峯風の本気
「峯風……落ち着いて、聞いてね」
峯風が起きると、涼月は雪風から聞いた事の真相について語った。峯風はあまり驚いた様子もなく、静かに事実を受けいれた。
「驚かないの……?」
「驚いてはいる。ただ、怒りの方が大きいだけだ」
静かにそう告げる峯風の声は、凍てつくようであった。
「長門に対して、怒ってるの?」
「もちろんだ。奴め、私達をずっと騙していたんだぞ。許せるものか!」
「お、落ち着いて……」
「私は決めたぞ、涼月。長門に直接真実を吐かせないと気が済まん」
「え……?」
「私は行くぞ。お前も、ついてきたかったらついて来い」
峯風は引き出しから拳銃を取り出すと、迷うことなく長門の執務室に向かっていってしまった。涼月も拳銃を持ってすぐに追いかけた。
○
「長門はいるか?」
峯風は長門の執務室の扉を叩いた。
「ああ、いるぞ」
「失礼する」
峯風は扉を開ける。幸いにして扉の向こうには長門一人しかいなかった。峯風は何も言わずに、彼女の机の目の前まで詰め寄った。
「お、おい、どうしたんだ?」
「お前に聞きたいことがある、長門」
峯風は拳銃の銃口を長門の眉間に向けた。長門は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの泰然とした様子に戻る。
「随分と穏やかではないことのようだな」
「当然だ。お前、ずっと私達を騙して戦わせていたんだな?」
駆け引きなど知らない峯風は単刀直入に問う。長門は深く溜息を吐いた。
「一体どこでその話を聞いたんだ?」
「認めるんだな?」
「ああ、認める。で、どこで聞いた?」
「それはどうでもいいだろ。私達を洗脳するなんてどういうつもりだ? 全部話せ。今、ここで」
峯風は銃口を長門にもっと近付ける。
「よかろう。だが最初に言っておくが、これは決して悪意によって行ったことではない。お前達を守る為にやっていたのだ」
「こんなことが私達の為だと?」
「ああ。敵は我々の同類だ。それを殺すのは心苦しいだろう。何も知らずにいた方がよかったのだ」
「騙された方が百倍不愉快だ」
「まあお前は確かにそうかもしれないが、そうでない者もいる。であれば、全員を洗脳しておくのが合理的な判断だ」
「……クソッ」
峯風は反論という反論が思いつかなかった。
「で、お前は私に何を期待しているのだ?」
「別に、何も期待してはいない。ただお前に確かめないと気が済まなかっただけだ」
「軽率な奴め。場合によってはお前は殺されていたかも知れないんだぞ。よく考えてから行動することだ」
「何の説教だそれは。で、お前は私をどうするんだ? 秘密を知った私を放っておくのか?」
「そのつもりだ。他にもこのことを知っている者は第五艦隊にいるからな。今更だ」
「何? 他に誰が知ってるんだ?」
「陸奥と信濃は知っている。他の者がどうかは私も知らん」
「じゃ、じゃあ、もう第五艦隊は全員知ってることになるじゃないか」
「涼月も、そうなのか?」
「あっ……」
涼月については何も言わないつもりだったのに、口を滑らせてしまった。動揺したのを見せてしまった時点で、言い訳はできないだろう。と、その瞬間、執務室の扉が開くと、涼月がひっそりと入ってきた。
「涼月? ずっといたのか?」
「う、うん。長門さん、私も、私達が騙されていたことを、知っています。正確には、私が峯風に教えたんです」
「ちょっ、涼月……」
「そうだったのか。まあ、妙高と高雄の時のような異常事態がなければ、最初に気付くのはお前だと思っていたが」
「そ、そうなんですか……」
「お前は賢いからな。さて、お前達二人が揃ったなら都合がいい。もっと話さなければならないことがある」
長門は執務室に鍵を掛け、峯風と涼月をソファーに座らせた。ソファーは何個かあるが二人は隣合って座った。
