第12話 ……どゆこと?

 「人間が、絶滅した……」


女性型ガイノイドAIVISアイヴィスの告げた言葉を俺が反芻はんすうすると、蒸栗色の長い髪を揺らして彼女は頷いた。


「それ、本当なの?」

『間違いありません』


不安と驚愕を混在させた表情で北河も追求する。

 反して女性型ガイノイドAIVISアイヴィスは至って平静に答えた。

 嘘であってほしい。そんな淡い期待も消え失せ、北河は険しく眉をひそめた。


「原因は何なの? やっぱり映画とかゲームの設定みたいに、戦争やウイルスで?」

『それも要因の一つではありますが、根源的な理由は別にあります』


無機質な表情から放たれるその言葉に、俺達の視線は釘付けられる。そして、


機粒菌きりゅうきんです』


放たれたその一言に、ゾクリと寒気が走った。

 冷たい夜風が木の葉を騒がせて、焚き火を揺らめかせる。


「嘘よ!」


静かさの中で北河が唐突と声を張り上げた。


「だって機粒菌きりゅうきんは生物に対して全くの無害のはずよ! そうよね、ヴェルファイヤー!?」

『うむ。その認識で間違いはない』

「ほらやっぱり!」


北河は汗を浮かべながら、どこか取ってつけたように高姿勢に腕組みした。


『だが可能性はある』


けれどヴェルファイヤーの一言が、貼り付けた北河の気持ちをし折ってしまう。


「……その可能性って?」


『突然変異だ』


絶句する北河に代わり俺が尋ねると、ヴェルファイヤーはもあっさりと答えた。


『生命とは複雑だ。生きようとする力、そして種を繁栄させようとするエネルギーは凄まじい』


「だから何?  分かるように言って!」


『すまない。突然変異率が高くなると比例して分子進化速度が上昇するということだ。分子進化が必ずしも表現型レベルの進化に反映するわけではないが一般に分子進化速度が高くなれば表現型の進化速度も多少なりとも影響を受けて高くなる傾向がある。思うに機粒菌きりゅうきんの細胞内にある機核小器官きかくしょうきかんが機能喪失突然変異により破壊されたのだろう。これによりDNAミスマッチ修復遺伝子が機能せず差乍さながらペニシリンを初めとする抗生物質のように――』


「ちょ、もうやめろ! 余計に分からなくなる! 頭がパンク寸前なんですけど!」


ただでさえ面倒くさい設定とか用語が多くて鬱陶しいのに! これ以上専門用語を増やすな!


 「つまり、機粒菌きりゅうきんが持つ本来の性質が急速に変化して人間を絶滅させたってことね」


『その通りだ、ユウナ』


難しい顔で呟く北河にヴェルファイヤーが応じた。初めからそう言えば良いものを……というか北河はよくあの解説を理解できたな。


「でもそれが本当なら私達も危険じゃない。絶滅の原因が機粒菌きりゅうきんなら、体にも何らかの影響が出るってことでしょう」


『その心配は無用です』


今度は女性型ガイノイドAIVISアイヴィスが答えた。北河は髪と同じ色した眉を僅かに吊り上げる。


「どうしてそんなことが言えるのよ」

『人間が絶滅した後、異常変性した機粒菌きりゅうきんは不活性化し元の機粒菌きりゅうきんへと再変異したからです』

「……どゆこと?」


さっきから話が全く頭に入ってこない俺が首を傾げて尋ねると、北河はジトリと俺を横目に見た。

 もしかして、話についていけてないのは俺だけなのか……?


『つまり人間を宿主とした機粒菌きりゅうきんのみ変性し増殖を続けていたという訳だ。

 だが人間やどぬしを失い変性菌は徐々に失活していったのだろう。恐らく機粒菌きりゅうきんの間で生殖隔離が発生し生態的種分化が行われたのだ』


だから難しい言葉を使うのはやめて下さいヴェルファイヤー先生! 途中までは良かったのに後半部分で理解する気力を失くしたわ! 


「確かに人間を宿主にエネルギーを得ている機粒菌きりゅうきんには、一部で独特な発光現象が起こるわね」


「だから?」


「……要は私達が機療きりょうで使う機粒菌きりゅうきんが人間を殺したってことよ」


『大雑把な解釈だが、そういうことだ』


何故かげんなりとしている北河にヴェルファイヤーが補足を加えた。


「えっ、それじゃあヤバくない? 俺達……というか機核療法士レイバーAIVISアイヴィス機療きりょうする時って機粒菌きりゅうきんが光るよな? あれが突然変異して人間を殺したのなら俺達も――」


「だから、その人間を殺す菌は人間を宿主にしてるの! でも宿主人間が居なくなったら殺人菌も無くなるでしょ! だから今は大丈夫ってこと!」


「ああ、なるほど」


ポンと掌を叩いて理解する俺に、北河は額に手を当てあからさまな溜め息を吐いた。なんだろう、俺ってそんなに頭悪いかな……。


 「でも人間だって馬鹿じゃないわ。シェルターなり隔離施設なりあるでしょう。絶滅なんて変よ。皆がみんな長瀬ながせじゃあるまいし」


『いや、それは考えにくい。核爆発の放射能や太陽フレアなど事後発生的な現象なら防ぎようもあるだろうが機粒菌きりゅうきんの突然変異など予防のしようもない。まさか無菌室クリーンルームで長期間生活するわけにもいかないだろうからな」


「確かにね。だけど――」


そうして喧々諤々けんけんがくがくと意見を投じ合う北河とヴェルファイヤー。そんな二人を他所よそに、俺はその光景をただ眺めていた。

 ていうか俺さりげなく貶さディスられてるよね?

 不意に目頭が熱くなって堪らず俺は顔を伏せた。


 『あの』


 そんな俺に女性型ガイノイドAIVISアイヴィスが呼びかけた。

 視線を上げると、何故か彼女が目の前に立って俺を見つめている。

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