敗走
『おい瑞鶴、奴ら全く退く気がないぞ?』
「クソッ……そうみたいね。私の読みが甘かったわ」
妙高と高雄の雷撃で赤城か加賀に隙を作り出し、偵察機を特攻させ、第五艦隊を撤退を追い込むというのが瑞鶴の計画であった。だがこれには2つの誤算があった。
一つは船魄の能力も改良されており、自身が損傷しても即座に気を失うようなことはないこと。そしてもう一つは、一航戦が損傷することを意に介さないほどに、帝国海軍は瑞鶴を捕獲するのに本気だということだ。
『どうする? もう一度同じことをするか?』
「あいつらに同じ手が二度も通じるとは思えないわ」
『ではどうするのだ?』
「逃げるしかないでしょ。このまま戦い続けてたら、私達のジリ貧で負けるわ」
『チッ……そのようだ』
グラーフ・ツェッペリンも、今は見栄を張っている場合ではないと分かっているようである。
『だが、逃げると言ってもどこに逃げるのだ? 我々にキューバ以外で安息の地などないのだぞ?』
「知らないわよ。でも取り敢えず逃げるしかないのよ」
『……よかろう。場当たりの旅も悪くはあるまい』
「あ、そう。意外と物分かりがいいじゃない」
『何が意外だ! 貴様なんぞより我の方が余程思慮深いわ!』
「思慮深い奴は自分のことを思慮深いなんて言わないのよ」
かくして月虹は、行く先もなく逃亡することを決定した。瑞鶴とツェッペリンは直ちに艦爆と艦攻を引き上げ、妙高と高雄と合流すると、全速力で逃亡を始めた。
○
『敵艦隊、逃走する模様』
「そうか……。奴め、万策尽きたようだな」
長門は内心少し安堵していた。誰も死なずにこの戦いを終えることができそうだからだ。
『長門、追撃しましょう。あいつらは許せません』
加賀は怒りの炎が全く消えないようで、長門に攻撃を提案した。
「いいや、やめておけ。こちらから仕掛けるのは危険が大きい。それに、申し訳ないが、私の速度では奴らには追いつけなさそうだ」
『なら、私だけでやります』
「馬鹿なことを言うな。それはただの自殺でしかない」
『加賀ちゃん……もういい、から……』
『クソッ……分かりました』
戦闘は終息した。キューバに月虹がいられなくなることは変わりないが。
「さて……奴には文句の一つでも言わんと気が済まんな」
長門は秘密裏に瑞鶴に電話を掛けた。大東亜戦争で使っていた周波数で呼びかけると、あっという間に繋がった。
「瑞鶴か?」
『ええ、そうよ。あんたは長門ね?』
「そうだ」
『何の用かしら?』
瑞鶴は一刻も早く通信を終えたいようだ。
「降伏しろ、瑞鶴。これ以上の抵抗は無意味だ」
『嫌よ。それだけ?』
「……どうしてそこまでして抵抗するのだ? 大和とそんなに一緒にいたいか?」
『当たり前でしょ! どうやら話し合いは無駄みたいね』
「そうか。だがどうする気だ? どこに逃げると? 遥々イタリアにまで逃げるとでも?」
『そんな燃料はないし、どこにも当てはない』
「本当にどうするつもりなのだ?」
『行き当たりばったりで何とかするわ』
「どうなっても知らんからな」
『あんたに心配されるほど落ちぶれてはいないわよ。じゃあね』
月虹はキューバから敗走した。妙高は幸いにして航行に支障はなく、行動を共にすることができる。
キューバとハイチの間を通り抜けて日本の勢力圏から抜けようとしている頃、一隻の小型船が近寄って来た。その船の主はゲバラであった。月虹の船魄達は瑞鶴の旧長官室に集まって、ゲバラと相対した。
「こう聞くのはあれだが……負けたのかい?」
「ええ、その通りよ。奴らを追い払えなかった」
「そうか。すまない。僕達に力があれば何とかできたかもしれないんだが、今のところは何もできない。ただ、食糧と燃料を多少もってきたから、使ってくれ。僕達にできるのはそれくらいだ」
「ありがとう。ねえゲバラ、いい亡命先知らない?」
答えなど期待していなかったが、瑞鶴は戯れに問う。
「そうだなあ。頼れる可能性があるのはドイツくらいじゃないかな?」
「我にドイツに戻れと言うのか?」
グラーフ・ツェッペリンは当然嫌がる。
「だって仕方ないだろう。日本とソ連は同盟国なんだから」
「そ、それはそうだが……」
「まあそうなるわよね。唯一の可能性はドイツ。嫌ならあんたは置いてくわ、ツェッペリン」
「ば、馬鹿を言うな。この非常時なれば、一時的にドイツに頼るも辞さぬ。だが、我はドイツを捨てた艦だぞ? ドイツの勢力圏なぞに入ったら、たちまち攻撃されるかもしれない」
「まあ、そこは何とかなるでしょ。ドイツとしてもあんたと敵対するのは望まない筈」
ドイツの空母は少なく、北米方面にはペーター・シュトラッサーしかいない筈だ。その他の主力空母は悉く、ソビエト連邦や日本への備えとして、北海や地中海に配置されている。つまりカリブ海の航空戦力だけに限って言えば、月虹艦隊の方が上回っているのである。
もちろんドイツ本国から更なる艦隊が派遣されてくれば容易にひっくり返る優位ではあるが、少なくとも今は、月虹艦隊の方が脅しを掛けることができる。
「本当に大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫じゃなかったら、あんたを売って安全を買うわ」
「き、貴様……!」
ツェッペリンは泣きそうな声で叫んだ。
「冗談に決まってるでしょ」
「ふ、ふざけるのも大概にしろ!」
「あんた結構寂しがり屋よねー。おもしろ」
「だ、誰が寂しがり屋だ!!」
ツェッペリンの株は日に日に下がっていくばかりである。月虹は一縷の望みを掛けて、ドイツ軍と接触することを決意した。
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