せんぱいと後輩ちゃん

いぷしろん

せんぱいと後輩ちゃん


 高校に入学した春。俺はあることに気がつき絶望していた。



「来年にならないと――後輩ちゃんが入学してこないッ!」


「はぁ……当たり前でしょう? そもそもなんで私が松西しょうせい高校にいく前提で話してるんですか? あそこ結構な難関なんですけど」


「何言ってんだ。確かに県内トップではあるけど、後輩ちゃんの実力なら余裕だろ? ……あ、そこ間違ってるぞ」


「……なんか釈然としませんね」



 もちろん最初のは冗談だが、後輩ちゃんが松西に入学しないのは非常に困る。

 俺が緩い部活に入り、休日返上も厭わずに後輩ちゃんに勉強を教えているのも、全てこのためだというのに。……まぁ、俺が勝手にやってることだから、後輩ちゃんにどうしてもいきたいという高校があればそれまでなのだが。


 思えばそんな俺と後輩ちゃんの関係も、もう三年目だ。後輩ちゃんが俺のことをどう思っているのかは知らないが、少なくとも、俺は後輩ちゃんとのあの出会いの日から徐々に明確な感情を自覚しつつある。


 ――後輩ちゃんに初めて会ったのは、中学の階段だった。


 中学生のころ、俺は弁当をときたま屋上手前の階段で食べていた。……いや、別にいじめられていたわけでも、ともだ……話し相手がいなかったわけでもない。ただ、なんとなくひとりで居たいとき、静かでいたいときにその場所を使っていただけだ。屋上も解放されていなかったし、ある細工もしていたので、最初の一年は本当に俺しか知らない場所として愛用していたのだ。しかし、二年生に進級したある日に乱入者が現れたのだ――。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁぁ……あ、こことか良さそう……」



 とんとん、と階段を上る音がした。普段ならひとつ下で止まり、そのまま遠ざかっていく足音があろうことか近づいてくる。……立ち入り禁止の張り紙を無視してくるなんて、なかなかの猛者じゃないか。

 どれどれ顔を拝んでやろうと読んでいた本を置き、下を見る。


 そして姿を現した人とばっちりと目が合い――、



「え?」

「へ?」



 俺も向こうも体を硬直させた。

 向こうは恐らく驚きによって。俺も――驚きによってだ。


 そこにいたのは、思わず二度見してしまうような美少女だったのだ。……いや、実際には目を離すことなどできなかったので一度見だが、そのくらいの美少女であった。

 上履きの色を見るに学年は一年か。まだ部活の後輩ともそんな話をするほど親しくなる時期じゃないから知らなかったが、今年の一年にこんなかわいい子がいたとは。……知ったところで何か行動を起こしたはずもないけどな。


 さて、そんなことを俺が考えているうちにも、向かいの女の子は固まったままだ。



「おーい。大丈夫かー?」


「……はっ! ……すみません、立ち入り禁止を無視して。風紀委員の方ですよね?」



 声をかけると、早口でそう言い切る女の子。

 うん。……どうしてそうなった?



「いや全然違うな? あの張り紙つけたの俺だし。むしろ俺がしょっぴかれる立場だよ」


「は? あぁぁぁ……心配して損したぁ。……まったく、迷惑な方ですね。というかどうしてこんなところにいるんですか?」



 誤解はなくなったようだが、彼女は意外にもそのまま俺との会話を継続してきた。てっきり淡白な反応をされて帰られるものと思っていただけに驚きだ。



「……誰にだってひとりで居たいときはあるだろ。……で、そういう君はなんの用なんだ?」


「せんぱいと同じようなものですよ。ほら、私かわいいので」


「自分で言っちゃうかー」


「とか言ってるせんぱいもかわいいって思いましたよね?」


「まぁ、君はかわいいからな」


「あ、ありがとうございます…………そ、そうです! なんと私、勉強もできちゃうんですよ。……いえ、できるようになったと言うべきですか。でも、こっちはせんぱいもわかるでしょう?」


「おい『こっちは』とか言うな。俺の顔が悪いって言ってるようなもんだぞ、それ。……ん? てか俺のこと知ってんのか?」



 俺の顔の話云々は置いておいて、確かに俺なら勉強のことは理解できるし、彼女の見目が整っていることにより起こる出来事も察しがつく。俺がここに来る理由の大半もそれだからだ。

