テンプレ幼馴染(?)を持つとテンプレに収束する

いぷしろん

テンプレ幼馴染(?)を持つとテンプレに収束する


初衣ういはテンプレ幼馴染だと思うんだよ」


「……突然どした。またなんかに影響された?」



 話しかけた俺に返ってきたのは、なかなかにひどい言葉だった。普段の初衣が俺のことをどう思っているかがわかる発言だ。



「違う違う、ちょっと思うところがあってだな」


「ふーん。ま、なんでもいいけど、ひとつだけ言わせてもらうと、そもそも幼馴染ではないと思う」


「何を申すか」



 一番大事なところを否定されて変な言葉が口をつく。



「いやだってあれでしょ。幼馴染って幼い頃から一緒に育った関係でしょ? 私たちはせいぜい中学からの関係だと記憶してるけど?」


「なるほど……。じゃあそれはいったん置いといて」



 と手を左にどかすジェスチャー。



「テンプレ幼馴染はとても貴重な存在だということを理解してほしい」


「は、はぁ……」


「だからそのアイデンティティーを簡単に否定しちゃダメだ」


「う、うん……うん?」



 首をひねる初衣。まぁ細かいことは気にしないほうがいいと思う。



「それでなんで初衣がテンプレ幼馴染なのかってことなんだけど」


「あ、うん。じゃあどーぞ」


「まず、テンプレ幼馴染で大事なのはかわいいことなんだよ」


「……私かわいい?」



 右を歩く初衣が俺を見上げてくる。かわいい。とてもかわいい。

 でも、ここは俺のテンプレ幼馴染論にのっとって説明しよう。



「いや、一概にはそうとも言えないな」


「え」


「テンプレ幼馴染に必要なのは客観的かわいらしさじゃなくて、主観的かわいらしさだと俺は思ってる」


「……じゃあ紅秋こうきは私のことかわいいと思う?」


「……じゃなかったら初衣のことテンプレ幼馴染なんて言わないな」


「そ、そか」



 初衣は前を向き直って小さくつぶやく。

 その頬は赤くなっていて、俺はやっぱりかわいいことを再認識した。



「次は男との距離感がおかしいこと」


「私おかしい?」



 予想通りだけど自覚なしかよ。

 仕方がないと、俺は足を止める。初衣も立ち止まって怪訝そうにこちらを見る。



「よし、じゃあもうちょっと下を見てみようか」



 つつーっと初衣の視線が下がっていって、首を過ぎて肩を越して、腕のあたりにまできた。

 それは俺の腕でもあるけど、初衣の目には初衣の腕も映っていることだろう。



「はいストーップ。何か言うことは?」


「……全然わかんない」


「あのな? 高校生にもなって、付き合ってない男女がこんな腕が当たるような近距離で歩くのはおかしいんだよ? 俺の身にもなってほしいんだが」


「あ、嫌だったの?」


「んなわけあるか。真逆の意味だよ」


「……なるほど」



 と言って初衣は再び歩き出した。

 そして、なぜか俺の手も前に引っ張られて体が動き出す。



「……あの、初衣さん? 話聞いてました?」


「もちろん。それでテンプレがなんだって?」


「いや、手が……」


「――なんだって?」



 難聴系のテンプレを導入したのかしていないのか、どうやらこの手については突っ込んではいけないらしい。

 俺はできるだけ手のほうに意識を向けないようにしながら話を再開した。



「続いて頭がいい」


「……これに関しては絶対に違うでしょ」


「なんかごめん」



 初衣は……まぁ、頭がいいということは決してないだろうが、学年の半分よりは上なので相対的に見て頭がいい部類だからセーフ。なんて頭の中で自己完結させておく。



「あとは……ツンデレ?」


「疑問形なの?」


「うーん。初衣はツンデレというよりは感情が顔に出にくいだけだからな、と思って」


「……私は別に感情が出にくいというわけじゃなくて、ただ紅秋の前だと無表情になっちゃうだけ」


「じゃあやっぱりツンデレってこと?」



 そう訊くと、初衣は小さくうなずく。

 ……ここでうなずく時点でツンデレとはほど遠い別の何かだと思うけど、まぁいいか。



「あとは――だいたい何か特別なエピソードとかがある、とか?」


「それなら中一のときのことじゃない?」


「え、なんかあったか? 特に劇的なことはなかったと思うけど」



 言ってから、失言だったかもしれないと気づいた。

 初衣があると言ったからには何かがあったのだろう。それを俺が憶えていないというのは、ちょっとあれなのではないのだろうか。

 案の定、初衣はため息をつく。でも、つなげられた手を離したりはしなかった。……あるいは、解放してくれなかった、ということなのかもしれない。



「はぁ……紅秋はそう思ってないとは思ってたけど、私も紅秋にはけっこう言いたいことがあるんだ」


「……例えば?」



 何か、決定的なことを言われる気がした。

 曖昧な俺たちの関係を変えるかもしれない、決定的な言葉。



「私に話しかけてくれたこと。塩対応だったと思うのに、しつこ……めげずに絡んできたこと」



 おい、今しつこくって言おうとしただろ。



「――名前で呼んでくれたこと。遊びに連れて行ってくれたこと。名前で呼ばせてもらったこと」



 初衣の顔は既に真っ赤だった。紅葉のような、俺の色。



「――家に遊びにきたこと。友達にからかわれたこと。遊びに連れて行ったこと。私と妹を間違えたこと」



 一瞬だけ、初衣の声色が鋭利なものになる。あれはまじで反省してる。

 でもそれは本当に一瞬のことで、次には初衣の手が俺のをぎゅっと強く握る。



「――同じ高校に行けるように勉強したこと。高校でクラスが変わっても離れないでいてくれたこと。それから……私に、恋を――」


「――実はテンプレ幼馴染にはもうひとつだけ絶対にはずせない特徴があるんだ」


「…………」


「つまりは、両片想いってことなんだけど」


「…………」


「初衣?」



 そこまで初衣には言われたくなくて、俺的にかなりの勇気をふり絞っての告白だったのだが。初衣は、うれしいような悔しいような、複雑な感情らしい。



「……私が言いたかったのに」


「いやあの、一応告白のつもりだったんだけど」


「……その気持ちは片想いなんかじゃないよ。私と同じ。さ、帰るよ」



 初衣は俺に目を合わせて早口で言い切ると、また俺の手を引っ張っていく。ツンデレですか?



 ――わかっていたことだ。確信はあったし、初衣もたぶん俺と同じ確信があっただろう。でも、俺たちはやっぱり本当の幼馴染のような長い時間は一緒に過ごしてなくて、だから確認が必要だったんだ。

 幼馴染から時間と共に変わるような関係ではなくて、女の子の親友から恋人へと明確に関係を変える瞬間が必要だった。それがたまたま今日になっただけのことで、それでも俺はうれしかった。


 初衣は幼馴染じゃないけど、幼馴染以上に理解しているし、かわいいし、俺に甘えてくれるし、ちょっとぽんこつでもそんなとこも大好きで、もしかしたらありふれたテンプレートになっている恋なのかもしれないけど、俺のこの気持ちは多数にむける定型の感情なんかじゃないと断言できる。


 そんな唯一無二の女の子は、足を少しはずませながら、俺をどこまででも連れて行ってくれそうだった。

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