決着
「ごほん。瑞鶴、十分に休めたか?」
「……ええ。もう平気よ」
あの後寝てしまったのだろう。瑞鶴は岡本大佐の声に目覚めた。
「それはよかった。翔鶴に何か言われたのか?」
「ちょっとね。で、私に何を命じに来たの?」
「私を命令製造機だとは思わないで欲しいものだな」
「事実でしょう?」
「まあ、否定はしないし、確かに命令を伝えに来た」
「何?」
「君は敵の作戦群を一つ殲滅したが、今なお敵艦隊は健在だ。残存する敵艦隊を叩いてもらいたい。君が殲滅した艦隊の隣に別の艦隊が発見されたのだ」
実のところ敵の艦隊司令長官を殺害するという大戦果を挙げていたのだが、彼らはそれを知らない。そして米軍の戦闘艦艇はまだまだ百隻以上残存しているのだ。
「行けるか?」
「当然よ。私達は誇り高き五航戦。まあ今は三航戦ってことになってるけど、鬼畜共は皆殺しにするわ」
「その意気だ。だが、君のための機体は数が限られている。無理に無理を強いるようだが、損害は可能な限り少なく抑えてくれると嬉しい」
まあ帝国海軍全体で艦載機は絶望的なまでに不足しているのだが。
「それと、爆弾と魚雷の消耗も最小限に抑えてくれ。空母は飛行甲板を破壊すれば、他は推力を奪えば十分だ」
「注文が多いわね」
「すまない」
「まあいいわ。瑞鶴、出撃する!」
『翔鶴、出ます!』
五航戦は二度目の攻撃で更にもう一艦隊を壊滅させた。さっきは駆逐艦までことごとく撃沈したが、そこまでするのは弾薬の無駄ということで、瑞鶴は敵の主力艦に限って攻撃を行い、標的にした艦は一隻たりとも残さず無力化した。そうして残った補助艦は連合艦隊が処理する。
二度目の攻撃で瑞鶴に搭載していた魚雷は使い切ってしまったが、他の空母や巡洋艦や駆逐艦から弾薬をかき集めて何とか出撃することが出来た。
艦隊司令長官を失った米第3艦隊は恐慌状態に陥っており、大規模な抵抗は不可能だった。彼らに残された道は、自分達が虐殺してきた者の気分を味わうことだけである。
○
一方その頃。
アメリカ陸軍はアメリカ海軍と呼応して、既にフィリピン中部のレイテ島に上陸していた。その最高司令官はダグラス・マッカーサー大将である。規則違反の軍服を着た自尊心の塊のような男だ。ようやく地上に司令部を移して腰を下ろしたマッカーサー大将であったが、そんな彼に不可解な報告が入った。
「閣下、どうやらハルゼー提督が戦死したとのことです」
「ハルゼーが? そんな馬鹿なことがあるか? まあ海軍の連中なんて馬鹿ばっかりだが」
「海軍は隠していますが、間違いありませんかと。それにもっと気がかりなのが、ハルゼー提督が死んだだけでなく、提督のいた艦隊が消滅したらしいとのことです」
「そんなわけないだろ。ちゃんと情報収集して来い」
「で、ですが……ハルゼー閣下だけでなく、ボーガン少将やシャーマン少将との連絡も全く付かず……」
マッカーサー大将は何か異常が起こっていることを本能的に察知したのであろう。「地図を持ってこい」とぶっきらぼうに命令して一番大きな地図を用意して、連絡が途絶えた将校の最後に連絡が取れた場所と時間を書き入れさせた。
そしてそれを線で結ぶと、将校達は思わず息を呑んだ。将軍達の消えた場所を時間順に線で結ぶと、ジグザグ交差しながらも確実に南に向かって来ていたのだ。
「こ、これは、一体」
「日本軍はクラーケンでも開発したのかもな」
「『海底二万里』の話ですか?」
「そうだが、まあクラーケンよりノーチラス号を開発したと考えた方が自然か」
「は、はあ……」
「とにかく、この調子だと化け物が明日にはここに来るぞ。場合によってはここを捨てる。フィリピンなんぞどうなっても知らん」
フィリピン奪還に集結したアメリカ艦隊は、ほぼ完全に壊滅した。マッカーサー大将達はフィリピンに取り残される羽目になるところだったが、辛くも脱出し残存艦艇を率いて撤退した。
日本軍が奇跡の勝利を収めたこの5日間に及ぶ激闘は、フィリピン沖海戦として歴史に刻まれることになる。日本の反撃の狼煙が上がったのだ。
○
さて、その翌日の大本営発表は以下のようであった。曰く、
『大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は十二月二十日から二十六日にかけ、フィリピン沖においてアメリカ軍と大決戦に及び、極めて大なる戦果を収めたり』
撃沈:空母15 戦艦4 巡洋艦15 駆逐艦11
撃破:空母14 戦艦3 巡洋艦8 駆逐艦53
ほとんどの日本人はいつもの嘘っぱちだと――いやこれまでよりも酷くなったとマトモに取り合わなかったが、実際はこれすら過小評価であった。瑞鶴が沈めた艦の数をちゃんと覚えていなかったからである。
「こう聞くと、馬鹿みたいな数を沈めたわね……」