 だが、彼女がなぜそのことを知っているのか。



「え、本当に自覚ないんですか? せんぱいは――佐文さふみせんぱいはもうちょっと自分の知名度を知るべきだと思いますよ? 私の学年に弟さんがいますし、そもそもテレビに出てるような人が学校にいて広まらないはずがないですよ」



 そうか……やっぱりうちの学年だけじゃなくて、みんな知ってるのか。新年度になっても後輩たちが訊いてこないから、もしかしてと期待してたんだけどなぁ。



「あのー、多分それはせんぱいの弟さんのおかげだと思いますよ。彼、せんぱいのことを自慢気に話してはいましたが、本人に直接何か言いに行ったりするなと、いつも最後に言ってましたから」


「あ、声に出てたか?」


「はい、とっても」



 でもなー、あの歩武あゆむがそんなことしてたのか。

 うん。なんか元気出た。それにこんな美少女と知り合えたのは、とても幸運なことなんじゃないかと今更ながらに思えてきた。



「よし、君が俺のことを知ってる理由はわかったから、今度は君の名前を教えてくれ」


「えー……やです」



 ……思えてきたその勢いのままに突っ走ったら最初の一歩でずっこけた。なんで?



「ちょっ、なんでだよ!? 今のは完全に言う流れだったし、俺だけ知られてるってのは不公平だろ!」


「まぁ理由は色々ありますが――張り紙」



 彼女が広げた左手の指をひとつ折り曲げ意味深な単語を発し、俺にはたらり、と嫌な汗が流れる。決してさっき比喩表現で走った結果かいた汗ではないはずだ。



「私的利用」



 次いで彼女の左手の人差し指が折り曲げられ、中指に移る前に、俺の体も折り曲げられた。



「……ごめん。俺が悪かったからここのことは黙っててくれ…………ください」


「わかればいいんですよ。わかれば。では、そろそろ時間なので私はもう行きますね」


「ああ……」



 これでやっと俺の平穏が戻ってくる。

 気兼ねなく話せた彼女とも会うことはないと思うと、少し――本当にすこーしだけ寂しい気もするが、こんなかわいい子と長話をしたということだけで満足しておくべきだろう。


 そう、俺の中では今日の出来事はもう終わったと考えていたのだが、



「それではせんぱい、



 彼女の去り際の一言で、俺の平穏は失われたと悟る。

 さりとて、俺だって後輩にやられっぱなしでは恰好がつかない。俺は頭を高速回転させて――、



「ああ、また明日! 後輩ちゃん!」



 こんな言葉を導き出したのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 確か、彼女――後輩ちゃんが俺のことを「せんぱい」とフランクに呼んでいたことに気づいたのはこのすぐ後だったな。

 それからは、俺は前みたいにたまにではなく、毎日のように張り紙を持って屋上前の階段に通った。後輩ちゃんも週の半分はやってきて、俺をからかっては上機嫌で戻っていった。そんな昼休みが、先月に俺が卒業するまで続いていたのだ。

 我ながら驚きではあるが、校外での関係もあった。デート――図書館での勉強はデートだ――したり、二人で買い物――俺は荷物持ちだったので買ったのはひとり――したり、二人で松西高校の文化祭に行ったりもした。そして――、



「――ぱい……せんぱい?」


「んぁ? ああ、どこかわかんないか?」


「はい。ここなんですけど――」



 そして、後輩ちゃんの家で勉強を教えたりもしている。ちなみにリビングだ。

 ……言っておくが、俺から言い出したことではない。後輩ちゃんが「図書館じゃせっかくせんぱいがいるのに教えてもらえないし荷物が重いんですっ!」と、謎の半ギレ&早口で言ってきたので場所を変えたまでだ。

 俺に下心がないとは言わないが、変な気をおこす気はない。第一、今この家には後輩ちゃんの母親がいるのだ。



「――だからこうなるんだよ。はいじゃあ同じように解いてみな」


「はいっ!」



 うんうん。理解できるのは楽しいからね。そんな元気に問題が解けるのはいいことだ。


 かりかりとシャーペンを動かして演習している後輩ちゃんから視線をずらすと、裏向きになった問題集が目に入った。俺なんかはこんなのにいちいち名前を書いたりはしないが、几帳面な後輩ちゃんのことで、その右下にはいつか教えてもらえなかった名前がこれまた綺麗な字で綴られている。


