第二次珊瑚海海戦Ⅱ

「ん? 戦闘機?」


 戦場の外から50機ほどの戦闘機と攻撃機が飛来した。往生際の悪い奴らだと思いながら、瑞鶴は軽く撃ち落とそうとするが――


「速い! 何だこいつら!」

「瑞鶴、どうしたんだ?」


 思わず心の声が出てしまう。敵機はとても人間が中にいていいものではない軌道で、しかもレシプロ機の限界とも言える速度で瑞鶴の零戦と衝突した。


「クソッ……当たらない……!」


 瑞鶴の攻撃はまるで弾丸の動きを読めているかのように簡単に回避されてしまう。そう、まるで瑞鶴がもう一人いるようだ。間もなく瑞鶴の零戦がエンジンに被弾、撃墜されてしまう。


「あ……ありえない…………」

「瑞鶴、しっかりしろ」


 艦載機をあっけなく撃墜されたことで、何度となく味わった恐怖が再び思い出されてしまう。そのせいで艦載機の動きが鈍り、更に数機が落とされてしまった。


「来るな来るな来るな!!」

「瑞鶴! うぐっ……」


 パニックに陥った瑞鶴は、岡本大佐すら払いのけてしまった。そして米軍機は瑞鶴を脅威ではないと判定したのか、戦場を離脱し始める。それ即ち、大和と瑞鶴に敵機が迫っているということだ。


『瑞鶴さん! だ、大丈夫で――うああああああ!!』


 通信機から響き渡った大和の絶叫。その声で瑞鶴は我に返った。


「や、大和……?」

『て、敵が迫って、います……早く、防空を――ああああ!!』


 通信機からも聞こえてくる爆発音。米軍機の放った魚雷が大和の装甲を破壊したのだ。


『瑞鶴、大和を守りますよ!』

「そ、そうね。大和を、守らないと……!」

「瑞鶴、そんな場合じゃないぞ。敵がこっちにも来ている!」


 瑞鶴艦橋から10機と少しの敵機の姿が確認できた。しかし瑞鶴の艦載機は出払っており、彼女自身を守る零戦はほんの数機しかない。瑞鶴はまたしても対空機銃と高角砲で敵を落とす羽目になった。


 「落ちろ!」と叫び、全力で弾幕を張る。その精確な照準は、普通の人間が乗る艦載機なら難なく撃墜していただろう。だがこの敵機は無数の銃弾と砲弾を軽々と回避し、瑞鶴の上空を挑発するように旋回していた。


「急所以外への攻撃は無視しているのか……それでこの回避を」

「そんなこと言ってる場合!?」


 その時だった。米軍機は魚雷を放ち、瑞鶴の左舷喫水線下に命中した。


「え……? あ…………」


 瑞鶴は呻き声のように喉を震わせると、糸を切られた人形のように倒れた。


「瑞鶴? 瑞鶴、起きるんだ」

「あ……痛い、痛い痛い痛い!! あああああ!!」


 岡本大佐の腕の中で子供のように暴れる瑞鶴。だがその力は子供のそれではなく、岡本大佐と数人がかりで押さえつけるのがやっとだった。


「クッ……瑞鶴は今はダメだ。眠らせろ」

「は、はい……」


 岡本大佐は瑞鶴を無理やり寝かしつける。だが米軍機の攻撃は続いていた。岡本大佐が今頼れるのは人間だけである。


「貝塚さん、ここは頼みます」


 岡本大佐が頼ったのは、瑞鶴の艦長貝塚武男大佐である。ほとんど有名無実と化しているが、今でも人間の艦長は乗っている。


「都合のいい時にだけ頼られるのは困ったものだが、今は全力を尽くすだけだね。全艦、全ての設備と火器を手動操作に切り替え! 敵を撃ち落とすんだ!!」


 艦載機は船魄用に改造されて人間が乗ることはできないが、対空砲なら人間が操作することもできる。兵士達は所定の位置に着いて迎撃を始めるが、米軍機の動きは極めて巧みであり、尽く回避されてしまう。まるで瑞鶴の艦載機に襲われているかのようだった。


「ここで、沈むか……」

『ず、瑞鶴さんは大和が守ります!』


 瑞鶴の上空で爆発が起こった。大和の三式弾が炸裂したのだ。その爆炎に巻き込まれ、3機の米軍機が撃墜される。


「大和……よくやってくれた」

『大和は戦艦で、打たれ、強いのです。ですが、全部落とさないと!』


 大和は瑞鶴に限界まで近づき、主砲と対空砲で敵機を必死で攻撃した。五里霧中と言った様で砲弾をばら撒き、敵を20機ほど落とすと、敵は突然一斉に戦場を離脱し始めた。取り敢えず、危機は去ったようだ。


『な、何とかなりましたか……』


 とは言え、大和も13本の魚雷を喰らい、とても戦闘を継続していられる状況ではない。


「もう限界だ。一度撤退する許可を、小澤中将にもらってくれ」


 瑞鶴はもう完全に戦闘不能。大和も満身創痍。もう戦闘を継続するのは不可能だろう。瑞鶴は駆逐艦涼月、秋月に曳航され、船魄艦隊は戦場を離脱することになった。彼女らにとって初めての戦術的敗北であった。


 ○


『ニミッツ提督閣下、お元気ですかな?』

「マッカーサー大将……どうしてここに」


 ノースカロライナを撃沈され、旗艦を軽巡洋艦クリーブランドに移したニミッツ提督に、マッカーサー大将は電話をかけた。


『君を助けるためにブルックリン計画を前倒したんだ。感謝してくれたまえ』

「CV-6エンタープライズ、アメリカ海軍の象徴……。どうして陸軍のお前が動かしているんだ?」


 言わずもがな、この航空母艦エンタープライズこそ、アメリカがついに建造した船魄である。


『大統領閣下から直々のご命令だ。海軍が頼りないからじゃないか?』

「まあいい。しかし、工期はまだ先だろう。突貫工事で大丈夫か?」

『彼女の声でも聴いてみるか?』

「ん? ああ、そうだな」


 すると電話から聞こえて来たのはやけに大人びた、しかし少女とは分かる声。ニミッツ大将が戦闘の所感を尋ねると、彼女は楽しそうに応えた。


『――感想ですか? そうですね、とても楽しかったです。私と同じ存在を傷付けて、そして傷付けられるのは、痛みと死を味わうのは、とても興奮しました……』


 狂気じみた感想にニミッツ提督も顔をしかめる。


「……ま、まあ大丈夫か」

『こんな調子だが、戦闘に支障はない』


 アメリカ海軍最後の連合艦隊は駆逐艦10隻ばかりを残して全滅した。今や太平洋に残る連合軍の戦力はマッカーサー大将のエンタープライズだけである。もっとも、それこそがアメリカ海軍の残り全てより強力な空母なのだが。

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