第41話 黒狼と梅垣

「松平さん、もしかして何か隠し…」


「あぁー!杖買いたいのにQP1足りない!」


内野がさっきの松平を不審に思い尋ねようとすると、工藤が頭を抱えてそんな声を出す。


「工藤さんってこんな状況なのに元気ですね…僕なんか少し震えてるのに…」


「でもこれぐらいが丁度良いのかもしれませんね。リーダーがいなくなったのが不安で、皆さん本調子じゃない感じですし」


工藤の能天気さを羨む木村と井上だが、内野はそんな工藤が少し心配でもあった。


ファミレスで工藤の心境を聞いたけど…もしかして無理してるのか?本当は自分も不安だけど、それを隠すための虚勢なのかもしれない。


だがそんな工藤を見て、他の皆は不安で引き攣った表情が緩み、少しほっとした表情になっていた。


「そうだ、一つ気になる事があるんです…

どうして最古参の人って一人しか残っていないんですか?以前言っていた、スライムのクエストで全員死んじゃったって事ですか…?」


皆の表情が緩んだのを見て、新島は松平にそう尋ねる。


多分聞きにくい話だから聞くタイミングを窺ってたな。

そういえば前に梅垣って人の話を聞いた時も、最初のクエストから参加して今も生きてる人は一人しかいないって言っていた。これは俺も気になるしナイスだ新島。あと空気を良くした工藤も。


「…そう。強い人達の大半は一か月前のスライムのクエストで殆ど死んじゃったんだ。今残ってる『梅垣海斗』さんもスライムのクエスト以来姿を消しちゃって詳細は分からないけど」


それから松平さんに過去の事を話してもらい、取り敢えず大体の流れが分かった。

大まかに出来事をまとめると以下の様になる。


19回前 最古参達

18回前 川柳 初クエ

16回前 飯田・松平 初クエ

9回前  スライムの大惨事、大量の死者が出る

2回前  俺達 初クエ


             

19回前が初のクエストで、そこから9回前までは大量の死者が出ず比較的平和だった。そして最古参の人達も十数名いた。

だが9回前のスライムの時、他の者達より能力の高い最古参のメンバーが全滅した。


この時は発煙筒の色により意味が分かれるようにしていた。発煙筒の色は6種類ある。

当時のリーダーが黒の発煙筒を使い、そこに腕に自信がある者が集まる。そしてターゲットを倒す、もしくは大量に魔物を狩るといった事をしてクエストを乗り越えていた。


その作戦はスライムの時にも行われていたが、黒の発煙筒に向かった者は誰一人生きて帰ってこなかった。

当時、赤・緑色の発煙筒の元には戦いに不安がある者が集まっており、その者達の護衛を飯田・松平・川柳はしていたので、3人は無事だった。


だがこれ以降も問題が起きた。

強いメンバーが全滅し、腕に不安がある者も戦わざる得ない状況になった。

これにより、今まで魔物とまともに相対した事が無かった者達は魔物の恐怖を知る。そして強制参加させられるクエストに恐怖し、中には自ら命を絶つ者も数名現れるほどだった。


これは当時リーダーがおらず、頼れる者が居なかったのが原因とされたので、今まで献身的に人を助けてきた飯田がリーダーをする事になる。



「こんな流れだね。そしてまた今回もリーダーがいなくなったから、前みたいに自殺しちゃう人が現れるんじゃないかって不安だったんだ。

まぁ…前のリーダーの時は、積極的に魔物を倒してくれるリーダーに甘えすぎてたからああなっちゃたんだと思う。

飯田さんがリーダーになってからは、自分で身を守れる様になった人が多くなったから杞憂だったかもしれない」


飯田さんも松平さんも凄い苦労したんだな…

二人や川柳さんは以前からも人の為に戦っていたわけだし、リーダーになるのも頷ける。

さっき松平さんが隠してた事も、彼女が話したくないのならそれでいいのかもしれない。話してくれる時が来るまで待とう。


「飯田さんって…何だか本当の英雄みたいな人だったんですね。僕も盾のスキルがありますし、あの人みたいになりたいです!」


同じ盾持ちという事もあり木村は飯田に憧れを抱き、決意を口にする。


「ふふ、リーダーの事をそう言ってもらえると私も嬉しいです。

でも実は、初クエストの時にQPの全てをランダムガチャに使うぐらい計画性なく行動する人だったんですよ。

運のステータスを上げてないのに福袋にQPを費やし、良いアイテムを手に入れて一人ではしゃいだりもしてました。

…飯田さんは特別な人ってわけじゃなく、皆さんと同じく普通の人だったんです。だからきっと、強いこころざしさえあれば彼みたいになれますよ」


飯田の事を語っていると、松平の目は徐々に潤み、声は少し震えていた。


…松平さんは俺達よりも長い間飯田さんの傍にいたんだ。そんな彼の事を思い出させる様な事をして…少し悪い事させちゃったかもしれない。


でもまさか飯田さんがガチャにQPを費やすギャンブラーだったとは思わなかったな。もしかして赤い鎧が胴体にしかなくて不格好だったのも、それで手に入れた物だったからなのか。