 日向ひなた 小冬こふゆと。


 正直に言うと、後輩ちゃんの名前はしばらくして俺の知るところとなった。これほどの美少女のことである。学校中に名前と共に知れ渡り、六月には知らない人などいない状態になっていた。俺はそれでも「後輩ちゃん」と呼び続けているが、そのころ後輩ちゃんが立ち入り禁止区画に不法侵入する回数が多かったのは、きっと偶然ではないだろう。



「お?」



 と、そんなことを考えていると右肩に重みが加わった。

 見れば後輩ちゃんがすぅすぅと寝息を立てて寝ている。そしてどこか甘い匂いも漂っている気がしなくもない。こんな状況は初めてだが、何も慌てることはない。まずは後輩ちゃんの頭に手をのせて――ってちがーう。後輩ちゃんが高校に合格するまではこの気持ちに蓋をするって決めただろ! スキンシップ、まして寝てる後輩ちゃんになんてダメ、絶対!

 ふぅ。……まぁ、疲れてるんだろうな。学校の鬱陶しい奴らとか、昼の息抜き――になっていたと俺は信じている――の時間がなくなったこととかで、疲労が溜まっているんだろう。……このまま眠らせてあげよう。時刻は午後四時。既に三時間も勉強した計算だ。ここで終わりにしても全く問題はない。というかこの調子だと高校一年の範囲まで履修できる。


 じゃあ挨拶して帰る……前に、後輩ちゃんをソファーに運んでおこうそうしよう。椅子で寝ると体が痛くなるかもしれないしな、うん。

 そう思い立ち、右肩にのる頭を滑らせて右腕で支え、左の腕で膝裏を持つ。俗に言う“お姫様抱っこ”だ。……え? スキンシップだって? ちゃうちゃうこれは善意による行動。距離を縮めるものじゃないからノーカンさ、ははは。……誰にともなく見苦しい言い訳をしながら後輩ちゃんをソファーに寝かしつける。手を抜く際に俺の右手が動いて頭をなでた気がするが気にしないきにしない。



「……またな。後輩ちゃん」



 さてと、それじゃあ本当に帰るか。

 リビングを出て台所へと向かう。ここももう慣れたつくりだ。



「あら透流とおる君。どうしたの?」


「あ、小冬さんが寝てしまったので、ソファーに運んでおきました。僕はもう帰ろうと思いますので、挨拶にと」



 「小冬さんが寝てしまった」のあたりで、お母さんの目がキラーンと光った。これまでの経験からすると、これはまずいスイッチだ。

 後輩ちゃんの母親は、基本的には娘思いの大変温厚な女性である。後輩ちゃんもそう評しているし、俺がこの家に上がり始めたころも頻繁に俺たちの――主に俺の様子を見に来ていた。……まぁ、回数が二桁を越えたあたりから、俺を信用してくださったのか後輩ちゃんから何か言われたのか、それはなくなったが。

 そんなお母さんなのだが、ときどき妙なスイッチが入るのだ。



「ねぇ透流君。今日も娘に勉強を教えてくれたのよね?」


「はい、そうですよ。まぁ、小冬さんは飲み込みが早いので僕の出番はあまりありませんが」


「今はそんなことはいいのよ。ねぇ透流君。普通男の子が何も思ってない女の子の家に毎週毎週ただ勉強を教えるために来ると思う?」



 思わないです、と素直に言えるはずもなく笑みを無理やりつくる。



「……僕の勉強にもなりますから」


「本当に? あの佐文 透流のためになるの?」


「…………」



 笑顔が固まった。



「娘は――小冬はあなたのためとか言って調べようとはしてなかったけどね、私は色々と見させてもらいました。ごめんなさいね?」



 ……はぁー、年貢の納め時、か。突然すぎるけど腹くくるしかないな。てか見たって……両親のこともバレてんのかな。



「交換条件といきましょうお母さま。小冬さんの第一志望校を教えてください。現時点でいいので――お母さま?」


「お……お義母さま……! そう呼ばれる日が来るなんて……! も、もうそんなことまで考えてるのね! いいわ! 私は認めます! そして私が認めるということは旦那も認めるということよ! 今はまだみたいだけど、絶対に小冬を捕まえなさいよ! あ、あと小冬の第一志望は県立松西高校よ。だから安心なさい! それじゃあね!」



