第68話 待ち望む者

「それで…実はその時以外にも彼女の前で立ち止まる黒狼を見たんだ」


「え、それっていつですか?」


「…前回のクエストの…彼女が殺される寸前だ」


梅垣は少し間をおいて、内野から目を逸らしてそう言う。


それじゃあ…梅垣さんは新島が死ぬ瞬間を見ていたのか。


「数人で交戦していて、助けようとはしたがいつものように俺は負け隠密スキルで逃げた。そこにいた者達を置いてな。

俺は彼らが殺されるのを退きながら遠目から見ている事しか出来なかった。


黒狼はみんなを殺し、最後に残った一人は彼女だった。だがさっきまで暴れまくっていた黒狼は彼女の目の前にして立ち止まった。

と言ってもほんの数秒だ、その後すぐに噛み殺された」


明かされる新島の死の真実に、内野は胸が痛くなる。


「その…新島は…苦しんだりはしていませんでしたよね?」


「ああ、首だったから間違いなく即死だ。あいつは故意に相手を苦しませて殺す事はしないからな」


そうか…ならまだ良かった…


そうは思っても胸の痛みは止むことはなかった。


「こんな時に呼び出して悪かった、もう仲間の所へ戻って良いぞ。

…今回で会うのが最後になる者もいるかもしれないからな」


内野の悲痛の表情を見た梅垣はそう言い、内野に背中を向ける。


梅垣さんは実際に仲間を沢山亡くしてるもんな。もし俺も同じ立場なら黒狼が憎くてたまらないし、梅垣さんが噓をついてでも黒狼を倒したいと思うのも分かる。

俺の今感じている胸の痛みを抱えたまま、ずっと一人で戦ってたのか…辛かっただろうな…


少し考え、一言だけ言いたかった内野は立ち去ろうとする梅垣を呼び止める。


「梅垣さん」


「ん、どうした?」


「新規プレイヤー達に噓をつく決断をしたのは俺も同じで、木村君や松平さんを説得したのも、全部自分からしたものです。

なので…一人で全部背負わなくて良いんですよ」


「…」


内野のその言葉に梅垣は黙り込む。

フードを深く被っており目元がよく見えないので、どんな表情をしているのか分からないが、僅かに口元が緩んでいるのが分かった。


「まぁ…俺はまだレベルも低いしクエストの経験も少ないので、梅垣さんと対等に仲間と言えるかどうかは分かりませんけどね」


「なら共に新規プレイヤー達に噓をついた共犯者って所か」


梅垣はそう言うと内野に背中を向け、今度は隠密スキルを使ったのか直ぐに姿は見えなくなった。



梅垣との話が終わり松野と話して居た所に戻ると、そこには工藤と進上もいた。


「あ、内野。このお前の仲間って人達に色々教えてもらってたんだ」


作戦が決まった後はいつものように松平が新規プレイヤー達に色々教えていたが、それでもまだ説明不十分な所が沢山ある。それを工藤と進上の二人が松野に教えていたようだ。


「内野君、いい知らせがあるんだよ」


「どうしたんですか?」


「松野君の持っているスキルが、魔物から逃げるのに使えそうなスキルだったんだ」


「本当ですか!?」


進上のその良い報告に内野は喜び、すぐに松野のステータスを教えてもらう。

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【レベル1】 SP2 QP10

MP 49

物理攻撃 4

物理防御 4

魔法力 5

魔法防御 3

敏捷性 5

運 2


【スキル】

・テレポートLv,1(30)


【パッシブスキル】

・隠密の一撃Lv,1

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「このテレポートってスキルね。念じた場所に一瞬で移動するって感じじゃないかしら」


工藤言う通り、名前からの想像通りなら一瞬にして他の場所に移動出来るというスキルだ。


「俺のMPだと一回しか使えないから使い時は見極めないといけないな」


「いや、QP10で買える魔力水ってやつを買えば二回使えるぞ。お前は発煙筒を買わなくて良いしQPは足りるしな」


内野にそう言われると、松野は何か言いたげな表情になる。


「ん、どうしたんだ?」


「…なあ内野。俺に一つ発煙筒を買ってくれないか?」


「!?

さっきも言ったけど、お前は発煙筒を使わなくて良いんだって!

