噛み合わない歯車

「皆さん、一旦落ち着きましょう。論点を整理するべきです」


 高雄は船魄達を自ら仕切ることにした。組織の運営に向いている人材が少な過ぎるのである。


「うん、分かった」

「聞かせて?」

「はい。まず、わたくし達は目的を持つべきです。目的がなければ手段も考えようがありませんから」

「目的ねえ」

「瑞鶴さんは、そもそも何を目的にして原子爆弾を入手しようとされていたのですか?」

「目的って、そりゃあ日本と対等の立場を手に入れる為だけど」


 瑞鶴のような流浪の存在が核兵器を手に入れれば、その抑止力は各国のそれを上回るだろう。通常の国家の場合、核攻撃を仕掛ければ自国もまた核によって滅びるが、瑞鶴にはその心配がないからである。


「瑞鶴さん、それはあくまで手段です。帝国と対等の立場を得て、あなたは何をしたいのですか?」


 高雄は瑞鶴があまり言いたくないと察しつつも、問わなければならなかった。


「そうね……。私は自由に生きたいだけよ。何者にも邪魔されずにね」

「なるほど。それはいい目的だと思います」


 瑞鶴は「あ、そう」と上の空に応えた。軍艦として生まれた以上不条理な要求であるが、彼女の目的は誰にも命令されずに生きることである。しかし、その目的は全員に共有されるものではない。


「妙高は、船魄達が殺し合う現状を変えたいと思ってるよ。だから瑞鶴さんとは違って、日本や他の国と敵対する理由がある」

「あなたは、そうでしょうね。そうしてわたくしを救い出してくれたのですから」


 高雄は愛おしそうな声で。


「えー、つまり、ここに決定的な考え方の違いがある訳です。誰にも干渉されなければいいだけの瑞鶴さんと、こちらから干渉したい妙高とでは、根本的に目標が食い違っています」

「ちょっと待て! 我のことは聞かぬのか!?」

「え、あー、ツェッペリンさん、何かご意見がおありなのですか?」

「我はゲッベルスが嫌いなのだ。奴の顔を見ずに済むならばそれでよい」

「つまり瑞鶴さんと同じですね」


 意外にも瑞鶴とツェッペリンの思想の方が穏健で、妙高の方が積極的な行動を起こそうとしているのである。ツェッペリンは軽く受け流されたことに腹を立てていたが、もういつものことなので高雄は軽く聞き流した。


「――ではお前はどうなのだ、高雄? お前は何を望む?」

「わたくしは……正直言ってまだ考えが整理できていませんが、今のところは妙高と同じです。船魄達の現状には納得できません」

「納得できない、か。妙高の考えとは少々食い違いがあるようだが?」


 ツェッペリンは高雄が言葉を濁したのを聞き逃さなかった。


「そう、ですね。わたくしは、船魄同士が殺し合うことは何らおかしくはないと思っています」

「え、そうなの、高雄?」

「はい。わたくし達は元より軍艦なのです。敵を殲滅することこそが役割。お互いに死人が出ることは、仕方がありません」

「だ、だったら……」

「とは言え、同類を殺していることを知らずに戦いに投じられるのは納得がいきません。ですからわたくしも、どちらかと言えば積極策を支持します」

「ふーん。私も、妙高とは結構食い違っていると思うわね」


 瑞鶴は指摘する。高雄は特に反論できなかった。根本的に妙高が否定している殺し合いを、高雄は認めているのだから。


「結論、まあ私とツェッペリンは大体同じだけど、他は目的が違うわ。どうする? やっぱり解散する?」

「そ、それはあり得ません。わたくし達は極めて少数派です。手を取り合わなければ祖国に連れ戻されて終わりでしょう」

「ふん、我は仲間など必要ないがな」

「あんた一人でペーター・シュトラッサーと互角くらいだったクセに」


 方向性がまるでバラバラの船魄達。しかしそれでも協力し合わなければならないのだ。まあこうなったのは瑞鶴が帝国海軍に喧嘩を売ったのが原因ではあるが。


「で、この状況どうするの?」

「それは……」


 高雄も答えに窮してしまった。が、瑞鶴は高雄に丸投げしているように見えて、ちゃんと考えているようだ。


「まあ取り敢えずは、全員の目的がいい感じに達成できるか、それに近づける手段を用意すればいいんじゃない? それなら全員喜んで力を出せるわ」

「確かに、それがいいですね。何か具体的な案はあるのでしょうか……?」

「さっきも言ったけど、まずは後ろ盾を確保することでしょうね」


 静かに生きるのも日本と戦うのも、人間の協力はやはり必要不可欠である。


「後ろ盾ならば、やはりキューバでしょうか」

「そうね。今のところは一番私達に同情してくれてる。でも問題は日本と組んでることね。そして仮に日本と同盟を解消すれば、アメリカに滅ぼされて消滅するわ」

「なら、この戦争を終わらせるのはどうでしょうか!」


 妙高はふと思いついたことをそのまま口に出してしまった。瑞鶴はそれに全く賛同できなかった。


「戦争を終わらせるねえ。私達は戦時下の混乱に乗じて割と好きに動けてるのよ? 戦争が終わったら本気で討伐されるだけよ」

「ですが、戦争が終われば、船魄を動員する理由も付けられないのではありませんか?」

「まあ……確かに」


 妙高の言葉にも一理ある。人類の敵アイギスがたった4隻しかいないというのは無理があるだろう。帝国海軍もまた戦争状態であるからこそ、どさくさに紛れて瑞鶴達と交戦することができるのである。


「でもそれって結局、キューバに日本と手を切らせるってことよね? 私達の為にそんなことをしてくれるかしら」

「私達がもし戦争を終結させられれば、やってくれるのではないでしょうか……」

「楽観的ね。でも帝国海軍の動きを封じられるってのは悪くない。亡命先はキューバだけでもないし。私は乗るわ」


 実際のところ瑞鶴の目的の為にはもっといい手段もあっただろうが、自分の同類が殺しあっていることを瑞鶴はそれなりに憂いているのであった。


「高雄、ツェッペリン、いいかしら」

「わたくしはそれで構いません」

「アメリカの野蛮人共の目論見を潰すのは面白そうだ」


 この戦争を終わらせる。彼女達の一先ず進むべき大方針は決まった。しかし具体的な計画は全く何もない。

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