「まず、艦隊旗艦を除き、このことを知っている者は本来、いてはならない。旗艦ですら黙認という形だ。全てその前提で考えて欲しい」
「信濃は前から知ってたじゃないか」
「ああ。だが、それは連合艦隊司令部や軍令部には秘密だ。私はお前達のことを黙認するつもりでいるが、上の人間がどう考えるかは分からない。いや、恐らくは、お前達を排除しようとするだろう」
自分達が洗脳されていたと帝国海軍に知れ渡れば、連合艦隊がパニックになるかもしれない。そのような危険分子は排除されること間違いない。
「故に、誰にもこのことを言いふらすな。誰にも勘づかれるようなことはするな。これだけは約束してくれ」
「私達が海軍に残るなら、だろう?」
「お前……。まあ、ちょうどいい。その話もしよう。妙高と高雄が今どうしているか、知っているか?」
「脱走して私達と敵対してる」
「やはり知っていたか。そう、自分達が騙されていたことに怒り、帝国海軍に嫌気が差したならば、ここから去っても構わん」
「何? お前は高雄と妙高を捕まえる気満々じゃないのか?」
「ああ、無論だ。しかしここで実力行使に出るのは、武人の道に反する。戦うならば戦場で堂々と戦おうというだけだ」
「まったく、何を考えてるんだお前は」
「さあ選べ。我々に着くか、我々と敵対するか」
「峯風、私は、峯風と一緒にいるよ」
「そうか、ありがとう」
峯風は涼月の肩を抱き寄せた。峯風は一度深呼吸して考えを巡らせた。
「私は…………第五艦隊に残る」
「何故だ?」
「騙されていたのは不快だったが、お前の考えには納得できた。それに私は、アメリカの船魄を殺すことに躊躇はない。大東亜戦争を反省せずキューバを侵略してるような連中だからな」
「船魄は命令されているだけだとは思わんのか? 或いは強制されているか」
「戦争はそういうものだろ」
「そうか。ならば引き続き、私の下で働いてくれ。よろしく頼む」
「ああ。だが一つ言っておく。高雄と妙高を沈めたら許さないからな。あいつらに対しては、生け捕りにするだけだ」
「最初からそのつもりだ」
峯風と涼月は、事実を知ってもなお、帝国海軍を離れることはなかった。
○
その日の夜。雪風は今度は陸奥に呼び出されて、使っていない部屋に連れ込まれていた。
「何の用ですか、陸奥」
「あなた、うちの涼月に手を出したわね?」
陸奥は雪風を威圧するように強い口調で問うた。
「どうしてそれを?」
「この狭い鎮守府で起こることくらい全て把握しているわ」
「趣味が悪いですね」
「あなたに言われたくないわよ」
「雪風は、あくまで取引を行っただけです。双方合意の上で」
「涼月ちゃんの愛情を利用しただけでしょう」
「……あなたは何が言いたいんですか? 雪風を非難したいだけですか?」
「まさか。私、憲兵隊と対立するつもりなんてなかったんだけど、気が変わったわ。あなたが憲兵隊と内通しているって情報を流す」
その瞬間、雪風は目の色を変えた。
「ど、どうしてそれを?」
「そんなことはどうだっていいでしょう。でも証拠は揃ってるわ」
「……どうしてわざわざ雪風に教えてくれるんですか?」
「あなたの態度次第では黙っていてあげようと思ってるからよ。今後私の言うことは何でも聞くと約束するなら、この秘密は守るわ。どうする?」
仕事に失敗することは、雪風には受け入れ難い。
「わ、分かりました。そうします」
「物分かりのいい子ね。助かるわ。じゃあ手始めに、ここで服を全部脱いでもらいましょうか」
「趣味の悪い……」
雪風は自分が涼月にしたように陸奥に弄れた。陸奥を怒らせた雪風は迂闊な行動を取れなくなってしまった。
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