第14話 そう簡単に治せないわ

 エリスの手足に付着していた緑色の石。その正体は機粒菌きりゅうきんの結晶だった。

 けれど治る症状らしく、それを知った俺は機療きりょうを施そうとするも北河きたがわに否まれてしまった。


「なんでダメなんだよ」


ほんの少しムッとした顔を作って問い返すと、北河は大きな溜息を漏らした。

 金色のポニーテールが揺れて、紺碧こんぺきの瞳が俺をめ付ける。


「さっきその女、『過剰症』って言ってたでしょ」

「うん」

「だからよ」


だから、と言われても俺にはてんで理解できない。

 両目をパチクリと開閉させる俺に、見兼ねた北河が面倒くさそうに繋げる。


「過剰症を治すには大量の機粒菌きりゅうきんが必要なの。一般的な欠乏症状を機療きりょうするのとはワケが違うわ」


「あー、なるほど」


手のひらを軽く叩いて合点を表した。てっきり意地悪で機療きりょうしないのかと思った。


「そんなことするわけないか。北河、優しいし」

「な……なによ藪から棒に! そんな使ったって無駄よ!」

「おべっかじゃないよ。本心だから」


ニコリ、と謝罪の意味も込めて出来るだけの笑顔を作ってみせた。

 けれど北河は何も言わずにソッポを向く。そんなに顔を赤くして怒らずとも良いだろうに。


『欠乏症であれば、治して頂けるのですか?』


俺達の会話が終わるのを見計らったようにエリスが尋ねた。欠乏症の機療きりょうなら俺も授業でやったことがある。問題はないだろう。

 

「私がやるわ」


だが俺が応じるより先に北河が立ち上がり、肩に掛けた俺の制服を脱ぐと俺に付き返した。


「いいの?」

「いいも何もないわ。病気のAIVISアイヴィス機療なおすのが機核療法士レイバーの本分よ」


言うと北河は一度ポニーテールの髪を解いて、もう一度固く結い直した。

 焚火の明かりを反射して、風になびく金色の髪がキラキラと輝く。


「それで、欠乏症のAIVISアイヴィスってのはどれよ?」

『はい。あちらの方です』


エリスは振り返りながら差し示した。俺達もその指先に視線を向ける。


『プキュ〜〜〜ッイ』


そこに居たのは、つい今しがたまで温泉に浸かっていたカピバラ。

 湯船から這うように出てきたカピバラが、緩慢な足取りでノソノソとこちらに近づいてくる。

 かと思えば、思い切り体を震わせ体に付いた水を振り飛ばし撒き散らした。


「ちょっ、なによこのデカいネズミは!」

「ネズミじゃなくてカピバラね。世界最大の齧歯類げっしるいで水辺とかに暮らしてる草食動物」

「ずいぶん詳しいわね」

「別に普通だよ。それより北河、自分のBRAIDブレイドは持ってるの?」

「大丈夫よ。これがあるから」


そう言うと北河は制服のポケットから白く小さい、ポケットピストル型の機療具きりょうぐを取り出した。


「それ入学の時に配られた模擬用のBRAIDブレイドじゃねーか。まだ返してなかったの」

「だって私、まだ自分のBRAIDブレイドを作ってないんだもん。使い慣れてるしね」


事も無げに言いながら、北河は拳銃型BRAIDブレイドのシリンダーをカチカチと回した。

 カピバラのそばまで寄ると、毛むくじゃらの体に銃口を突き付けトリガーを引く。


 ――プシュッ! 


乾いた音と共に青白い光放たれて、カピバラの体へ浸透していった。


「はい、終わり」


パシン、と北河はカピバラの分厚い背中を叩いた。


『ブフォッ』


先程までの甲高い鳴き声は消えて、低く野太い鳴き声へと変わっている。カピバラらしく実にふてぶてしい鳴き声だ。


「凄いな北河」

「当然よ」


澄ましたように言いながらも、北河の横顔はどこか誇らしげに見えた。


「でも機療きりょうしたAIVISアイヴィスってのは動かなくなるはずだろ。なんでコイツは動けてるんだ?」

「それは暴走状態や停止状態のAIVISアイヴィスだけよ」

「そうなん?」

「ええ。欠乏症って言っても軽度のものだから人工声帯にだけ異常が出たんでしょ」

「ふーん。北河ってなんでも知ってるな」

「アンタが知らなすぎるだけでしょ。よくまあそれで機核療法士レイバーになろうと思ったわね」


グサリと胸に刺さる苦言。俺は「ハハハ」と空っぽの笑みを浮かべて逃げた。

 北河は険しい様相のままエリスに視線をった。


「だけど過剰症だけは別よ。結晶化した機粒菌きりゅうきんはそう簡単に治せないわ」


「どうして?」


「あの結晶は過剰摂取した機粒菌きりゅうきんが徐々に凝固化したものなの。融かすのにも時間が掛かるわ」


「要するにチョコレート食べ過ぎてニキビが出来るようなもんか」


「……間違ってないけど、もっとこう『腫瘍』とか『血栓』みたいな例え方はできないの?」


それは仕方無いだろう。俺の頭の中に思い浮かんだイメージなんだから。でも分かりやすいよね?


「とにかく過剰症は時間と回数を重ねる機療法きりょうほうだから、すぐには治らない」


『そうですか……』


北河の説明にエリスは静かに応えた。

 表情に影を落としたわけでも声のトーンが落ちたわけでもない。それでも俺には、彼女の横顔が酷く悲し気に見えた。


『グル』

「ん、なんだよライナ」


呼ばれて視線を下げれば、スカイライナーが長い首をもたげて俺の鞄を口に咥えている。


『グルン』

「俺が機療きりょうしてみろって?」


『グル』


コクリ、と長い首が縦に振られた。

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