ラジオで大本営発表を聴きながら、瑞鶴は呟いた。大体自分がやったことだが、自分でも信じ難い。
「それほどまでに船魄の力は強力なのだ。自分を誇りに思うといい」
「あ、そう。ありがとう」
「時に、気分は大丈夫か?」
「大丈夫よ。こんなのどうってこと――」
どうということはあった。瑞鶴は戦いの中で受けた痛みや死の感覚を思い出し、吐き気を催し口を押さえた。岡本大佐が再び「大丈夫か」と尋ねると、瑞鶴は深呼吸して首を縦に振った。
「ならばいい。これでアメリカの海軍力は壊滅状態した。暫くは行動を起こせないだろう。君は休んでいるといい」
「……そうさせてもらうわ。出てって」
岡本大佐は瑞鶴から追い出され、瑞鶴は寝ることにした。士官用の高いベッドが用意されているのだが、彼女はハンモックで寝る方が好きだった。
○
所変わって、アメリカ合衆国連邦直轄市ワシントン。フィリピン沖海戦の結果は真っ先にホワイトハウスに、第32代アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトに届けられた。
「……大統領閣下、先日のフィリピン沖海戦にて、我が軍は甚大な損害を被りました」
「我が軍? 日本軍の間違いではないのかね?」
「い、いいえ、閣下。言い間違えではありません。我が軍は、アメリカ海軍は、作戦に投入した艦艇の63パーセントを喪失しました。主力艦に至っては、空母が1隻と戦艦が2隻しか、生きて帰れませんでした」
「その生き残った艦とは?」
「エンタープライズ、メリーランド、テネシーです。また、人的な損害も甚大で……ハルゼー大将を筆頭に、作戦に参加した高級将校のほぼ全て、兵士のほぼ全てを失いました。犠牲者は十万人近いかと。唯一マッカーサー大将だけは生き残っておりますが……」
アメリカはフィリピン植民地を奪還することに失敗した。それどころか作戦に投入した戦力のほぼ全てを失い、太平洋における海上戦力が一時的に消滅したのである。軍人だろうが文官だろうが、そのあまりにも大きな意味は説明されずとも理解できた。
「なるほど。面白くなって来たじゃないか……」
「か、閣下……?」
「いや、何でもない。マッカーサー、彼には海軍軍人としての才能もあるのかもしれんな」
陸軍大将である彼が艦隊を率いて逃げ帰れたことに、ルーズベルトは少し関心を示した。
「で、日本軍にもそれなりの損害を与えたのかな? 全員死んででも敵を殺すのが我が軍だろう?」
「も、もちろんです。例の超大型戦艦を沈めましたし、他にも戦艦2隻、巡洋艦4隻など、駆逐艦6隻など、大きな戦果を挙げました」
「それだけかね?」
「え、は、はい」
「まあいい。戦争とはこうでなくては。最近はドイツも日本も面白くなくなってしまっていたからね」
ルーズベルト以外の者は皆、気まずそうな面持ちで沈黙してしまった。
「……閣下、国民にこんな事実を知られるわけにはいきません。我が国としては甚だ屈辱ではありますが、徹底した情報統制が必要です」
「ヘンリー、君は何を言っているのだね?」
「は……? こんな事実を国民が知れば厭戦感情が広がり、この戦争を続けられません。だから今回のことは徹底して秘匿し――」
「違う違う。君はプロパガンダの本質を全く理解していないようだ。あのゲッベルスの技術は二流だが、君は三流、いや四流だな」
「は、はあ……」
ヘンリー・ウォレス副大統領はルーズベルト大統領の意図が全く読めなかった。恐らくそれなりに貶されているのだろうが、どう貶されているのか理解できない。
「国民には正しい情報を伝えなければならない。何故なら国民には政府を信仰してもらわなければならないからだ。だから、今回の大敗は包み隠さず発表したまえ」
「ほ、本気ですか……?」
「ああ。手は私が打とう。自分で言うのもなんだが、私はプロパガンダには自信があってね。任せたまえ」
そして2日後。ルーズベルト大統領は恒例のラジオ演説に熱を入れていた。
『国民の皆さん、皆さんもご存じのように、日本軍は恐るべき新兵器を実戦に投入し、フィリピン沖海戦に参加したほぼ全ての艦隊を壊滅させました。とても痛ましい事態です。しかし、嘆き悲しむのは日本を滅ぼした後にしましょう! リメンバー・パールハーバー! あの時も我々は太平洋艦隊に大打撃を負い、日本軍の侵略を許しました。しかし、我々は日本軍をフィリピンまで追い込むことができたのです。今度もまた同じこと。リメンバー・フィリピン! 我々はこの悲しみを糧にして、必ずや日本を滅ぼすのです!』
アメリカは国力を総動員して新規艦艇の建造を開始。日本との全面対決の意志は揺るがなかった。彼らが瑞鶴の存在を知るのは、このもう少し後のことである。
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