真珠湾海戦

 一九四五年八月十六日、トラック諸島。


「瑞鶴! 大丈夫でしたか!? 心配してたんですよ!?」


 久しぶりに顔を合わせる翔鶴と瑞鶴。翔鶴は瑞鶴を見るや真っ先に飛びついて、瑞鶴を握り潰さんばかりの勢いで抱擁する。


「お、お姉ちゃん、苦しいよ」

「もう~、可愛い!」

「あ、あはは……」


 何となく気まずくなる。こうなると大和に手を出したことを後悔するわけだが、それで気が紛れるなら、トラウマを引きずるよりはマシである。

 それは置いておいて、岡本大佐はみすぼらしい作戦説明室で三名の船魄に黒板で説明を始めた。


「さて船魄諸君、戦況を説明しよう。まあ私は軍人ではないが。先日、連合艦隊は未知の敵艦隊に襲撃を受け、大きな損害を被った」

「敵艦隊に戦力が残っていたのかしら……」

「もしかして、この前の奴?」


 瑞鶴の言葉に岡本大佐の表情が引き締まる。図星だったようだ。


「確証はないが、その通りだと思われる。連合艦隊はたった3隻の空母に攻撃され、壊滅的な損害を負った。アメリカ軍にも君達と同じ存在がいると仮定するのが自然だろう」

「3隻? まさか3隻も船魄が……?」


 大和は不安そうに尋ねた。もしそうなら帝国海軍が太平洋に築いた圧倒的な優勢が崩れ去ってしまうだろう。


「その可能性は否定できない。だが現状、その可能性は低いと考えられる」

「何故ですか……?」

「敵艦隊が繰り出してきた艦載機は60機ほど。これは一人の船魄が制御できる限度程度の数だ。船魄が複数あるのを隠す為の演技だと言われれば、否定するのは不可能だが」

「考えられるとしたら、艦載機の予備を他の空母に載せているのではありませんか?」


 翔鶴は鋭い考察を示した。


「なるほど。確かに、自分に艦載機を載せる必要ないもんね」


 身も蓋もない話だが、実は船魄との接続を確保すれば艦載機を自分に搭載する必要はない。他の空母を艦載機輸送艦として使えば、自分の艦載機を消耗し切っても戦い続けられるのだ。


「ああ……そうだな。その可能性は高い。いずれにせよ、帝国海軍はこの艦隊を壊滅する必要がある。そうでなければ、我々が敗北するだけだ。よって帝国海軍は、オーストラリア攻略のSY作戦と並行し、まず西太平洋の偵察を行う。君達には偵察を手伝ってもらいたい」

「偵察、ですか……?」

「ああ、偵察だ。君達は無駄に戦って消耗するべきではない。まあ敵が小規模ならば潰しても構わないが」


 作戦を了承した三名。彼女らは暫く西太平洋を駆け巡ることとなる。


「そうそう、翔鶴、瑞鶴、新しい艦戦を導入しようと思うので、後で使ってみてくれ」

「何それ?」

「零式艦上戦闘機の後継機、烈風だ。開発が遅れに遅れたが、ようやく数を揃えられたのだ」

「へえ。後で見ておくわ」


 零式艦上戦闘機は改良が続いているとは言え5年前の艦戦だ。5年もかけてようやく新型機が完成し、纏まった数を用意できたのである。瑞鶴は零戦より遥かに速く操作性のよい烈風を気に入り、零戦を全て置き換えることにした。


 烈風を使って練習がてら偵察をしていると、まもなく敵艦隊の動静が判明し、船魄達は出撃することになる。


 ○


 一九四五年九月十三日、真珠湾。日本軍のオーストラリア攻略作戦が開始されていたが、アメリカ軍は事実上、オーストラリアを見捨てていた。オーストラリアへの補給路を確保することが不可能になったからである。


「マッカーサー大将、ここに日本軍が迫っているそうだ」

「俺達を嗅ぎ付けたか。なかなか早いな」

「ああ。だから、この馬鹿げた戦争が始まったこの地で決着をつけよう。この合衆国最後の艦隊と共にな」

「戦闘群がたったの2つしかない艦隊など……俺のエンタープライズ艦隊と比べればなぁ」


 ほんの数か月で新たな艦隊を作り上げたアメリカの国力は十分恐ろしいが、やはり艦隊としては非常に見劣りするものだ。レイテ沖海戦の際はおおよそ20個の戦闘群を投入したというのに、今ではアメリカ海軍の総戦力がこの40隻程度の艦隊なのである。しかも主力艦は戦艦3隻と空母4隻だけだ。


「……言うな。自覚はあるんだ」

「ニミッツ提督、お前も懲りただろう。素直にエンタープライズ艦隊の護衛になるといい」

「分かっている。それがこの艦隊の一番マシな使い道だろう」


 今、大東亜戦争の趨勢、東アジアの命運を決める海戦が勃発する。


 ○


 一九四五年九月十六日、ハワイ西部海域。


「帝国海軍はこれより、ハワイ攻略作戦・MA作戦を発動する」

「ついに来たわね」

『緊張しますね、瑞鶴……』

「ああ、決戦の時は来た。瑞鶴、翔鶴、大和。君達にとって最も困難な戦いとなることが予想される。くれぐれも気を抜くな」


 岡本大佐はどうあっても彼女らに死んでは欲しくない。故に軍令部に最大限の配慮を要請し、連合艦隊の主力部隊がありったけ、船魄達の護衛艦隊として随伴することとなった。これらの艦が第一部隊、或いは栗田艦隊を構成する。日本軍と米軍の最高戦力が今まさに、激突しようとしているのだ。


「そうだ、その前に、畏くも天皇陛下から君達に感状が届いているぞ」


 岡本大佐はふと思い出したように言った。


「え、あなた、陛下の勅語を後回しにしてたの?」

「そういうことになるな」

『ええ……』

「不敬罪で突き出そうかしら」


 届けられた見たこともないような立派な手紙には、船魄達への労い、無事を祈る勅語が書き綴られている。岡本大佐は通信機の向こうにいる大和と翔鶴のためにそれを読み上げた。


「――とのことだ。陛下からのご期待にお応えし、必ず生きて帰るように」

「ええ。当たり前じゃない」


 国家が自分達を気遣ってくれている。それだけでも瑞鶴は嬉しかった。


「――おっと、東500キロ、敵艦隊を確認。50隻程度の艦隊よ」

「まだそんなに残っているのか。本当にアメリカの工業力は底なしだな」

『瑞鶴さん、大和が敵を突き崩します。いつもの作戦でいきましょう』

「ええ、頼むわ」


 大和と五航戦を組み合わせたいつも通りの戦術で攻撃する。まずは大和の主砲が届くまで距離を詰めることだ。

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