第六章 アメリカ核攻撃
ナ弐号作戦
一九五五年七月二十五日、プエルト・リモン鎮守府。
瑞牆と大鳳が到着して3日ほど。長門はキューバへの核輸送作戦、ナ弐号作戦実行の命令書を受け取った。運ぶのが原子爆弾だということは、長門以外誰も知らない筈である。敵味方識別装置などよりも重要な機密なのだ。
長門は第五艦隊の全員を執務室に集めて作戦を説明する。第五艦隊は現在11名、いつの間にかかなりの大所帯になったものである。
「本作戦の目的は、この戦略兵器を無事に送り届けることにある。敵との戦闘は任務ではない。これを心得よ」
「残念だなあ、せっかくボクの力を見せられると思ったのに」
「瑞牆……それはまた別に機会にしろ。いずれその機は訪れる」
「期待してるよ」
「大鳳は大丈夫そうか?」
「あ、はい。大丈夫です……」
「うむ……」
本当に大丈夫なのか不安になる長門だったが、取り敢えず前線に出してみて様子を見ることにした。
「では諸君、これより出撃する。各自出航の用意をせよ」
長門は艦内に小型原子爆弾を5つ積み込み、他の艦もすぐに出撃の用意を整え、第五艦隊は鎮守府を発つ。主力艦4隻を中心に6隻の駆逐艦と瑞牆が輪形陣を組んで、キューバまで1,300kmほどの道のりを進むのである。最も低速の長門でも丸二日もあれば到達できる距離だ。
○
先のナ号作戦が失敗したのは瑞鶴に襲撃されたからであり、月虹が一時的に味方になっている以上、第五艦隊が任務にしくじるなどあり得ないと長門は考えていた。無論気を抜くことはないが。
鎮守府を出て丸一日。大鳳が長門に向けて通信を掛けてきた。
『あ、あの……長門さん……』
「ん? どうした?」
『敵影を、か、確認しました』
雷雲の中、大鳳の偵察機祥雲がアメリカ艦隊の姿を捕捉した。
「場所は? 規模は?」
『ええと、9時の方向、距離およそ120km、戦艦が2隻、空母が4隻、巡洋艦級が4隻、駆逐艦が10隻、くらいです……』
そうそう見ない大規模な艦隊である。戦力だけ見れば第五艦隊より遥かに強力かつバランスの取れた艦隊だ。
「偵察ご苦労。どうやら、我々の作戦が敵に読まれていたようだな」
『た、大変ですね……』
「うむ。全艦戦闘配置! 向こうから仕掛けてくる前にこちらから仕掛ける! 信濃、大鳳は艦載機を上げろ!」
『承知した』
『あ、はい……』
原子爆弾を運び込むなどアメリカに隠し通せる筈もない。CIAだか何だかが嗅ぎつけたのだろう。長門は敵艦隊の狙いが第五艦隊だと断定し、先制攻撃を仕掛けることにした。
『長門、せっかくだからボク達水雷戦隊を使うのはどうかな?』
瑞牆が提案する。
「ふむ、よかろう。やってみるといい」
『ありがとう、長門』
「命令には従ってもらうぞ」
『分かってるって』
まずは制空権を確保しなければならない。だがこれについては大した問題はない。信濃と大鳳から出撃した編隊は、敵空母の発艦が半分ほどしか終わっていない段階で敵艦隊の上空に辿り着いた。
『未だ多くの艦載機、未発艦と見ゆ。敵空母へ、攻撃を開始する。大鳳も続かれたし』
『あっ、はい、頑張ります……』
「よろしく頼むぞ」
先制攻撃を仕掛けた甲斐があった。敵にとってはかなりの奇襲になったらしい。まだ発艦できていない艦載機が残る空母に信濃と大鳳は攻撃を開始。別に沈める必要はなく、飛行甲板を爆弾でぶち破ればそれでいい。空母の装甲など所詮は気休めに過ぎない。爆弾を命中させれば確実に無力化することができた。
『敵は半分程度しか上がれておらぬ。制空は容易』
『そ、そうですかね……』
「大鳳、もう少し自分に自信を持て」
『は、はい……』
全く覇気の感じられない大鳳であったが、その実力に嘘はない。米軍機を――まあ彼女は人類の敵アイギスと認識しているが――一方的に撃墜して、戦艦や巡洋艦に魚雷をぶち込んでいる。敵の戦艦2隻と巡洋艦4隻は全て魚雷を喰らって速力が低下し、米艦隊は完全に足止めを喰らった。
「よい感じだ。瑞牆、奴らを襲撃して来い」
『うん、任された。駆逐艦の皆、行くよ』
『駆逐隊長は雪風なんですが』
『細かいことは気にしない気にしない』
敵艦隊との距離はおよそ100km。あくまで巡洋艦であり速力に秀でた瑞牆ならば2時間もかからず到達できる。駆逐艦ならばもっと早い。ともかく、駆逐艦を全部伴って水雷戦隊は出陣した。
○
『あ、あの……護衛艦がいないんですけど、大丈夫なんでしょうか……?』
瑞牆達が去ってすぐ、大鳳は震える声で長門に通信を掛けた。
「問題はない。潜水艦が来ても――」
『潜水艦!!??』
その瞬間、大鳳は通信機を破壊せんばかりの勢いで叫んだ。
「お、おい、大丈夫か……?」
『あっ、す、すみません。つい昔のトラウマが……。ちょっと漏らしました……』
「そ、そうか……すまなかった。ともかくだ、潜水艦なら水中探深儀で探知出来るし、探知したら螺旋翼機(ヘリコプター)で沈めればいいのだ」
『わ、分かりました……』
大鳳も積んでいるのだが、船魄が操る螺旋翼機は対潜戦において有力な兵器だ。普通なら人間を乗せるべき積載容量を使って対潜迫撃砲を載せて、空から一方的に潜水艦を狩ることができる。それに、キューバ戦争を通してアメリカ軍の潜水艦は壊滅状態であり、長門達に対抗できるような戦力は残っていないのである。
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