プロローグ 2
城塞から飛び出した火球が上空で炸裂して消えていく。
それに呼応するかのように数拍の後、はるか遠くの空でも小さく火球が炸裂する。
そんな光景を少し離れた場所から見ている三人組があった。
言わずと知れた魔王たちである。その手にはクリスタルのような透明感のある不可思議な物体がいくつも握られていた。
「ふう。無事に回収できたな。勇者ちゃんたちが城塞内の見回りに行ってくれて助かったぜい」
「だから大丈夫だって言ったっしょ。わらわの予言に間違いはないっての」
額の汗をぬぐう仕草をする魔王に邪神公主が文句をつける。もっとも、その台詞ほど苛立っていることはなく、単に幼馴染同士がじゃれ合っているだけのことだろう。
その証拠に、もう一人の幼馴染である呪怨帝は何も言わずに手にした物体を確かめていた。
「これも大丈夫っス。ちゃんと撮れてるっスよ」
確認作業が終了したのか、ジャラジャラと物体を袋へと流し込んでいく。
「おいおい、気をつけろよ。大事な画像なんだからな」
クリスタル風の謎の物体、その正体は映像を録画しておける
「あっしが作ったんスから、そのくらいはちゃんと見極めているっスよ」
勇者ちゃんが絡むと途端に面倒くさくなる上司兼幼馴染に、呪怨帝は溜息を吐きながら答える。
そんな彼自身もご執心な賢者さんの画像に何かあれば発狂してしまうのは間違いないので、似た者同士ではあるのだが。
ちなみに、邪神公主は聖女さまが推しである。
「はいはい。二人ともその辺にしとけー。こんなところで騒いだら、確実に勇者ちゃんたちに見つかっちゃうゾ。それよりも、これからどうするかを考えないといけないんじゃね?」
「そうっスね。いくら勇者ちゃんたちの活躍が見たいと言っても、これ以上攻め込まれたら魔族の皆にも危険が及んでしまうっス」
外敵、魔族からの襲撃に備えるために整備されただけあって、モストン城塞は人類の領域の中では最も魔族たちが暮らす領域に近い場所にあった。
つまり、これ以上勇者ちゃんたちが活躍するということは、魔族領を切り取られてしまうということに他ならないのだ。
一方で、両者の間には険しい地形と凶悪な魔物が棲むことで有名な魔獄山脈が横たわっているため、領土的野心を持った軍勢が攻め込んでくるという心配はなかった。
「まあ、勇者ちゃんたちならうちの奴らを無碍に扱うような真似はしないだろうが、人類にはバカな王とかアホな貴族がわんさといるからなあ……」
「かといって、今さら『勇者ちゃんファンクラブ』をやめる訳にはいかないっしょ。うちの皆も楽しみにしてるし、今ではでっかいスポンサーまでついてるんよ」
興味本位で覗きに行った際に今代勇者ちゃんパーティーの可憐さに一瞬で
その人気は正に圧巻の一言で、三つの超国家組織が会報誌の流通に一役買っていたり、その長たちが名誉顧問として名を連ねていたり、ほとんどの国が活動拠点の確保などの手厚い保護を行っていたりと、もはや人々の娯楽の枠を超えたものにまで成長しつつあるのだった。
当然「魔族が危険でピンチなので、勇者ちゃんのファンやめます」などと言って終わりにはできない。
むしろ表向きは魔族と人類は敵対しているのだから、人類側からすれば勇者ちゃんの活躍を見られる好機だとしか思われないだろう。
「それくらいで済めばいいんスけどねえ。
「あー、すっごく言いそう。というかむしろ勇者ちゃんに攻め込んでもらいたくて、魔王軍所属の子たちの方が先に言い出しそうじゃない?」
「今さらだが、王である我の活躍よりも、敵のはずの勇者ちゃんたちの活躍の方を楽しみにしている民とかどうなんだろうな……」
「本気で今さらの話っスね……。別に嫌われてる訳じゃないんスから、気にしなくていいんじゃないっスか」
「そう、なのかなあ……」
今代の魔王は歴代の中でも特に高い評価を民衆から受けているのだが、いかんせんそれ以上に勇者ちゃんたちの人気の方が高いのである。
しかもファンクラブを作って魔族たちに彼女たちの魅力を広めたのはほかならぬ魔王自身なので、誰にも文句は言えない状態となっているのだった。
余談だが、魔王たち三人は隠していたメモリーが偶然発見された、と言う体を頑として崩そうとしていないのだが「推しについてもっと大勢と語り合いたい!」という欲求を抑えきれずに、魔王城に出入りする者たちに見つかりやすい所にこっそり配置していた、というのが真実だったりする。
「あの時は、その、あれだ。まさか勇者ちゃんの人気が我をしのぐことになるとは思ってもいなかったのだ……」
後に魔王は遠い目をしながらそう語ることになるのだが、それはまた別の話。
「魔王様の人気はどうでもいいとして、これからの活動はどうするん?」
「ちょっ!?
