瑞牆と大鳳
「嘘ではあるまいな」
「ボクは嘘は言わないよ。隠し事ならするかもしれないけどね」
「それで、わざわざ私にそんな馬鹿なことを打ち明けたのは何故だ? 私が貴様らを嫌っていることくらい知っているだろう」
「もちろん知っているよ。ただ、そんな些細なことはどうでもいいんだ。ボクは敵味方識別装置について知っている側の船魄だってことの方が、重要じゃないかな」
「何? お前もなのか?」
「ああ、そうだよ。君達と同類の存在なのさ。ボクはそこの陸奥とは違って、公式だけどね」
「あら、言ってくれるじゃない」
「それと皇道派の件は関係ないのではないか?」
皇道派かどうかと洗脳について知っているかどうかとは、特に相関関係はない。
「まあまあ、ちゃんと最後まで聞いておくれよ。ボクは皇道派として、君達のやりたいことに協力してあげようと言っているんだ」
「何? 皇道派と私に何か共通の利益があるとでも?」
「ボク達をまるで共産主義者みたいに思ってるのかな、君は。それは違うよ。さっきも言っただろう? ボク達は憂国の志士なんだって」
「何が憂国だ。陛下は貴様らを討伐しようとまで仰せになったのだぞ?」
「確かに二・二六事件の時は悪かった。だけどあれは元より下っ端の暴走だし、悪かったのは陛下の軍隊を私したことだよ。そんなことをする気は、今の皇道派にはない」
現代日本史上最大の反乱、二・二六事件。起こしたのは皇道派の青年将校達である。当時は行動に同情する者も多かったが、当今の帝は自ら討伐に赴かんとするほどに彼らを敵視し、事件は首謀者達の大量処刑に終わった。
「で、だからといって皇道派などと手を組む気はないが?」
「まず第一に、アメリカが最も憎むべき敵だというのは、当然ながらボク達の中でも共通さ。だから基本的に利害は一致する。それに、君は明らかに、瑞鶴達を傷付けないように動いているよね?」
「それは……生け捕りにしようとしているだけだ。連合艦隊司令長官より、そういう命令を受けている」
長門が瑞鶴を傷付けないように采配を振っているのは、識別装置のことを知っている者から見れば明らかだ。長門がそれを認めることは決してないが。
「まあそういうことでも構わない。ボク達もまた、瑞鶴達を生きて確保したいと思っているからね」
「それは何故だ?」
「ボク達皇道派が目指すのは、船魄を洗脳して戦わせる非道な軍部と政府を打ち倒すことだ。瑞鶴のような船魄は、最も頼れる味方になるだろうね」
「そんな言葉が信じられるか」
「ボク達の思想は変わっていないよ。ただ手段を切り替えたんだ。言論によって政府を変革しようとね」
敵味方識別装置については極秘とされ、海軍軍人でも知っている人間は少ない。年端もいかぬ少女達を洗脳して戦わせていたなど、もしも一般に知れ渡れば、確かに政府を攻撃するいい口実になる。
「皇道派などがそんな他人本意なことをするものか」
「どうしてそんなにボク達を目の敵にするかなあ」
「信用して欲しければ、これからの行動で示すことだな」
「はいはい、分かったよ。暫くボクを使っておくれよ。そうすればきっと、ボク達の理想も分かってくれる筈さ」
「そうなったらいいな」
長門はあくまで皇道派などを信用する気はなかった。皇道派を特に理由もなく毛嫌いしている、とも言えるが。
「ところで、陸奥、君は一体何がしたいんだい? ボク達の味方なのか敵なのか、それともどちらでもないのかな?」
「さあどうかしら。もしかしたら余計なことを言った奴を始末する為に皇道派から送り込まれた刺客かもしれないわよ?」
「それは怖い怖い」
「陸奥、お前まさか本当に皇道派なのか?」
「どうかしら。そうだったら失望する?」
「そ、それは……」
長門には答えられなかった。陸奥は困り果てた長門を見て楽しそうに笑う。
「そういう素直なところも好きよ、長門」
「う、うるさい! お前達が何を考えているのかは知らんが、私の命令に従わないようなら容赦せんからな!」
長門は権力争いやら派閥争いやらへの興味など毛頭ない。そんな話をされると頭が痛くなるのである。
○
一方のその頃。信濃は大鳳を私室に案内していた。
「ここを使うとよい。部屋の中にあるものは勝手に使って構わぬが、片付けも自分でせよ」
「え、ここ、一人で使っていいんですか……?」
「部屋は多く余っている故。同室を希望するなら長門と――」
「あ、ありがとうございます! 最高です! 一人にしておいてください!」
大鳳は目を輝かせ、両の手で信濃の右手を握り上に下にブンブン振り回した。信濃の脳内に躁鬱という言葉が浮かんだ。
「お、落ち着け、大鳳」
「あ、す、すみません」
信濃の一声で、大鳳はオジギソウを触ったかのように、またいつものオドオドした状態に戻った。
「そなたは、一人がいいのか?」
「は、はい。自分の部屋は、一人がいいです」
「そうか。まあ、そのような者も珍しくはない。今はゆっくり休むとよい。いつ任務が始まるとも知れぬからな」
「あ、はい。休ませていただきます。それでは……」
大鳳は用意された自室に素早く入っていった。
○
さてその晩、雪風はまたしても陸奥に呼び出されていた。
「はあ……。今度はどんないかがわしいことをさせるつもりですか?」
「今日はそういう気分じゃない。そんなことより、あの瑞牆って子、本当に皇道派なの?」
「おや、知っていて呼び寄せたのかと思っていましたが、はい、本当に皇道派ですよ」
「ふーん、そう。面倒なのが来たわね」
「あなたもそちら側の人間なのでは?」
「そうとも言えるしそうでないとも言えるわ」
「はあ。任務ですので、雪風は瑞牆もあなたも監視させていただきますよ」
「好きにしたらいいわ。因みに大鳳は?」
「大鳳は、雪風の知る限り、極普通の船魄です。何の派閥にも属さず、普通に識別装置の制御下にありますよ」
「ふーん。ここまで来るとそれはそれで面倒ね」
いっそ全員が識別装置について知っている方が楽だと、陸奥は思う。
「では大鳳にもネタばらしをしてしまえばよいのでは?」
「まあ、それは悪くないわね。私の目的には適う」
「目的?」
「それは教えてあげない」
「はあ、そうですか」
雪風の目には、大して何も考えてなさそうな瑞牆より陸奥の方が遥かに大きな脅威に映った。
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