真珠湾海戦Ⅱ

「来たかっ……敵襲! 敵機が60機ほど接近中!」

「もしも船魄が制御しているのだとしたら、これは脅威だ」

『瑞鶴、迎え撃つわよ!』

「もちろんよ。烈風発艦! っ……艦隊は防空を!」


 にわかに蘇る、自身を破壊された時の記憶。瑞鶴は大声を張り上げてそれを掻き消し、船魄専用に改造された最新鋭の艦上戦闘機で敵機の迎撃を試みる。


「艦隊に、大和に、近づけさせるものか!」


 双方の操縦技術は人知を超えたところで伯仲していた。故に、敵が五航戦を無視して後方に浸透することを望めば、それを止めるのは困難である。


「クソッ……抜けられた!」

『敵機来ます! 大和、迎撃します!』


 艦載機同士の戦闘をくぐり抜けてきた米軍機が連合艦隊に迫る。大和が主砲から三式弾を放ったのを号令に、空母を中心に輪形陣を組んだ連合艦隊は対空砲火を始めた。空が燃え、鉄の暴風が吹き荒れる。


『速い、です……!』

「対空砲じゃ追えない!」


 第一部隊の上空を羽虫のように飛び回る米軍機。虫のように無害ならいいが、これらは大量の爆弾と魚雷を搭載した敵だ。編隊が急降下すると、たちまち艦隊から黒煙が上がった。


「伊勢が被雷! 大きく傾いています!」

「長門も喰らった!」

「4隻持っていかれたか……」


 幸いにして大和と五航戦への被害はなかったが、一度の爆撃と雷撃で多くの艦が損傷し、駆逐艦4隻が沈んだ。敵は続々と墜落するが、まだまだ飛び回っている。


『岡本君、大和では落とせないのか?』

「栗田中将閣下、お言葉ですが大和は戦艦です。防空なら駆逐艦か巡洋艦にでも船魄をつければよかったでしょうに」


 大和の本来の仕事は対艦戦闘。対空戦闘はあくまでついでだ。


『す、すみません、大和が射撃が下手なせいで……』

「大丈夫だ。少しずつ確実に落としていけば、我々は勝てる」

「大和、落ち着いて」

『は、はい――痛っ!!』

「大和!?」


 大和が被弾したのであろう。鋭い叫び声が通信機から飛び出してくると、瑞鶴はつい意識が大和だけに向いてしまう。


『な、何のこれしき、です! 大和はこれくらいの攻撃では沈みません!』

「そ、それなら、よかった」

『大和は大丈夫です。でも艦隊を守らないと……!』


 艦隊の損害は広がるばかり。瑞鶴も舷側の対空砲で応戦しているが、なかなか落とし切ることはできなかった。壮絶な対空戦闘は体感時間では数時間にも感じられたが、実際は20分程度だったという。


「大佐殿、伊勢は自沈処理を始めたとのこと。その他、巡洋艦が3隻、駆逐艦6隻が撃破されたとのことです」

「手酷くやられたものだ。だが、これで脅威は消え失せた」

「そうね。艦載機のない空母なんてただの的よ」


 第一部隊は敵を仕留めるべく進撃する。しかし、その時だった。


「大佐、敵機が接近しているわ! 今度は80機!」

「何? まさか、本気で複数の空母に艦載機を搭載しているのか……」

「なんて奴……」


 敵機が迫る。友軍艦隊は大きく損耗している。瑞鶴の額に冷や汗が浮かんだ。


 ○


「うふふ……マッカーサー大将、私は今百回くらい死にました。とても嬉しいです」

「エンタープライズ……。お前は何が嬉しいんだ?」


 マッカーサー大将はすぐ隣で恍惚の表情を浮かべている少女に尋ねた。


「分かりませんか? 人はたったの一度しか死ねないんです。でも私は何度でも死を体験できる。これはとても幸せなことでしょう?」

「分からん。今後も分かることもないだろう。だが、お前がいいのならそれでいい」

「そうですか。残念です。では、もっと殺して死にましょう……。艦載機、発艦!!」


 アメリカに残された数少ない空母レイテとキアサージに載せた、エンタープライズと接続された艦載機。これらは全てエンタープライズの艦載機として完全に機能する。百機を落とされてもまだまだ彼女の艦載機は残っているのだ。


 ○


『来ないで! 来ないでください!』

「来るなッッ!」


 艦隊は少しずつ数を減らし、その度に対空砲火も薄くなる。空はエンタープライズ艦載機の独壇場となりつつあった。


「落ちろ落ちろ落ちろ! あっ――あああああ!!!」


 瑞鶴艦橋に衝撃が走る。米軍機の放った魚雷が左舷前方に命中、ついに瑞鶴に直接の被害が出たのだ。余りの痛みに瑞鶴は絶叫し、倒れ込みそうになるが、岡本大佐が慣れた手つきで彼女を支える。


 戦艦や重巡と違って空母は自身が損傷を受けることを前提に造られた艦ではない。だから少し損害を負うだけで、その船魄は手足を吹き飛ばされたような致命的な痛みを伴うのだ。瑞鶴の意識はすぐに遠のいていく。


『瑞鶴さん、耐えて、耐えてください!!』

「大和……も、もち、ろん……!」


 大和も声で意識を保ち、汗を床に垂らし手すりに寄りかかりながら、辛うじて自ら立つことができた。しかし、その大和の声も弱弱しいものであった。


「大和、君ももうボロボロじゃないか」


 大和は右舷から20本の魚雷を受け、また甲板上にも無数の爆弾を受け、黒煙を上げていた。注水は間に合わずに艦体は左に傾いており、高角砲と機銃は半分以上が破壊されてしまっていた。


『だ、大丈夫です……。大和は、不沈艦です!』

「大和、一緒に、頑張ろう……」

『は、はい……!』


 敵はまるで自分の命を顧みない自殺的な攻撃を続ける。多くの艦艇が沈み、全ての艦艇が傷を負った。第一部隊は既に壊滅的な損害を負い、瑞鶴と大和も本来なら撤退すべきほどの損害を負っていた。


 だが、敵を、エンタープライズを殺さねばならない。そうでなければ、ただ何の意味もなく貴重な戦力を消耗したことになってしまう。

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