をしてもらえば、魔法使い本人の実力なんて関係ないんだ」


 アルスは手に持っていた瓶のふたを開け、足元に掛かれた魔法陣に液体を垂らす。


 形容しがたい粘液力を伴った液体は、ゆっくりと重力に引かれて地面に落ち、魔法陣の模様に沿って流れていった。


「この日のために、国内外から最高の触媒を集めてきたんだ。きっとすごい使い魔が現れるに決まってる」


 どんな使い魔が自分に仕えるのだろうか。


「もしかしたら家族みたいに仲良くなれたりして……」


 まだ召喚の儀式の途中であるのに、アルスの中で膨らむ妄想は止まらない。


 頭の中でドラゴンの灼熱が荒れ狂い、精霊王の新緑の芽吹きが生まれていた。


 なんと輝かしい未来なのだろう。アルスはそう思っていると、口の端から笑い声が漏れてしまう。


「おっといけない。集中しないと……」


 ここで失敗をしては今までの苦労が水の泡だ。金貨を何千枚もはたいて買った触媒たちが無駄になってしまう。


 アルスは自分の頬を叩いて、最後の過程に臨む。


「魔法陣の中心に自分の血を垂らして、と。痛いのかな?」


 月明りで煌めくナイフが何故か恐ろしい。


 アルスは指にあてたナイフに力を入れようとするが、自分の指を切るなど初めての経験なので、思い切ってできなかった。


 痛みのない指の皮は切れても、その先の肉までは切ることができないまま、時間が過ぎていく。


 早くしなければ、触媒に込めた魔法が解けてしまうかもしれない。


「ええい、ままよ! って、痛っ!」


 目を瞑ってナイフに力を加えると、柔らかい肉を切る感触が伝わってきた。


 数秒遅れで神経が痛みの信号を送る。アルスが想像していたよりもずっと痛かった。


 傷口から血がゆっくりとあふれ出し、少しずつ指先へと流れていく。


 やがてアルスの血は指先で雫となって、地面へと落下を始めた。


「よし……」


 アルスがそう呟いたのと同時、真っ暗な研究室に光が満ちる。何もかも、全てを白に塗り替えるその光は、アルスの目も焼き尽くした。


「目がぁ、目がぁ!」


 眼球を串刺しにされた感覚に、アルスは目を覆いながら大きくのけ反った。手の感覚に任せて千鳥足で歩くと、何かに触れる感触があった。


「これって本棚じゃ……」


 アルスが気付くが、時すでに遅し。


 日ごろから不安定だった本棚はアルスの体重によって限界を迎え、自然法則に従って持ち主を押しつぶそうとする。


 アルスは逃げようとするものの、未だに視界は塞がれたままだ。


「ぎゃふん!」


 散乱する本の山に巻き込まれ、全身を埋められてしまった。


 痛みと衝撃で目を回すアルスの耳に、鈴のような美しい声が届く。


「ここは……?」


 目の痛みが無くなったアルスは、声の主を探そうと、本の山から頭を引っこ抜く。そして目にした使い魔に息を呑んだ。


 胴体からは四肢が伸びていることはわかる。だが、体に布を巻いているせいで全身のラインがはっきりとはわからない。


 頭部は人間のようで、体も人間のよう。足も人間のそれに酷似している。


 つまるところ――。


「人間⁉」


 十五歳の使い魔召喚の儀で、アルスは人間を召喚してしまった。


 長い黒髪は背中までゆったりと流され、大きく開いた黒瞳は夜の闇を閉じ込めたようだ。


 目鼻立ちも整っていて、華奢な手足は理想のバランスと言っても差し支えないほど。


 使い魔の全身を分析していると、召喚された人間は羞恥で顔を赤く染める。


 そのまま近くにあった本を手に取り、


「ヘンタイ!」


 と叫びながら、アルスの眉間へ本を投げつけたのだった。

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