愛の形をあてはめて

川木

第1話 よくある青春の終わり

 私は昔から誰かから頼まれると中々断れない。でも別に優しいとかじゃなくて、単に断るのが面倒なだけだ。誰かと問答をするより、言われるままにした方が楽だ。

 責任とかそう言う重いのが嫌いで、流される様に生きていくのが楽で、そうしているだけだ。


「あの、明日のお休み……一緒に出掛けませんか?」


 だから一昨日、あまり親しくない後輩が告白してきた時も、一度は断ったけどどうしてもと言われて仮交際を受け入れた。


「んー、いいよ」


 週末、特に予定があったわけではないし、断っても別の日にとすがられるくらいならと受け入れる。


「! 嬉しい! ありがとうございます!」


 ぱっと花が咲いたかのように私の仮彼女、飯野小梅さんは笑顔になった。ふわふわの髪が風に揺れて、可愛らしい。こんな笑顔になるくらい、私のことが好きなのだ。

 そう思えば気分は悪くない。きっと、このまま流されて彼女と本当に恋人になるのだろう。だけどそれも、悪くないかも知れない。そう思った。


 最寄り駅で別れた。詳しくはまたスマホで話すことになった。

 今まで恋とかそう言うのとは無縁だった。以前にも一度告白されたことはあるけど、その時は普通に一度断って終わりだった。その時も、無下にしなかったら今と同じように感じたのだろうか。


「……ふふ」


 そうじゃないか。断っても諦めないほど、私を求めてくれる彼女だからきっとそう感じるのだろう。そう思うと、うん。私も結構、彼女のことを気に入ってるのかもしれない。

 一昨日まで名字しか知らなかったけど、お昼を一緒に食べたり一緒に帰ったりちょっとした挨拶をいちいちスマホで連絡し合ったり。そう言うのでちょっとずつ小梅のことを知っていった。

 今はもう、友人くらいには思っている。これからどんどん変わっていくのだろうか。そう思うと、何だか楽しみな気さえした。


 家に帰ると妹の靴が脱ぎ捨ててあった。そろえてからあがる。妹は今年中学生になったばかりで、4歳はなれているのもあって、私の性格もありかなり甘やかしてきた自覚はある。

 だけど注意するのも面倒くさい。外面も悪くないし、勉学などは真面目だから家の中でのことは諦めている。


「ただいま、陽子」

「ん。おかえり、おねえ」


 リビングを通りかかると妹がソファに寝転がっていたので声をかける。

 妹の陽子は制服のままダラダラしていた。かろうじてブレザーは脱いでいるけど、スカートがはだけているし皺がつく。

 ここでただ着替えなさい、と言ったところで陽子は聞かないだろう。面倒くさいけど、ちゃんと着替えるまで付き合ってあげないといけない。


「陽子、まず着替え。いつも言ってるでしょ。ほら、手伝ってあげるから立って」

「うるさいなー。はいはい」


 陽子は眉をよせながらも素直に立ち上がった。やれと言ってもなかなか腰をあげない陽子だけど、私が手伝うとなると押し付けられると思っているようで割と素直なのだ。こういうところが可愛いから、偉そうにされても憎めないんだよね。

 落ちてるブレザー拾って陽子の部屋に向かう。私が中学に上がる時に部屋は別れたけど、陽子の部屋はしょっちゅう来ているので遠慮なく先導して中に入る。


「……」

「また、乱暴にして」


 陽子が鞄を放り投げたのに呆れながら、ブレザーをハンガーにかける。陽子は私にむかって不機嫌な顔のまま手を広げている。着せ替え人形じゃないんだから。

 ボタンをはずして前をひらく。下からキャミソールがでてくる。ピンクで子供らしくて可愛らしい。


「んー」


 陽子はちょっとぽっちゃりしているので、私より早くからカップ付きキャミソールをつかっていたのだけど、そろそろちゃんとしたブラを付けた方がいいのではないだろうか。


「陽子、そろそろブラつけた方がいいんじゃない? キャミってそんな固定されないし、乳首とか擦れたりしない?」

「っ、おねえ、変なこと言わないでよ!」

「変なことじゃないって。陽子の体のことでしょ。ちょっと見せて」

「は、はぁ!? やめろ! でてけよ変態!」


 ちょっとキャミをめくって見ようとしたら突き飛ばされてそのまま部屋から追い出されてしまった。姉に対して言い過ぎじゃない?