「ジャーちゃん言うなし。わらわ的にはいくら聖女さまと対面できるにしても、魔獄山脈で戦うとか絶対に嫌なんですけど」
「それにはあっしも賛成っス。あそこの魔物はこっちの言うことなんて聞きやしないっスからねえ。賢者さんが怪我でもしたら大変っス」
独立独歩の気質が強いと言えば聞こえがいいが、要はフリーダムなおバカばっかりというだけのことである。
恐らくは「笛が鳴ったら突撃」というごくごく簡単な命令でさえも、守らせるのは難しいだろう。
そんな血の気が多い魔物が揃っていることで、魔族と人類の境界線の役割を果たすことができている、という面がないこともないのだが。素直には認め難い気持ちとなる魔王たちなのであった。
「しかし、魔獄山脈はダメで魔測領はもっとダメとなると、勇者ちゃんたちと相対する場所がなくなってしまうぞ」
「それなんよねえ……」
「モストン城塞でまた主導権争いの悪だくみでもやってくれないもんスかね。そうしたらその隙に奪ってやれるんスけど」
呪怨帝の言葉を聞いた瞬間、魔王に天啓を授ける天使が舞い降りる。
ちなみに、それは輝く翼を携えた勇者ちゃんで……、それ、モストン城塞で必殺の一撃を叩きこむべく突進してきた時の姿なのでは?
「
妙なポーズとイントネーションでズビシッ!と呪怨帝を指さす魔王。
「何がそれなんスか?まさか本当にまたモストン城塞を奪うつもりっスか?」
が、そこは付き合いの長い幼馴染同士である。驚くこともなければ突っ込むこともしないで淡々と話を進めていく。
「違う違う。奪うのはモストン城塞ではなく悪だくみの方だ!」
「悪だくみを?」
「奪う?」
自信満々に言う魔王に対して、理解が追い付いていない呪怨帝と邪神公主は顔を見合わせて首を傾げていた。
「分かりやすく順を追って説明するとだな、まず、アホな王族しかりバカな貴族たちしかりで、人間にはこすっからい悪だくみをする奴らや、せこい悪事を働く連中がいるだろう」
「いるっスね。しかも何故だかそのみみっちさに気付いていないんすスねえ」
「それどころか、闇に潜んで裏から糸を引いて悪事を操ってるつもりになってる奴らもいるだろう。そんなバカどもの悪事を我ら魔族が奪うというのは、なかなかに痛快だとは思わんか」
「へえ。良いじゃん、いいじゃん。悪の権化たる魔族らしい極悪ぶりだわよ!」
悪の権化云々は人類の領域で五百年ほど前に隆盛を極めた『神聖帝国』――『聖神教』とは無関係――が魔族領へと攻め込もうとした際に掲げた大義名分であり、根拠らしい根拠は全くないものである。
そして当然のようにこの侵攻作戦は失敗に終わり、その負債が原因となって滅びの道を突き進んでいくことになるのであるが、プロバガンダとして使用された言葉だけは今日まで残ってしまっているのだった。
「だろう!その上、その情報を流せば勇者ちゃんたちがやって来てくれるかもしれない!」
「きゃー!聖女さまがわらわに会いに来てくれるー!?」
「二人とも落ち着くっスよ。……とはいえ、確実に勇者ちゃんたちがやって来るように仕向けるとか手を入れるべき箇所はあるっスけど、悪くない作戦っスね」
人類の悪事を奪うという形式上、舞台となるのは人類の領域ということになる。勇者ちゃんパーティーが来てくれさえすれば、その活躍を間近で見ることができる上に、魔族の側には一切の被害がないまさに一石二鳥の作戦と言えよう。
……つい先ほど、モストン城塞で危うく死にかけたというのに、完全に忘却してしまっている。
彼女たちに対峙する自分たちの危険性については無頓着なままの魔王たちなのであった。
「まあ、街中で戦うことになるかもしれないから、その辺りは注意が必要になるかもしれんのだがな」
「そこはあっしと邪神公主の魔法で壁を強くするなり、結界を張るなりといった形で対応できると思うっス」
「凛々しい聖女さまを見るためなら、わらわ、頑張る!」
立場的に頑張る方向性が確実におかしいのだが、それに突っ込める人材はこの場には誰一人いなかった。
「そうと決まれば善は、いや、悪は急げだ!さっそくいい感じの悪事を探しに行くぞ!」
「あっしは勇者ちゃんたちを確実に誘導できる方法を考えてみるっスよ。しばらくはモストン城塞の後始末にかかりきりになるだろうから、時間的な猶予はあるはずっス」
「わらわは勇者ちゃんたちにおかしな虫が付かないように、影ながらお守りするわ」
当面の行動指針を告げて頷き合う三人。
若干一名、ストーカー宣言をした者がいたのだが……。今さらの話か。
そして魔王たちはそれぞれのいく先へと転移していくのだった。
仮に彼らが世界征服をするつもりがあれば、あっさりと人類の領域もその手にすることができたのかもしれない……。
これは、魔王様が他人の悪事を奪って勇者ちゃんの活躍を間近で堪能する物語である。
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