第二次珊瑚海海戦
さて、太平洋に残る米軍の拠点はオーストラリアとハワイのみとなった。オーストラリアのダーウィンで日本軍の上陸に備えていたマッカーサー大将に、ニミッツ大将から協力の要請が伝えられた。
「――B29で瑞鶴を沈めろって? 何考えてんだあいつは」
陸軍の戦略爆撃機たるB29の主目的は敵国の都市を狙って無差別攻撃することであって、軍艦のような小さな、しかも動く目標を狙うことは想定していない。
「最早通常の艦上機では近づくこともできないとのことです。超高高度からの戦略爆撃だけが、奴らを沈められる唯一の可能性があるとのことで」
「戦略爆撃機で軍艦を狙える訳がないだろうが」
「一発でも当たれば暫く無力化できるとのことで」
戦艦を無力化するのは難しいかもしれないが、空母の飛行甲板に一発でも爆弾を当てることができれば、何ヶ月かは無力化することができるだろう。
「……分かった。どうせ使う用途もなく腐らせてた爆撃機だ。やってやろう。こいつが完成するまで大人しく待ってた方がいいとは思うがな」
「我々の通常戦力で何としても瑞鶴を沈めたいとのことです」
「下らん拘りだな。だが、上手く行けば陸軍の戦果になるし、悪くないかもな」
オーストラリアに上陸を試みる日本軍に対し陸上機で総攻撃を行う。それこそが、米軍が最後に見出した瑞鶴と大和を沈められる可能性であった。
○
一九四五年六月二十日、珊瑚海。
ニューギニア島沖海戦から一週間も経たぬうちに、帝国海軍と米軍は再び衝突しようとしていた。
「敵は大型爆撃機よ。多分B29とかいう奴ね」
瑞鶴の彩雲は逸早く米軍機を察知した。B29の数はおよそ30。それに加え護衛戦闘機が倍くらいの数で群がっている。
「戦略爆撃機で戦術爆撃をするつもりなのか?」
「知らないわよ」
「しかし、これはよくないな。君の艦載機では、奴らを迎撃できない」
これは瑞鶴も肯定せざるを得なかった。船魄はあくまで兵器の性能を極限まで引き出すことしかできない。カタログスペックを超えたことをさせる――例えば上昇限度を超えた高度で戦闘機を活動させることなどは不可能なのだ。日本は未だに航空機用の過給機の開発に行き詰まっており、航空機全般で高高度性能に難がある。
「戦略爆撃機からの爆撃など恐るるに足らずとは思うが」
『あ、あの、大和なら、撃ち落とせるかと思います……』
大和の艦橋と瑞鶴の艦橋は基本的にいつでも通信が繋がっている。
「本当?」
『主砲なら、届くと思います……』
「ならば頼もう。小澤中将に話を通してくれ」
一応今でも艦隊の指揮権を有しているのは戦艦扶桑に乗っている小澤中将なので、岡本大佐は事前に話を通しておくことにした。まあ事前に話すかどうかは大佐や瑞鶴の気分次第なのだが。
「敵機、百キロに接近した。大和、やれそう?」
『ギリギリですが、何とか、なりそうです』
主砲の俯角には限界がある。あまり近寄られると狙いをつけることもできなくなってしまうだろう。
『いけます。大和、攻撃を開始します!』
最大限の俯角を取り、主砲が再び火を噴いた。主砲弾は大和から25キロ程度のところでB29の高度に達し、大和の制御でその目の前で爆発し、B29と護衛機は爆炎に包まれた。
「撃墜は、デカいのが4機と護衛が10機くらいね」
「流石に少々無理があったか」
大和は主砲斉射を4回ほど行い、B29を10機ほど落としたが、そこで射程の内側に入られてしまう。とは言え、一方的に殲滅出来なかっただけで負けではない。
「敵機、三十キロに接近。回避行動を取りながら撃ち落とすわ」
艦隊は高角砲で米軍機を撃墜する。敵機の高度が高くほとんど真上に来てくれないと迎撃できないが、そんな高度から爆弾を命中させることはそもそも困難であろう。
瑞鶴は弧を描くように回避運動をしつつ、護衛の駆逐艦と共に対空砲火を浴びせた。B29にも届く秋月型駆逐艦の主砲、長10センチ高角砲などはなかなか頼りになる。
「っ! 敵の攻撃よ!」
「落ち着け。こんな疎らで当たる訳がない」
生き残った6機のB29は辛うじて50発程度の爆弾を投下することに成功したが、2発ほどが至近弾で護衛の重巡高雄と摩耶に軽微な損害を与えただけで、他は派手な水柱を立てただけであった。生き残りもまもなく大和に撃ち落とされ、米軍の作戦は完全に失敗に終わった。
が、そう思われた矢先、米軍は次の手を打ってきた。
「今度はB24って奴と護衛戦闘機ね。あのくらいなら余裕で落とせるわ」
型落ちの戦略爆撃機が80機ほどと護衛の戦闘機が100機ほど飛来した。
「翔鶴お姉ちゃん、とっととやっちゃおう」
『ええ。艦隊に近寄らせはしません』
「油断はするな。相手は陸上機だ」
艦上機は空母の上から発着艦させなければならず重量やサイズに制限があるが、陸上機にはそんな制限はない。一般的に艦載機より陸上機の性能の方が高いと言える。
「その程度の性能差で私達の相手になるとでも?」
「そんな口が利けるなら、もう大丈夫なようだな。存分に暴れて来い」
「言われなくても」
今回は対艦攻撃を大和に任せ、零式艦上戦闘機を52機と多めに搭載している。瑞鶴と翔鶴から発艦した零式艦上戦闘機はB24と護衛機の編隊に突撃し、これを完全に一方的に蹂躙した。敵は全て撃墜されるか逃げ去るかして一機も瑞鶴に辿り着けず、瑞鶴が失ったのはたった3機だけであった。
「瑞鶴、大丈夫か?」
損害は僅かとは言え、瑞鶴の呼吸が不規則になって汗が垂れているのを、岡本大佐は見逃さなかった。
「ええ、大丈夫。この程度どうってことないわ」
「くれぐれも、無理はしてくれるな」
岡本大佐の言葉は心から出たものだったが、瑞鶴は「あ、そう」とだけぶっきらぼうに応えた。どうせ大佐は自分のことなど発明品としてしか考えていないだろうと。
しかし安心している暇はない。米軍は最後の切り札を残していた。
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