暴走のウクライナ
『どうして自分が信用してもらえるって思ったのかしら?』
『あー、瑞鶴、俺のこと覚えてるか?』
次に聞こえた男のしゃがれ声。瑞鶴はこの声にも聞き覚えがあった。
『お前、マッカーサー?』
『はは、そうだとも。俺はすっかり老いたが、お前は全く変わらんな』
『お前まで何の用?』
『瑞鶴、俺はあの時言った。ルーズベルトの野郎をぶち殺すと。そして本当にぶち殺してやった。まあ裁判所で、だが』
ルーズベルト元大統領は、マッカーサーが臨時大統領時代に開いた軍事法廷で処刑されている。
『それがどうした?』
『つまり、俺は約束を守る人間だし、お前を騙す趣味はない。だから信じて欲しい。このエンタープライズは、本当にお前を助けに来たんだ』
瑞鶴にとってマッカーサーの言葉を信じるのはやぶさかではなかった。
『……分かった。正直言って猫の手で藁をも掴みたい気分なの。加勢を頼むわ』
『うふふ、喜んで。艦載機、全機発艦します』
エンタープライズは今のところ世界最大の空母であり、艦載機の数は150ほど。それを同時に制御できるのは最古参の船魄としての力だろう。
○
『長門、敵機多数襲来! 百を軽く超えている!』
信濃はエンタープライズからの襲撃を警告しつつ、長門にだけは敵がアメリカ軍であることを伝えた。
『どうして奴らが……まあいい。全艦、対空戦闘!』
信濃から報告を受けて、長門は不思議に思いながらも対空戦闘を指示した。相手は所詮アメリカ軍――いや、長門と信濃以外には『アイギス』に見えている。簡単に蹴散らせるだろうと思っていた。
『何、躱された?』
『こっちもよ、長門。これはちょーっとマズいかもね』
長門と陸奥の対空砲火を軽々すり抜けるアメリカ軍機。長門は今度の敵が普段の敵とは全く別物であると理解する。
『何故だ……何故、アイギスがこんな動きをしている……』
『そんなことを気にしている場合か! 来るぞ!』
峯風の言葉で我に返った。今は現実を受け入れねばならない。瑞鶴にも匹敵する実力を持った船魄が、その倍の艦載機を操っているのだと。
『ソビエト三姉妹! 協力を頼む!』
『無論だ、同志長門。攻撃を開始する』
戦艦五隻により全力の対空砲火。しかし、その激しい爆炎の中を米軍機は駆け抜ける。50機ばかりを落としたが、敵は全く怯まない。艦載機を落とされる痛みに反応しないというのは異常だ。
『どうやら、私達の出る幕はないようだな』
「そ、そのようですね。これは、何と言うか……」
峯風と高雄は呆然と戦場を眺めていることしかできなかった。彼女らの火力ではこの激しい戦闘に参加することは叶わない。と、その時だった。ソビエツキー・ソユーズの側面に高い水柱が上がった。
「ソユーズさん! 大丈夫ですか!?」
せめて負傷兵を機にかけるくらいはしようと高雄は決めた。長門もソユーズのことは高雄に任せるつもりのようだ。
『す、すまない、同志高雄……。被雷してしまった』
「損害はどれほどですか? 動けますか?」
『損害大きく、復旧に時間がかかりそうだ。我が国の造船技術もまだまだだな……。だが、火砲に影響はない。戦闘継続、可能だ』
「そ、そんな、そんな状況で戦っていてはダメですよ! 下がってください!」
『赦さないぞ……殺してやる!!』
その時、怨嗟に満ちたおどろおどろしい声が通信機から聞こえた。
「う、ウクライナさん……?」
『ソユーズちゃんを傷付ける奴は殺す!! 死ね死ね死ね!!』
「ちょ、待ってくださいウクライナさん!」
ウクライナは陣形を投げ捨て、全速力で瑞鶴に向かって走り始めた。エンタープライズの仕業ではあるのだが、姿の見えない彼女の代わりに瑞鶴に怒りが向いたわけだ。瑞鶴にとってはとんだとばっちりである。
『ま、待て、同志ウクライナ! 陣形に留まれ!』
『止まるんだ、ウクライナ。君を沈めないようにフルシチョフから命令を受けている』
『フルシチョフなど知ったことか! あいつは殺す!! 殺してやる!!』
姉妹からの制止も受け入れず、ウクライナは陣形を離れて突撃する。それを止められる者はいなかった。
○
『何よあいつ。ちょっと、こっちに単騎で突っ込んでくるってどういうことよ!』
異常な行動を取り始めたウクライナの行動は瑞鶴にすぐさま察知された。ウクライナは最大船速を出して瑞鶴に突撃してくる。
「こ、こっちに突っ込んできます! それも戦艦が!」
『瑞鶴、我はシュトラッサーの相手で手が離せぬ。頼む』
『ええ、もちろんよ。今なら艦載機の余裕もある!』
エンタープライズが参戦したことで第五艦隊への牽制はしなくていい。瑞鶴は艦載機をいくらか抽出し、ウクライナへの攻撃を開始する。爆撃と雷撃を繰り返すが、ウクライナに止まる気配は全くない。
「な、何なんですかあの艦は……」
10本ほどの魚雷と20個ほどの爆弾を喰らうソビエツカヤ・ウクライナ。普通なら行動不能になってもおかしくないほどの損傷だ。それにも拘わらず満身創痍の身を引きずって、速力を全く緩めない姿は、本能的な恐怖を呼ぶものであった。
『クッソ……ああいう奴を見たことあるわ。やりにくいわね!』
満身創痍になっても戦い続ける姿は、大和を思い出させる。不愉快である。
「でしたら……妙高が何とかします!」
『何とかって、どうするのよ』
「妙高も重巡洋艦です! 戦艦の一隻くらい足止めして見せます!」
『自分が何言ってるのか分かって……まあいい。やれるならやってみなさい』
「はいっ! では、出ます!」
妙高は陣形を抜け出してウクライナに向かって一直線に接近する。ウクライナは妙高を砲撃してきたが、重巡の方が速度は速いし、ウクライナも怒りに我を忘れているのか、射撃の精度は甘かった。
「距離を詰めさせてもらいました。魚雷全門、斉射!!」
島風型や球磨型などの変態的重雷装艦には及ばないが、妙高もそれなりの数の魚雷を搭載している。左舷の魚雷発射管を全て使い、12本の酸素魚雷がウクライナの速度、向き、海流を完全に計測した方向に射出される。
魚雷は雷跡を描きながらウクライナに迫る。彼女はそんな簡単なことにすら気付けず、そして妙高の狙い通り、ウクライナの艦尾に魚雷が8本命中した。彼女のスクリューを狙ったのである。ウクライナの尾部を水飛沫が覆い隠す。
「や、やった……?」
彼女の動きは停止し、一切の砲火を停止した。妙高は額から汗を垂れ落とした。
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