キューバ戦争

 一九五四年一月五日、キューバ共和国首都ハバナ。


「我々はここに勝利した! 売国奴バティスタを追放し、真にクーバ人の、クーバ人による、クーバ人の為の政権が誕生したのだ!」


 昨年の七月に革命戦争を開始したフィデル・カストロ率いる革命軍は、半年と経たずにキューバ全土を解放し、最後には首都ハバナを占領し、革命を成功させた。


 5日前までの独裁者バティスタは、アメリカの軍事的後ろ盾を利用してキューバを支配し、キューバの農業や工業をアメリカに売り払って私腹を肥やした、一切擁護のしようがない売国奴であった。カストロは本来キューバ人の手にあるべきものをキューバ人の手元に奪還したのである。


 革命政権は全世界に承認を求め、大日本帝国、ソビエト連邦、それにアメリカ寄りのドイツ国も、革命政権を数日以内に承認した。元よりアメリカと接近していたドイツはアメリカにも革命政権の承認を求めたが、キューバ国内の利権を失ったアメリカは革命政権を断固として認めなかった。


 ○


 一九五四年四月四日、アメリカ合衆国連邦直轄市ワシントン。


 カストロはあくまでバティスタからキューバを解放することを目的としたのであって、アメリカと敵対するつもりはなかった。彼は体制を固めるとすぐにワシントンを訪問し、時の首相アイゼンハワーとの会談に臨んだ。だがアメリカの態度は全く期待外れのものであった。


「カストロ首相、大変申し訳ないのですが、アイゼンハワー首相はかねてより予定されていたゴルフに行かれます」

「は? アメリカはふざけているのか!?」

「その代わりにニクソン官房長官が、閣下とお会いします。どうかお許しください」

「……分かった」


 カストロはアメリカにキューバと友好関係を結ぶ気がないことを理解した。そして同時に、キューバを再び準植民地にする野望があることも察知した。


 ○ 


 帰国したカストロは早速、国内にあるアメリカ資本を全て国有化すると共に、大日本帝国及びソビエト連邦に協力関係を求める書簡を送った。日本とソ連はこの時点で既に同盟関係を結びつつあり、両国はアメリカとの対抗上非常に有益なキューバとの同盟を受け入れた。キューバとアメリカとの関係は断交状態に陥った。


 アメリカは翌月に大阪で開かれた国連総会でキューバ政府の不法を訴えたが、脱植民地化の時代にあって、ほとんどの国はこれを冷笑するばかりであった。アメリカに味方する者など誰もいない中、アメリカは理不尽な怒りを蓄積していた。


 アメリカが行動を始めるのは、世界各国が予想していたより遥かに早かった。一九五四年六月一日、アメリカ合衆国は『亡命キューバ人の求めに応じキューバ共和国から独裁者カストロを排除して民主化する為』革命政権に宣戦を布告。東海岸から出撃した大艦隊がハバナを攻撃し『キューバ戦争』の火蓋が切られたのである。


 ○


 一九五四年六月三日、ハバナ。


「フィデル、早く脱出するんだ!! 僕達の兵力では、ハバナはとても守り切れない!!」


 革命戦争が始まってから同志となったにも拘わらず、卓越した軍事的才能を見込まれてキューバ軍の司令官(コマンダンテ)に抜擢された男、エルネスト・ゲバラは、カストロに必死の形相で訴える。


「民衆を見捨てろと言うのか!?」

「僕達が全滅したら誰が軍隊を指揮するんだ!? 僕達は生きて、アメリカと戦わなければならない!! 僕達は慈善家じゃない、指導者なんだぞ!!」

「クッ……分かった。ハバナを無防備都市として放棄する」


 海に面した港町ハバナはアメリカ海軍の攻撃に対し極めて脆弱であった。ゲバラは山中でゲリラ戦に持ち込むしかアメリカ軍に対し勝機はないと冷静に判断し、戦わずして首都を放棄させたのである。


 ○


 一九五四年六月三日、大阪府大阪市北区、国際連盟本部。


 キューバ戦争の勃発を受け、国際連盟は緊急総会を開催した。


 アメリカ国連大使は当然ながらキューバ戦争の正当性を薄っぺらい言葉で訴えたが、アメリカ寄りの国を含め、誰も真面目に聞きはしなかった。


 その時、議場に何かをしきりに激しく叩く音が響き渡った。何事かと大使たちの視線が集まる先には、たまたま日本を訪問していたソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフ第一書記が机を激しく叩いていた。


「あの、フルシチョフ閣下、お静かに――」

「黙れこの屑ヤンキーが!! これの何が民主化だ!! 貴様らの傀儡になるくらいならまだロシア帝国の方が民主的だ!! 素直にキューバ人を奴隷にしたいとでも言ったらどうだ!?」

「フルシチョフ閣下、どうか落ち着いてください」


 議長からの制止で、フルシチョフは矛を収めた。しかし席に戻ると「アメリカ英語なんぞ聞いていると耳が腐る」と言い捨てて、ソ連代表団諸共に議場を退出してしまった。その他の国々もまた彼に倣って退出し、最後まで演説を聞いていたのは当初のメンバーの4分の1程度であった。


 そして、アメリカ大使の演説が終わった途端、フルシチョフは朗らかな笑顔で議場に入って来て、アメリカ大使には目もくれずに自分の席に戻った。退出した人々もぞろぞろと戻って来て、次の問題が話し合われる。アメリカに対する経済制裁である。


 アメリカ大使の目の前でアメリカへの制裁が堂々と提案され、圧倒的な賛成多数で可決された。次にアメリカへの軍事制裁についても提案されたが、これはドイツが拒否権を発動して否決された。多くの国に最初から予想されていたシナリオ通りである。


 国連として動くことはできなかったが、大日本帝国とソビエト連邦は直ちにキューバへの軍事支援を開始した。大量の銃、砲、戦車などがキューバに供与され、同時に日本海軍はアメリカ方面に配置してあった艦隊を派遣し、キューバ南部に上陸を試みるアメリカ海軍を殲滅した。


 法的に船魄はあくまで無人の軍艦であり、意識を持って作戦行動を取っているとしても、戦車を供与するのと何ら変わらないのである。

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