 いつぞやの後輩ちゃんの様な、親子を実感させる早口で言い去ったお母さん。た、確かにお母さん自身に「お母さま」と言ったのは初めてかもしれないけど……。

 あの……用意した年貢とくくった腹はどうすれば?



「あ、そうだ。私は口出ししないからひとりで頑張るのよ!」


「は、はい……」



 本人より先に母親から交際――結婚じゃないよな?――の許可が出るって……まじどゆこっちゃねん。









 それから月日は流れ、無事に後輩ちゃんは松西高校に合格した。

 どうやら後輩ちゃんは、受けたのは松西でしたドッキリをしたかったみたいだけど、残念ながら知ってた。ごめんよ。


 それから卒業式やらなんやらで忙しい時期も過ぎ、俺も後輩ちゃんも春休みになった。

 そして俺は今日は久しぶり――と言ってもひと月は経っていない――に後輩ちゃんの家にお呼ばれしている。ちなみに、我が佐文宅はダメだ。弟の歩武がだいたい女を連れ込んでるからな。さすがにヘンなことをしない分別ぐらいは歩武にもあるだろうが、そもそも後輩ちゃんの私服をあいつには見せたくないからやっぱりダメだ。


 チャイムを押して、ドアが開いたので中に入る。



「おじゃましまーす」


「こんにちは。なんかせんぱいと会うの久しぶりですね」


「おう、こんにちは。……この前の入学者説明会で会っただろ?」


「あれは会ったんじゃなくて見ただけですよ。せんぱいは壇上で話していたじゃないですか」


「いーや。俺は後輩ちゃんのことちゃんと認識してたからやっぱり『会った』であってるな」


「屁理屈じゃないですか……」



 軽口を叩きあっているように見えて、その実、俺は後輩ちゃんのことしか見ていなかった。いつもはあまり気にしていない後輩ちゃんの服が、今日は妙に気になるのだ。

 今日の後輩ちゃんの服は、薄水色の基調に柄がついているワンピース。いや、この服自体は前から着ていた気がする。それじゃあお化粧か? いや、お化粧も前から――具体的には後輩ちゃんが中学二年の夏ぐらいから、薄くだけど、ときどきしていたはずだ。俺としてはお化粧していてもしていなくても、どっちもかわいいのでどっちもいいんだが。どっち“で”もじゃないぞ。ここ大事だからな……って何かで見た。



