その悪事いただくゼ! ~勇者ちゃんファンクラブ会員1番の魔王様が人の悪事を奪って勇者ちゃんの活躍を特等席で見るお話し~
京高
プロローグ 1
モストン城塞は外敵に備えるための砦として作られた質実剛健で強固な山城だ。
その一階部分、本来は兵士たちを集めるための大広間で現在激しい戦いが繰り広げられていた。
「たあああああ!」
「ふんっぬ!」
裂帛の気合いと共に放たれた清廉さすら感じさせる剣の斬撃を、禍々しい気配を纏う棍棒ががっしりと受け止める。
が、拮抗したのはほんの一瞬だった。何せ剣を持つのは可憐という言葉が似合いそうな一見すると華奢にすら見える少女であり、対する棍棒を手にしていたのは筋骨隆々でいかにも怪力を秘めていそうな大男なのだ。得物の性能はともかく、その持ち主の力が釣り合っていないのは明白だった。
「ぬぅおおおお!」
圧倒的な膂力でもって棍棒を振るうことで大男は斬りつけてきた人物を大きく弾き飛ばしてしまう。「きゃっ!?」と思わず聞きほれてしまいそうな悲鳴を発しながらも、少女はくるりと空中で一回転することで体勢を整えると無事に床へと降り立つ。
「ほほう。今のをすんなりと受け流すとはやるな。我が宿命のライバル樽に相応しいぞ、勇者ちゃん」
いなされたことで追撃の機会すらも潰されてしまったのだが、大男はそのことを悔しがる風でもなければ、苛立たしく感じている様子でもなかった。
それどころか、そのことを喜んでいるようにすら見える。
「ライバルなんかじゃありません。あなたは魔王、倒すべき敵です」
一方の勇者ちゃんと呼ばれた少女はというと、こちらは先の攻撃が通用しなかったことを残念に思っていたようで、その柳眉がわずかばかり下がっていた。
それでも即座に否定の言葉を口にできるあたり、未だに戦意は失っていないようではあるが。
相手の出方をうかがいながら、再び対峙する両者。先に動いたのは大男こと魔王だった。右腕一本で棍棒を振りまわしながら一直線に勇者ちゃんへと近付くと、
「【ヘルフレイム】!」
不意を突くように左手から魔法を放つ。
……王と名の付く存在とは思えない
勇者ちゃんに向かって射出された赤黒く燃え盛る球体は、その上を通過しただけで床面の石材を融解させていた。いくら勇者の名の看板を背負っている彼女でも、当たればタダではすまないだろう。
しかし、このチャンスに当の魔王はというと、
「熱っつ!あつ、熱っちい!?」
下手なダンスを踊って、もとい、ただピョンコピョンコ飛び跳ねているだけだった。
溶けた石材の中に足を突っ込んだのだから当然の結果だ。どうやら走っていた勢いを止められなかったらしい。割とアホである。
「やらせないわ!そびえよ、極北の氷壁。【アイスウォール】!」
「ぬおっ!?」
窮地を救ったのは勇者ちゃんの仲間、叡智の体現者たる賢者さんだった。
人類最高峰の魔力によって生み出された分厚い氷の壁は、大陸の北限を超えたはるか先にあるという溶けない氷の台地に等しい氷精を内包していた。
だが、それですらも魔王の炎を食い止めることが精一杯で、対消滅という形で消え去ってしまう。
自爆めいた行動で足の裏に火傷を負っていた――その程度の怪我だけで済んでいること自体が異常でもある――が、魔王の肩書は伊達ではないということか。
「助かりました、賢者さん」
「お礼はそいつをとっちめてからよ」
「その通りです。そして今が好機ですよ、勇者ちゃん!神よ、天駆ける翼をこの者にお与えください。【エンゼルフェザー】!」
「ありがとうございます、聖女さま!」
窮地を覆した時とは絶好の機会が訪れる瞬間でもある。それを盤石なものとするべくもう一人の仲間、神々の愛し子である聖女さまが天へと祈りをささげた。
「はあああああ……!」
必殺の一撃を放つべく気迫を巡らせる勇者ちゃん。その背には光り輝く翼があった。
「ぬ、不味い――」
「やあああああ!」
強烈な重圧に慌てて防御を固めようとする魔王だったが、その準備が間に合うよりも先に背中に光る羽を備えた勇者ちゃんが空を飛ぶような勢いで突撃してくる。
「人々の願いと私の想いをこの剣に。【ディバインストライク】!」
「ぐわあああああ!や、やられ……、てない!?」
輝く剣にその身を貫かれる様を視て断末魔の叫び声をあげる魔王。
が、ふと自分の命の灯が消えていないことを悟る。もちろん体に大穴が開いていることもなければ、四肢が消し飛んだりもしていない。
その時になってようやく、先ほどまでとは見えている景色が少しばかり違っていることに気が付いたのだった。
具体的には大広間のど真ん中あたりに居たはずが、隅っこへと移動していた。しかも掃除の手を抜いていたのか、埃が舞い上がっている。
「ふ。どうやら魔族の神はまだ我が生きることをお望みのようだな」
「いやいや、そんな神様いないし」
「カッコつけているところ悪いっスけど、あっしの【キャスリング】の魔法で魔王様とアレの場所を入れ替えただけっス」
魔王の
幼い頃はそれぞれ「マーたん」「ジャーちゃん」「ジューくん」と呼び合った仲である。
そして呪怨帝の言葉通り、直前まで魔王がいた場所にはアレこと装飾用のフルプレートが転移させられており……。