「ごめんなさい、思い出しちゃって少し泣いちゃいました。でも私は大丈夫です。私は必ず彼をみせます!」


「…!?死んだ人を生き返らせる方法があるんですか!?」


松平の発言に、内野達は驚き聞き返す。


「はい、蘇生石というQP50のアイテムを使えば可能らしいです。

私はあまり関わりがありませんでしたが、最古参の人が一回このアイテムを使った事があって、クエストで死んでしまった人がしっかり生き返ったらしいんです」


急いでショップを開いてそのアイテムの説明欄を見てみると、この様な表示が出る。


--------------------------

蘇生石  必要QP50


『この石を所持しながらとある死者の蘇生を願うと、その者の魂は再生され蘇る』


 購入しますか YES/NO

-------------------------

それじゃあこのアイテムさえ買えれば飯田さんは生き返るのか!


「現時点で私はQP36持ってるから、上手くいけば今回でQP50に届くかもしれない。だから今回は自分のQPを稼ぐことを最優先に考えて行動したいと思う。前回のクエストみたいに魔物が沢山いれば良いんだけど…」


きっとリーダーを生き返らせられるという希望のお陰で、松平さんは立ち止まらずに前へ進めている。

これは他人事なんかじゃないな…もしも新島達が死んでしまったとしても、きっと俺も松平さんみたいにその希望のお陰で前に進めるだろう。




そんなこんなで時間が経過し、そろそろクエストが始まる時間になる。


「内野君と工藤ちゃん、ちょっと話があるからこっちに来て」


クエスト開始時間ギリギリになった所で新島に呼び出されたので、二人で大人しく新島についていく。



「新島、話って黒狼やローブ人関連の話?」


「良く分かったね…まぁこのメンバーだから流石に分かったか。

でね、松平さんの話を聞いて一つ考えたんだ。9回前のクエストで強い人達を大勢殺したのが本当にスライムなのかって…」


予想外の発言に内野と工藤は驚く。


「…黒狼がやったと言いたいのか?」


「そう。あくまでもその可能性が高いってだけだけど」


新島にそう言われ、もう一度よく考えてみる…

すると次第に新島の言いたい事が分かってきた。



そうか、分かったぞ!てかよくよく考えたら新島の言う通りだ!


俺達を襲ってきたスライムには強い人を優先的に攻撃する習性があったから、9回前のクエストで強い人が殆ど死んでしまった事に俺は疑問を一切抱かなかった。


だが、さっきは流して聞いちゃったけど、松平さんは一つ大切な事を言っていた。それは『梅垣はスライムのクエスト以降姿を消した』という情報。

つまり、スライムのクエストより前までは普通に居たという事になる。


仮に強かった人達を殺したのが黒狼だったと考えよう。もしもそうなら、梅垣さんが姿を消したのは黒狼と関係するって事になるだろう。


そして梅垣さんについて他に俺達が分かっているのは

・毎回黒狼の近くにいる(まだ二回しか見てないけど)

・何故か黒狼の存在を公表してない


せいぜいこの二つぐらいだ。

今の俺達から見れば、梅垣さんと黒狼は切っても切れない程密接な関係だとも言える。


以上の事から彼の行動が全て黒狼と関するものと考えると、強かった人達を大勢殺したのが黒狼であっても、一切違和感が無い。

というより、こっちの方なら梅垣さんが姿を消した理由が黒狼に関係する事になるし信憑性が高いだろう。


「…確かにそうだ。そう考えた方が、梅垣さんがそのクエスト以降姿を消した事も納得できる」


「ちょちょ、私を置いてかないで。いまいちピンと来ないんだけど…」


話についていけない工藤に、新島は簡単に説明をする。


「それじゃあ簡単に言うね。

もしも皆を襲ったのが黒狼なら、黒狼の存在を知ったから梅垣さんは皆んなから姿を隠すようになったという理由が出来るの。だからスライムよりも黒狼がやったと考える方が良いかもしれないって事。

…どうして黒狼の存在を知ったからって、わざわざ他プレイヤーからも隠れているのかは分からないけどね」


「あ、そゆこと」


ようやく工藤が理解できたタイミングで、皆の身体が青く光りだす。


「やば、もうクエストが始まる!」


「だね…今回も黒狼がいるだろうし、皆気をつけて」


「もしもあのローブの男が近くに居たら話を聞いておくわ!」


工藤が最後にそう言ったタイミングで転移し、広場には誰もいなくなった。

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