寝返り

『そうね……面倒や奴がやっと片付いて――ない!!』

「ふえっ!? 撃ってきた!」

『戦艦なんだから当たり前でしょ!』


 沈みかけのウクライナはまだ進む。妙高に怒りの砲撃をぶち込んで追い払うと、瑞鶴だけを目指して前進し始めたのだ。


「ど、どど、どうしましょうか……」

『どうしましょうね……』


 と、その時だった。通信機にまた違う少女の声が響く。


『ペーター・シュトラッサー、そこまでよ。本国に帰るわ』

『その声……誰だっけ』

『オイゲンか!? 何しに来た!』

『決まっているでしょう。あなたを止めに来たのよ』


 通信に割り込んできたのはプリンツ・オイゲンであった。どうやらペーター・シュトラッサーは命令違反で勝手に動いているらしい。


『な、何のつもりだ!』

『今言ったでしょ、この馬鹿! 誰が出撃を許可したの? 即刻基地に帰還しなさい。そしてあんたに呼び出しが掛かってるわ。軍法会議があなたを待ってるわよ』

『クソッ……シャルンホルストの差し金か……』

『戻って来なさい、シュトラッサー。そうでなければあんたを沈めるわよ、今、ここで』

『……チッ。ツェッペリン、勝負はまた今度だ! 首を洗って待っていろ!』

『お、おう』


 ドイツ大洋艦隊からの呼び出しでシュトラッサーは去った。つまりツェッペリンの艦載機が完全に手隙になった訳だ。


『よし! ツェッペリン、あの戦艦を攻撃しなさい!』

『命じるのは我だと言っているだろう! だが、今は構わん。奴を討つ!』

「こ、これなら……」

『ドイツの爆撃機を舐めるでない! アカ如きが!』


 ツェッペリンは直ちにウクライナへの急降下爆撃を開始した。ドイツ製のジェット爆撃機は超高速で接近し、一気に40個の爆弾を投下した。


「おー、敵戦艦、二番主砲大破しました! いけます!」

『ふん。我が鉄槌を喰らうがいい』


 ツェッペリンはダメ押しに魚雷を放つ。妙高が一度装甲に穴を開けた場所にだ。再び水柱が上がり、今度こそウクライナは沈黙したのであった。


「さ、流石ですね、ツェッペリンさん」

『ふはは、共産主義者どもが我に勝てるはずがないのだ!』


 いつになく上機嫌なツェッペリン。戦いの風向きは完全に変わった。


 ○


『クッ……あれでは同志ウクライナも耐えられんか』


 ソユーズは悔しそうに零した。


『長門、申し訳ありませんが、私達は撤退させてもらいます。悪く思わないでいただきたい』

『なっ、同志ベラルーシ、勝手に決め――』

『第一書記からのご命令だよ。ウクライナに致命的な損傷が生じた時には戦隊を撤退させること。ソユーズ、君でも逆らうことは許されない』


 何故かと言えばフルシチョフ第一書記がウクライナ人で、ソビエツカヤ・ウクライナ贔屓だからなのだが。まあそんな政治的な事情が優先されるのもソ連らしい。


『……分かった、同志ベラルーシ。そういうわけだ、同志長門。すまん』

『そうか。元より我が艦隊の所属というわけでもあるまい。好きにするがよい』


 ベラルーシは白旗を掲げて戦闘の意志がないことを示しながらウクライナの救援に当たり、ソユーズを曳航して撤退した。瑞鶴もツェッペリンも戦闘の意志がない艦には興味がなかった。そうして残る脅威は長門と陸奥だけになったわけである。


 ○


『妙高、好機よ。第五艦隊に突っ込みなさい』

「言われなくても、です! 妙高、突っ込みます!」


 エンタープライズが長門と陸奥の主砲を引き付けてくれている。妙高は第五艦隊に向かい全速前進を開始した。


 ○


「長門、敵艦が接近しています。どうしますか? 重巡のようですので、わたくしだけでも……」


 高雄はここまで来ても、妙高が妙高であることを認識できなかった。


『……いいや、私がやる。お前は手を出すな』

「わ、分かりました」


 長門は主砲を妙高に向け、彼女を迎え撃たんとする。しかし、その時だった。


『む、陸奥!? どういうつもりだ!?』


 陸奥の主砲が長門の艦橋に向けられていた。その主砲が火を噴けば、艦橋にいる長門は跡形もなく粉々になるだろう。


『はい、長門、これ以上は砲撃禁止。撃ったら私があなたを撃つわ』

『お、お前、裏切る気か!?』

『裏切りなんかじゃないわ。ちゃんと命令は受けているの。あなたがこれ以上苦しまないようにってね。私も、そうして欲しくはないし』

『お前、やっぱり全て知っているのか』

『何のことかしら』


 長門は観念したように一切の砲撃を停止した。エンタープライズも不思議に思ったのか、攻撃してくることはなかった。


「ど、どうして長門は急に……」

『知るか。だが、アイギスにも攻撃する気はないらしい。ふざけてるな』


 完全に自分が蚊帳の外にされていることに、峯風は強い不快感を持った。


「一体、何が起こって……」

『それより高雄、敵の重巡が接近している。長門にやる気がないのなら、お前がやれ』

「そ、そうですね。わたくしの仕事です」


 高雄は20cm主砲10門を『敵』重巡洋艦に指向し、全弾を斉射。しかし命中弾は二発ほどだった。


「か、躱された……。次っ!」


 心なしか、高雄の照準はブレているようだった。

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