雪風
さて、長門から仕事を拝命した峯風と涼月は、言われた通り雪風に会いに来た。雪風は自身の艦の中に引き籠っており、二人は雪風艦内にまだ残されている居住区で彼女に出会った。
雪風は上から下まで真っ白な着物を纏い、その様子は婚儀に挑む新婦か、或いは棺桶に入っている死者のようであった。深く被った真っ白な帽子が作る陰で、彼女の顔は暗く見える。いや、実際に絶望を貼り付けたような表情をしていた。
「お前が雪風か?」
峯風が問う。雪風はどんよりとした声で答えた。
「はい……。雪風です。私には、あまり近寄らない方がいいですよ」
「どういうことだ?」
「私に関わった艦は、皆死んでいくんです。不死身の駆逐艦とよく言われますけど、それは私が周囲の艦に死の運命を押し付けているだけなんです」
「そんなの迷信だろう」
「ええ、確かに、甚だ非科学的です。でも私の艦歴を見たら、どれほど多くの艦が私の周りで死んでいったのか、よく分かりますよ」
大東亜戦争の最中から雪風は幸運艦、不沈艦として有名であり、多くの者はその幸運を賞賛してそれにあやかろうとしていた。彼女を否定的に見る者などまず存在しないのだが、本人はこんな感じなのである。
「なら今度調べてみよう」
「あ、あの……」
涼月が話しかけづらそうに話しかける。
「どうしました?」
「それは多分、自分に不利な証拠を集めてるだけ……だと、思います。責任を感じ過ぎ、ではないでしょうか……」
「よく、そう言われます。私から言い出しておいてなんですが、この話はもう終わりにしましょう。世間話をしにここに来た訳ではないですよね?」
「そうだ。この度、お前達とちょっとした任務に派遣されることになったんだ。お前が駆逐隊旗艦と聞いているが、合っているよな?」
「はい、合っています」
「なら、これを読め」
峯風は長門からの命令書を手渡した。信濃の偵察で潜水艦と思しき艦影を確認したので排除せよとの命令だ。今は一時的に第一艦隊の面々も第五艦隊所属ということになっているので、彼女らに対する命令権も長門にある。
「対潜戦、ですか。確かに頭数は多い方がいいですね」
「そういうことだ。すぐに出撃の用意をしろ」
「分かりました。あなた達に不運が訪れないことを祈ります」
「ふん、私のような新鋭艦は、そんなものには追いつかれないさ」
「そ、それ、私はどうなるの……?」
「す、涼月は、不運は撃ち落とせ」
「そんなの無茶だよぉ……」
かくして第一艦隊の駆逐艦4隻を加えた合計6隻で、鎮守府近海の掃除に出ることになった。もちろんアメリカ軍の潜水艦にこんなところに進出している余裕はないが。
○
駆逐艦達は2隻ずつの3組に分かれ、コスタリカ近海を虱潰しに回っていた。最新の一一式水中探信儀を使えば周囲10km以内の潜水艦なら確実に探知することができる。峯風と涼月は当然ながら同じ組である。
「全然見つからないな」
『誤報、だったのかも。それか、もうとっくに遠くに逃げたのか』
「潜水艦の速度ごときで逃げられるものか?」
『信濃が発見してからすぐに逃げれば、逃げられると思う』
「潜水艦で偵察に来たってことか。確かにあり得そうだな。そうなると、完全に無駄足だったということになるが」
『無駄足だったら、それが一番いいよ』
「ははっ、その通りだな。お前に危険が及ばないのが一番だ」
『峯風ぇ……』
涼月は嬉しそうに彼女の名を呼んだ。と、その時であった。雪風から峯風に通信が入った。峯風は涼月にも繋ぎつつ、通信を受けた。
『大丈夫ですか? 何か異常はありませんか?』
「何も問題はない。そんな心配をするために掛けてきたのか?」
『もしも敵艦に見つかったら、私達なんてあっという間に殺されてしまいますから』
「もしも敵の水上艦が近づいてきているなら、富嶽が発見するだろ」
富嶽とは帝国空軍が運用する航続距離2万kmの超大型爆撃機であるが、本来の任務より偵察機としてよく運用されている。
『敵を見逃すこともあるかもしれません』
「で、何の為に通信を?」
『ああ、すみません。本題から逸れてしまいました。本題は、あなた方に少々聞きたいことがあったのです』
「聞きたいこと?」
雪風は長門や陸奥に干渉されない洋上で、峯風と涼月を問い質すことにしたのだ。
『はい。あなた方が高雄を失った時のことについて、聞きたいんです。そういう風に赤城から頼まれていまして』
「なるほど。お前達が来たのはそういう目的だったのか」
『まずは、当時の状況についてご説明を願えますか?』
峯風は長門の説明とほぼ同じくことを説明した。峯風と涼月は敵が人類の敵アイギスであると思い込まされているので、特に言い淀むことはなかった。但し勅命が下ったことについては、長門から言わないように頼まれているので全く触れなかった。雪風は次に、その説明で一番不自然な点について、更なる説明を求める。
『長門と陸奥が急に砲撃を止めた理由は、何なのですか?』
「あの時は特に何も言われなかったが、味方への誤射の危険性があるからだったそうだ。それ以上のことは私も知らん」
『そうですか……。峯風さんは当時、特に違和感は感じなかったのですか? 長門さんのその判断は、妥当だったと思いますか?』
「違和感? まあ確かに、あいつがあの程度距離で誤射なんぞするとは思えない、とは思ったな」
『涼月さんは?』
『わ、私は……別に、ありません』
『分かりました。ありがとうございます』
峯風が「これで終わりか?」と問うと雪風は「はい、終わりです」とだけ応え、あっという間に尋問は終わった。
雪風
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