 普通に妹のことだし心配して言ったのに。まあそう言うお年頃なんだろう。ちょっとデリカシーがなかったかもしれない。


 仕方ないので私の部屋に戻って自分も着替える。私が中学に入って部屋が別れた時なんか、泣いて嫌がってたくせに、今では出ていけなんて。ちょっと悲しい。


 ぴこん、と机に置いたスマホが音をたてた。開くと小梅からだ。しょんぼりしかけた気持ちが持ち上がる。

 部屋着になってスマホをいじる。明日の約束を煮詰める。お昼前に待ち合わせて、食事をしてからぶらぶらと一緒に買い物に行こうと言う話になっている。


 普段の休日は必要なものがある時しか買い物に行かないし、そもそも前日からしっかり予定を決めていること自体少ない。それだけでいつもと違って、なんだかちょっと、わくわくしてくる。


「おねえ」

「わ。びっくりした。なに?」


 明日のスケジュールをアラーム設定していると、突然ドアが開いて陽子が入ってきた。

 別にいいけど、自分には部屋に入る時ノックしろと言う癖に、横暴な妹だ。

 振り向くとなにやら珍しくもじもじしている。


「あ、あのさ……明日、ブラ、買うの、付き合ってよ」

「あ、買うことにしたんだ。うん、付き合うのは全然いいんだけど、明後日でもいい? 明日はちょっと用事があって」

「用事? 何の用事? 別に、ちょっとくらいならそっちに付き合ってあげてもいいけど?」


 何故そこで上から目線になれるのか。可愛いけどいらっとするなぁ。


「明日は……デートだから」

「は? ……は? はああ? でっ、デート!? だ、誰と!?」


 友達と出かけるから、と濁してもよかったのだけど、なんか隠すのも違うかな。と思ってそう言うと、陽子は一瞬ぽかんとしてから一気に私に詰め寄って大声を出した。

 ううん。やっぱり選択肢を間違えたかもしれない。お年頃なのだからこそ、過剰反応しちゃったか。


「まあちょっと、同じ高校の後輩なんだけどね。一応付き合うことになって」

「……はぁ? ちょっと? 一応? そんな軽い気持ちで付き合うとか失礼だろうが。今すぐ別れろ」


 正論で怒られた。やだ、この中学生真面目。


「えぇ……いや、あの、一応、相手が仮でもいいって言ってお願いされたし、その、今は私も満更じゃないって言うか、あの、いずれは多分、正式に付き合うし、そんな言わなくても」


 目をそらしながら言い訳するけど、何故か陽子はさらに顔をよせてガンをつけてくる。妹になぜこんな言い訳をしているのか。こんなことなら言わなければよかった。

 小梅のことで嘘をつきたくないなっていう軽い気持ちと、ちょっと妹に自慢くらいのささやかな虚栄心だったはずなのに、真面目に話すと普通に恥ずかしい。


「……今すぐ別れろよ」

「え、いや、話聞いてた? 一応真面目に向き合ってるし、失礼ってことないって」

「うるさい! そんなのどうでもいいんだよ! なに私に黙って勝手に恋人つくってんだよ!」

「勝手にって言われても」


 何故か陽子は余計に怒っているようで、さらに近づいてきて私の肩をつかんできた。さすがに椅子に座っている私よりは妹の方が高い。


「おねえは、私のものなのに!」

「いや、違うけど」

「違わないもん! おねえは私のものだもん!」

「えぇ……」


 陽子は中学一年生。もう一緒にお風呂にも入ってないし、前ほどべたべたしていないのですっかり姉離れしたのだと思っていたけど、まさか所有物と思われていたとは。ここはちゃんと話し合った方がいいだろう。


「落ち着いて、ちょっと話そう。はい、そっち移動ね」

「……」


 立ち上がって陽子の肩を押し、落ち着いて話せるようにベッドに並んで腰かける。陽子はぎゅっと私に抱き着いてきた。脇の下にもぐって胸に顔を押し付けるかのようにぐいぐい抱き着いてくる。

 正直話しにくいけど、仕方ない。私はされるがままで片手を陽子の腰に回してぽんぽんと寝かしつける時のように軽く指先で叩きながら話しかける。


「陽子、人間は誰のものでもないよ。だってものじゃないから。可愛い妹に好かれてるのは嬉しいよ。でもね、どんなに仲良しでも家族でも、いつかは大きくなってそれぞれ家を出て、別々に生きていくんだよ。恋人もつくるし、いつか結婚もするし、今、陽子の言う通りに別れてもそれは変わらないんだから」

「私と! ずっと一緒にいればいいの!」

「あのね、寂しく思ってくれるのは悪い気はしぐおっ!?」


 ばっと顔をあげて涙目の陽子に頭を撫でながらなだめようとしたところ、陽子は立ち上がって私のお腹に頭突きをしながら私をベッドに押し倒した。


「ふうぅぅーっ」


 私は慎重に息を吐いて痛みを紛らわせる。いや、まじでいいところにはいったし吐くかと思った。私もちょっと涙目になりながら見上げると、陽子は私にまたがるように膝立ちになって見下ろしている。

 こっちは優しく説明してあげてるのにとんでもない妹だ。


「私は! おねえが好きなの!」

「う、うん。私も好きだよ、でもね、恋人って言うのは家族愛とは別でね」

「別じゃない!」


 陽子は怒鳴りながら、降ってくるようにしてどすんと私の顔の横に手をついて顔を寄せてきた。今度は頭に頭突きされるかと思ったけど、さすがにそうではなかったようだ。ぎりぎりでまるで腕立て伏せのように姿勢をとめている。


「おねえはそうでも、私は、私は違うっ。私はおねえのことが、そう言う意味で、好きなのっ」

「え、えー?」


 にしても近いし、落ち着いて話できないから離させたほうがいいかな、と思ってるとなんかとんでもないことを言われて私はちょっと間抜けな声を出してしまった。

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