ドイツ海軍Ⅱ
「あなた達の気分で協力するかしないか決めるなんて、お話にならないわ」
「ええ、その通りね。私も別に、これが大した対価になるとは思ってないわ」
「他に対価を用意できるっていうの?」
「月虹がドイツを攻撃しないこと。これが対価よ」
「何を馬鹿なことを。そんなものが対価になるとでも?」
「どうかしら? 私達が本気になれば、大西洋のドイツ軍を殲滅するくらいできるけど?」
「私達を舐めてるの?」
「客観的な評価よ。私達、今のところ海賊だから何でもできるわ。あなた達が断ったら、まず最初にバハマのドイツ軍基地を全部潰す」
瑞鶴はもう面倒臭くなって脅迫することにしたのである。
「瑞鶴お前、もうちょっと交渉することを試みろ」
これにはツェッペリンも苦言を呈する。
「えー、だって交渉の材料とか全然ないし」
「ならばどうして交渉が成立すると思ったのだ」
「こういうのはぶっつけ本番で何とかするのよ」
「瑞鶴さん……」
「ダメみたいですね……」
瑞鶴に期待することが間違いだったと、妙高と高雄は後悔した。
「偉大なドイツ国を脅迫するなんて、ただ最初に造られた船魄ってだけのクセにいい度胸してるわね。大体、アメリカ方面なんて大して重要じゃないから弱小艦隊しか置いてないだけで、ドイツ海軍が本気を出したらあなた達なんて一瞬で捻り潰せるわ」
「オイゲン貴様! 私が弱小だと!?」
シュトラッサーは全く話の本筋とは関係ないところに突っかかってきた。そういうところは姉とそっくりである。
「話聞いてた? 艦隊が弱小って言ってるだけであんたの話は一言もしてないでしょうが」
「艦隊の空母は私だけなのだ。その言葉は私に向けられていると思うのだが?」
「空母だけで全部が決まる訳じゃないでしょ。自意識過剰なんじゃないの?」
シュトラッサーは適当に黙らせ、交渉は継続する。
「確かにドイツ本国の艦隊が来たら勝てる訳がないけど、それまで何週間かかる? その間にカリブ海の拠点を全部潰落とすくらい余裕よ。その場合、あなた達はどんな風に責任を取らされるのかしら」
「あくまで私達を脅すのね」
「協力すればお互いに利益があるって言ってるのよ」
「銃をそっぽに向けてくれるのを利益とは言わないわ。マイナスがゼロになっただけよ」
「まあ確かにね。とは言え、私達はあなた達から金をせびろうとするほど落ちぶれてないから、そちらから要求があったら可能な限り従うわ。そっちの旗艦……誰だっけ?」
「シャルンホルストよ」
「そう、そのシャルンホルストに伝えといて」
「そうさせてもらうわ」
瑞鶴は要求と提案を伝え切った。
「一つ質問するわ。あなた達の目的な何なの?」
オイゲンは問う。
「当面の目的は、この戦争を終わらせることよ」
「何? 平和主義者でもやってるわけ?」
「そんないいもんじゃないわ。少なくとも私とツェッペリンはね。そこの妙高はそれ自体が目的みたいだけど」
「は、はい」
妙高にとってはこの戦争を終わらせることそのものが目的であるが、瑞鶴とツェッペリンにとっては手段に過ぎない。戦争を終わらせればどの国の海軍も動きにくくなり、捕まるまでの時間稼ぎができるとの算段である。
「――なるほど。じゃあ本当の目的は何なの?」
「それを教える必要はないわ」
「そう。でも、この戦争をどうやって終わらせるつもりなのかしら」
「そりゃもちろん、キューバを勝たせるに決まってるわ。侵略の片棒担ぐくらいなら死んだ方がマシよ」
瑞鶴のアメリカへの憎しみは本物である。アメリカに味方することだけは絶対に論外であった。
「ドイツがアメリカの同盟国だとご存知?」
「あんたらそんなに本気で同盟してるの?」
「確かにあんな文化破壊人種とは付き合いたくないけれど、日本とソ連の勢力圏が広がるのを容認できる訳がないわ」
「アメリカが勝利する未来なんて見えないし、いずれキューバが勝利するのは確実でしょう? それが少し早まるだけじゃない」
仮にアメリカが攻勢に出れば、日本とソ連が援助を増すだけである。世界第一位の国力を持つソ連と世界第一位の同盟を持つ日本を合わせれば国力の差は圧倒的であり、アメリカに勝ち目などない。アメリカの目的がキューバの植民地化である以上、この戦争の結末はアメリカの敗北しかあり得ないのだ。
「まあね。とは言え、戦争が続いている限り日本の勢力圏は拡大しないし、何か他に手を打てるかもしれないんだから、戦争の早期終結は私達にとって利益にならない。つまりあなた達の利害とは衝突するわ。て言うか、そもそも時間稼ぎが目的なら、ずっとここにいた方が得なんじゃなくて?」
「それを言うと妙高が怒るから却下よ」
「な、何か、ごめんなさい……」
「お言葉だけど、その重巡に拘る必要はあるの? あなたならそんな子の助けがなくても問題ないと思うけど」
「ま、私がこんな面倒事に巻き込んだ訳だし、ちゃんと面倒は見てあげないとダメでしょ」
「ず、瑞鶴さぁん……」
妙高は途端に顔を明るくし、泣きそうな声で言った。
「あらそう。あなた達の考えは分かったわ。これから上と相談するから、また会いましょう。それまでの安全はハーケンクロイツに掛けて保証するわ」
という訳で月虹は数日の間、鎮守府より遥かに質のいいホテルにタダで泊めてもらえることになったのである。
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