これを使ったら魔物にも場所を教える事になるんだぞ、危険だからダメだ!」


「でも俺なら魔物に見つかってもスキルで逃げられるだろうし、その逃げる前に発煙筒を使えれば問題無いんじゃないか?

それに俺が発煙筒を使えばその魔物と遭遇する人も少なくなるんだろ。俺も少しは役に立ちたいから…これぐらい許してくれないか?」


松野は手を合わせてお願いしてくる。

少し悩んだのち、内野は考えをまとめ松野にそれを話す。


「…お前が誰かの役に立ちたいと思っているのは分かった。だから2色の発煙筒を渡してやる」


「本当か!ありが…」


「待ってくれ。これを渡すのは良いのだが、今のを聞いて一つ不安が出来たんだ。

もしかすると、お前は目の前で魔物に襲われている人がいたらそれを助けようとするんじゃないかってな…」


小西の事件の時、松野はたかが数日の付き合いの俺を守るために手加減していた。(56話)

そんな奴だから、こっちでも自己犠牲の精神で誰かを助けようとするんじゃないかと不安なんだ。


「いいか?絶対に誰かを助けようとして無謀な事をしないでくれ。辛いだろうけど、誰かが襲われてても逃げるんだ。

弱そうな魔物であっても武器が無ければ勝てないし、一人で突っ込む様なまねしないでくれ」


「俺はそれほど勇敢じゃないし大丈夫だ。

魔物って奴らは容赦なく殺しに来るんだろ、そんな相手の前に出れるほど俺は強くない」


「…信じるぞ」


松野のその言葉を信じ、内野はQP4を使い発煙筒を2つ松野に渡そうとすると、進上が割って入ってくる


「松野君の発煙筒は僕が買うよ。前回のクエストで沢山QPを稼いだから、今は手持ちにQPが27あるんだ」


「でも…流石に進上さんに奢ってもらうのは…

って、QP27なら帰還石買えるじゃないですか!どうしてこんな危険なクエストなのに買わないんですか!?」


「僕だけじゃないさ。松平さんや大橋さんも帰還石を買えるQP持っているのに、二人ともクエストに挑むつもりだよ。

さっき二人に話を聞いたけど、松平さんは君の説得のお陰で勇気が出たらしいんだ。黒狼を倒して新しい環境を作り、飯田さんを生き返らせて新たなスタートを切るため。

大橋さんは前回のクエストで黒狼に追われている時、内野君と違って逃げる事しか出来なかった自分が嫌になったんだって。


まぁ…僕も帰還石使わない理由があるんだけど、二人に比べたら微妙なものだから言わないでおくよ」


進上はそう言いながら帰還石を手渡し、松野は礼を言う


「あ、ありがとうございます」


「いやいや、前回のクエストで内野君には助けられたからね。そのお返しとしては安いものだよ」


進上が4QPを「お返しとしては安いもの」と言うので、なら松野に帰還石を買ってくれないかと言ってしまいそうになったが、流石にそれは口にする前にしまい込んだ。


その後、内野がお礼を言ったタイミングで工藤の腕時計のアラームが鳴る。


「あ、あと数分でクエストが始まるわね。アラームかけてたのすっかり忘れてた」


工藤のその言葉を聞き、少し遠くにいたプレイヤー騒ぎ出す。

これから始まるのものが本当に自分の命が掛かったものだと知らない新規プレイヤー達だ。


「お、始まるらしい」

「お金稼いで借金返すぞー!」


彼らを見て罪悪感が内野を襲うが、仕方ないものだと割り切る。


ようやく訪れた、俺が待ち望んでいた、友達に囲まれ幸せに凄す日常生活。

そこには松野がいないといけない…これを壊されてたまるか。

それにまだ正樹とも仲直りしないといけない、やるべき事があるんだ。


今回で梅垣さんが黒狼を倒してくれるのを祈ろう。俺は自分に出来る事をすれば良いんだ。

俺が確実に勝てないであろう黒狼と無冠の王の使徒、この二匹に遭遇しない様に行動し、勝てそうな魔物とだけ戦う。


横に居る3人の顔を見ると、松野と工藤は緊張しており顔が引き攣っていたが、進上だけは違った。まるでクエストを待ち望んでいたかのような表情だ。


何故なのかと聞く間もなくクエストの時間となり、プレイヤー達は青い光包まれていった。

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