「あ、今日は家に親がいませんので」


「お、おう。そか」



 親がいないのも別に初めてではない。いつも通り勉強して――あれ? 今日はなんで呼ばれたんだっけ。

 そこはかとない違和感を意識しつつも、いつものように勝手知ったるリビングに通される。



「なぁ、後輩ちゃん。今日は何するんだ? さすがに勉強ってわけでもないだろ?」


「お、せんぱいでもそこはわかりますか」


「おいどういうことだそれ」


「ふふふ。さぁ何をしましょうか?」



 ……まぁ、誤魔化してても仕方ないよな。

 俺が自分で決めていた、後輩ちゃんの合格も無事達成してくれた。自分でも意味がわからないけど、後輩ちゃんの母親の許可もある。

 そして何より。始まりのあの日に俺との会話を望んでくれたのは後輩ちゃんだったのだ。次は、俺から踏み出さないでどうするってんだ。

 ……あと最後に付け足すなら、この一年間ほぼ生殺し状態だったのだ。正直もう限界。


 そうだな。まずは俺のことを後輩ちゃんに知ってもらうか。お母さんも、後輩ちゃんは調べてないって言ってたし。


 後輩ちゃんをソファーに座らせ、俺も隣に腰掛ける。そして、話し始めた。



「……あのさ。俺はテレビで“神童”なんて呼ばれてるんだ」


「はい。知ってます」


「だけど親も金だけ取ってどっか行っちゃってさ。産んでくれたことには感謝してるけど、あんまりだよな」


「っ……そう、だったんですか」


「だから歩武のためにも俺は更に頑張っちゃって、それで小学校のときはあんまり皆と関われなかった」


「はい。だからあんなところに居たんですね」


「うん。でもそれだけじゃなくて、後輩ちゃんの言ってた通り、俺に寄ってくる連中がうるさかったってのもある」


「はい」


「だけど一番ショックだったのは、歩武に一度だけ『透流君』って言われたことなんだ。あいつはたまたまテレビでそれを見てて、魔が差して真似しただけなんだ……! それはわかってる。でも、俺は『兄ちゃん』って呼ばれなかったことがものすごく……辛かった」


「……うん」


「でも! あいつは……歩武はっ! 本当は俺だってわかってるんだ。歩武が女の子を連れ込んでるのは俺のためなんだって!」


「……え? どういうことですか」


「あ、後輩ちゃん。もうちょっとシリアスな感じでいこう」


「あ、はい」


「……こほん。――俺のためなんだって! 歩武は俺のために、ご飯の準備をしたり、家計簿をつけたりしてくれてるんだ……! そのために女の子を頼ってるに過ぎないんだよ……」


「…………うん」


「でな、そんなときだったんだよ。後輩ちゃんに出会ったのは。……あ、さっきまでのも事実だけど、ここからは本音だからよく聞いとけよ?」



 いやぁ、俺が噓泣きしたら後輩ちゃんがノってきちゃったよ。

 あ、ちなみに“神童”も、俺の状況も、蒸発も、「透流君」事件も、歩武のことも全部事実である。

 違うのは、俺がもう泣くほど気にしていることなんてないということだけだ。……あと歩武にも下心くらいはあると思う。



「…………うん」


「まぁ、そんなときに後輩ちゃんと会ってさ。なんというか、俺は救われたんだよな。後輩ちゃんは俺にも普通に接してくれて、『せんぱい』って変わらずに呼んでくれて、俺は救われたんだよ。うん、そんな感じ」


「……わ、私もですよ! せんぱいの境遇とは比べ物になりませんけど、私もこの容姿のせいで――いえ、今は感謝してますけど――色々と期待されて、でもせんぱいだけは『後輩ちゃん』って接してくれて。それに勉強も教えてくれました。私、本当に感謝してるんですよ。それこそ――」


「まてまてまてまて」



 後輩ちゃんにセリフを取られそうになって慌てて遮る。

 そいつは俺の役目だ。



「……実はさっき言いそびれたことがあってだな」


「はい。なんですか?」


「――今度は君の名前を教えてくれ」


「っ――――ひなた……日向 小冬です」


「じゃあ――小冬。好きだ。付き合ってくれ! お母さんの許可もある!」


「は、はいっ! もちろ――ん?」



 後輩ちゃん――小冬の動きが止まる。大方お母さんの下りで脳がショートを起こしたのだろう。

 でもな……? そんな固まってていいのか? 悪い男が奪っちゃうぞ? こういう風にな。


 いつぞやのように固まる小冬に、顔を近づけていく。

 はっと我に返った小冬が反射的に顔を逸らそうとした時にはもう遅い。その顔はしっかりと俺の手が捕まえている。

 そして――、


 唇が重なった。


 もちろん、俺も、そして小冬も初めてだ(と思う)。なんか、小冬と――好きな人とキスをしているという一体感がすごい。それは向こうも同じなのか、もう完全に俺に体を預けている。


 されど、呼吸も無限には続かないもので、どちらからともなく離れる。

 しばらく二人で黙っていると、小冬が口を開いた。



「……せんぱ……透流さん。私、初めてだったんですからね? 責任取ってくださいよ?」


「それは返事ってことでいいのか?」


「もちろんです。むしろ…………私のほうが先を行ってるまでありますよ?」


「ちょっ……それはいったいどういう――」



 ――唇をふさがれる。


 そして、あっと思う間もなくその感触は消えて、名残惜しく思いつつも小冬を見ると――、



「はいっ! 私もずーっと好きでしたよ。っ!」



 満面の笑みを浮かべた、今までで一番|愛(いと)しいと断言できる、の姿があった。

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