いや、フルプレートだったものが勇者ちゃんの渾身の一撃によって物体Xへと変貌していたのだった。
「こいつはそろそろ引き時じゃないっスかね?」
「わらわも賛成。流れは完全にあっちに傾いちゃってるし、ここから逆転できる目はないっぽい」
「ぐぬぬ……。仕方がない。……勇者ちゃんたち、今日のところは勝ちを譲ってやろう。さらばだ!」
「あ!ま、待ちなさい」
あっという間に逃亡を選択し、捨て台詞を残して姿を消す魔王。それを見て慌てて呼び止めようとする勇者ちゃんだったが、
「待てと言われて待つ奴はいないっスね」
「ばははーい」
居残るはずもなく、呪怨帝と邪神公主の二人も空気に溶けるようにしてその姿を消したのだった。
「くっ……。また逃げられました!今回はようやくあと少しというところまで追いつめることができたのに!」
「そうとも言えないわよ」
悔しがる勇者ちゃんの言葉を淡々と否定したのは、仲間であり同じ思いを抱いているはずの賢者さんだった。
まあ、この場には勇者パーティーの三人しか残されていなかったので、仲間内からの発言となるのは当然なのだが。
「賢者さん、それはどういうことなのでしょうか?」
もっとも、仲間だからと言って言葉に込められた意味を読み解ける訳ではない。
その考えを聞こうと聖女さまが尋ねた。
「魔王があの魔法を放った瞬間、戦っていた呪怨帝が手を緩めたように思えるのよ。勇者ちゃんを助けられるように、ね。……それにあの魔法もおかしいわ。いくら片手間に撃ったものだとしても、私と魔王では根本的な魔力量が違う。全力を込めて練り上げたものならまだしも、あんな間に合わせで作った壁で消滅させられるはずがないの。悔しいけれど」
賢者さんの推測は当を得ていた。呪怨帝は魔王が魔法を放ったあの時、「あいつ、マジか!?」と思わず賢者さんが助け舟を出せるように攻撃の手を緩めてしまったのである。
そして例の魔法であるが、最初こそ石材を溶かすほどの超高温だったが、すぐに込められた魔力が霧散して、着弾時には勇者ちゃんであれば片手で剣を振るうだけでかき消すことができるくらいの代物になっているはずだった。
もっとも。他人からはそんな小細工が仕掛けてあることを見抜くことはできないくらいにしっかりと偽装されていたため味方の呪怨帝すらも驚かせてしまい、結果としてその後の反撃で危うく死にかけることになってしまったのだった。
「そういえば、追撃をするでもなく飛び跳ねていただけでしたね。今から落ち着いて考えれば、あれも賢者さんからの救援が入ると見越しての行動だったのかもしれません」
聖女さまの言葉に眉をしかめて考え込む三人。
ただ高温で溶けた石に足を突っ込んでしまい熱くてピョンコピョンコしていただけなのだが、残念ながら彼女たちに真相を告げる者はこの場にはおらず、不可思議で怪しい動きもまた魔王による深謀の策略とされてしまうのであった。
「ともかく、魔王たちを撃退させられたのは事実なのだし、今はそれで満足しておきましょう」
「そうですね。欲をかくと碌なことになりませんから。……それに、おバカさんたちにしっかりを釘を刺さなくてはいけませんもの」
賢者さんの言葉に同意したかと思うと、暗い笑みを浮かべる聖女さま。
その表情を見た二人は「あ、マジおこだ」と察して、自分たちへと飛び火してこないようにこくこくと首を縦に振るのだった。
聖女さまがマジおこ、本気で怒っていることには当然訳がある。
このモストン城塞は造り上げた側こそ人類なのだが、すぐに外敵たる魔族によって占拠され、長らく敵の最前線基地として機能してきたという苦い歴史があるのだ。
それをようやく三か月前に勇者ちゃんたちパーティーが魔王を撃退することで取り返した、までは良かったのだが……。
国境が接している二国が所有権を主張してお互い譲らず、対には小競り合いへと発展したところで、漁夫の利と言わんばかりにその隙を突かれて再度魔族たちに占拠されてしまったのだ。
「どちらの国も三回目はないと自覚しているでしょうけど、小言の一つや二つくらい入ってやらないと気が済まないわね」
「泣きつけば何でも解決してくれる便利屋だと思われるのは癪ですし」
賢者さんに続き勇者ちゃんも厳しい言葉を口にする。前回も今回に負けず劣らず薄氷を踏むかのようなギリギリの勝利だったのだ。
それを権力争いで無駄にされたのだから、本来彼女たちは怒り狂っても然るべき案件だった。
そう。だから決して聖女さまの怒りが向けられないよう彼女に忖度しているのではないのだ!
実際に彼女たちの支持母体である三つの超国家組織、『冒険者協会』と『賢人の集い』と『聖神教』は二国に対して制裁を検討していた程だった。
幸いにも当の勇者ちゃんたちのとりなしによって制裁の件はなかったことにされたのだが、その一件で国民たちの大半が国よりも勇者ちゃんたち三人を信奉するようになってしまったのは、皮肉な結末と言えるのかもしれない。
その後、罠などが仕掛けられていないか内部を一通り探索して回った後、モストン城塞に詰めるため準備をしていた部隊を呼び寄せるべく魔法で連絡を取る三人だった。
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