新編第五艦隊の日常

 その日の夕方。瑞牆と大鳳に案内役を付けるのは面倒くさいので、長門は二人を一旦執務室に呼び出して、一緒に食堂に行くことにした。が、大鳳は何故か嫌そうである。


「あ、あの……食事って、食堂じゃなきゃダメなんですか……?」

「いや、まあ、ダメということはないが、他で特に用意はないぞ」

「あっ、そうですよね……。少なくとも食事を取りに行かないと……」

「大鳳、お前は一人で食事を取りたいのか?」

「もちろんです!」


 大鳳は自信満々に言った。長門は何とも反応しかねた。


「そ、そういうことなら、誰かに食事を持って行かせてもいいが」

「い、いや、人様の御迷惑をおかけする訳には……取りにはいきますので……」

「分かった。瑞牆はそういうのはないよな?」

「勿論だよ。食事はみんなで楽しく、だよね」


 取り敢えず長門は瑞牆と大鳳を食堂に連れていった。瑞牆は遠慮なく椅子に座ったが、大鳳は長門の傍に立ち竦んでいる。


「あ、あの……お料理などは……」

「ねえねえ、ここの料理って誰が作ってるの?」

 大鳳の言葉は瑞牆に無残にも遮られた。

「作っているのは陸奥だ。あいつ、いつの間にか料理を覚えていてな」

「へえ、意外だね。そんな家庭的なところがあったなんて」

「私にも確かに意外だった。高雄がいなくなって陸奥が来るまではかなりひどい有様だったから、助かってはいるのだがな。私は陸奥に食事を用意してもらってくるから、お前達はここで待っていてくれ」

「え、あ、あの、私は……」


 大鳳は長門に置いて行かれた。一時的にせよ瑞牆と二人になるのは非常に気まずい。


「大鳳、そんなに緊張しないでおくれよ。ボク達、今のところは仲間なんだから」

「ひ、ひええ……」

「まったく、私を何だと思っているんだい?」

「皇道派のヤバい人だって自分で言ってたじゃないですか……」

「皇道派は私達船魄の待遇改善を目的にしているんだよ? そう悪く思わないで欲しいなあ」

「え、そうなんですか?」


 大鳳は露骨に興味を示した。


「ああ、そうだよ。よかったら君も――」


 その時、長門が陸奥を連れて戻ってきた。長門と陸奥はそれぞれ2人分の食事を盆に載せて運んでおり、上に乗っているのは安定のカレーライスであった。


「あんまり材料がないからカレーばっかりなんだけど、取り敢えず食べてみて?」


 陸奥は瑞牆と大鳳の前に盆を置いた。すると早速、大鳳は盆を持って食堂を立ち去ろうとする。陸奥は一瞬大鳳が何を考えているのか分からなかった。


「え、ええと、お持ち帰りかしら?」

「は、はい!」

「ふーん。みんなで食べる方が美味しいと思うんだけどな」

「よ、よく言われますけど……私はそういうのじゃないので……」

「あらそう。でも、ゆったり食べれるのが一番よ。食べ終わったらここに持ってきてね」

「も、もちろんです……」


 大鳳はそそくさと食堂を去って行った。かくして残されたのは瑞牆、長門、陸奥である。つい先程まであわや殺し合いに発展しそうになっていた面々だ。


「あなた、なかなか図太いわね。この状況で食事を楽しめるなんて」


 陸奥はカレーライスに手を付けつつも、向かいの瑞牆を睨みつける。


「食事の時は政治の話なんて気にしない方がいいんじゃないかな? そんなことは忘れて料理を楽しもうよ」

「あなたね……」

「陸奥、瑞牆の言う通りだ。今は何も気にせず食事を楽しむべきだ」

「そ、そう……。まあいいけど」


 長門は瑞牆への敵愾心など捨て、陸奥のカレーを楽しむことにした。


「うん、美味しいね。君はなかなか腕がいいようだね、陸奥」

「ありがと」


 陸奥はやはり瑞牆への警戒を解けないようだ。同族嫌悪というものだろうか。


「瑞牆、お前の役割は艦隊決戦における露払いだったな」


 武尊型大巡洋艦は、巡洋艦という枠内でありながら金剛型戦艦並みの攻防を備える特異な存在である。その役目は敵の巡洋艦を排除することだ。


「そういう話はしないんじゃなかったのかい?」

「純軍事的な話ならばよかろう。で、どうなのだ?」

「ああ、その通りだよ。小規模の艦隊決戦でも、敵の巡洋艦を圧倒できるのは役に立つと思うよ」


 などと戦術の議論を交わしていると、いつの間にか全員カレーを食べ終わっていた。


「おかわりもあるわよ。どうする?」

「ボク、おかわり欲しいな」

「私はもういい。ごちそうさま」


 陸奥は「あらそう」と少し不満げに応え、瑞牆の分のカレーを取りに行った。長門は皿を厨房に戻すと早々に帰ってしまった。陸奥を除いて家事のできる人材が乏し過ぎるのである。


 その後、食堂に来た駆逐艦達にもカレーを振る舞っていると、陸奥は瑞牆に呼び止められた。


「長門と一緒にいられなくて寂しいのかな?」

「まあね。私は個人的には長門にしか興味ないの」

「一途なんだね。嫌いじゃないよ」

「あなたの評価なんてどうでもいいわ」

「君も皇道派を毛嫌いしているのかな? ボクと同類だと思ったんだけど」

「いいえ、ただあなたが気に入らないだけよ」

「じゃあ皇道派とは仲良くしてくれるのかな?」

「それも悪くないわね」

「……君は一体何者なんだい?」

「それは教えてあげないわ」


 瑞牆と陸奥との間の緊張状態は、長門が思っているより深刻なようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る