第7話 討伐対象:スライム2
無我夢中でゲジゲジから逃げる内野。いつの間にか剣を手放してしまっていたが、そんな事を気にしていられる余裕はなかった。
走りながら振り向いて魔物が追いかけてきてないか確認していると
ドッ!
「痛!」
「うわぁ!」
内野が後ろを見て走っていると何か柔らかい物を踏み、それでバランスを崩してしまい前に転ぶ。
一体何を踏んだのかと思い足元を見ると、ロビーでいた髪がぼさぼさな人が横になっていた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「うぅ…あ、あなたは…一緒に来た人…でしたっけ…」
考えるよりも早く謝罪の言葉が出た。
相変わらず声はかすれているし、しかも今踏んでしまったので少し苦しそうな声でもあった。
「だ、大丈夫ですか?」
「…うん、思ってたほど痛くはない…から。でもどうしてそんなに焦っていたの…?」
その言葉にハッとして後方を確認するが、やはりゲジゲジは追いかけてきていなかった。
「さっきまでデカい虫に襲われてて…それで急いで逃げていたんです。もう追いかけてきて無いので大丈夫でしょうけど」
ゲジゲジが追いかけてきてない事と人に会えた事、その両方のお陰で気が楽になる。
「そう…君の名前を聞いてもいい?
私の名前は
「あ、内野 勇太です」
お互い人と話すのが苦手だからか会話のテンポが悪い。それにしても、この人はクエストが始まる前から横になっていた。もしかしてここから一歩も動いていないのか?
「新島さんはずっとここに隠れていたのですか?」
「いや、私もさっき魔物に襲われて…今は見つからない様にこうして隠れていたの。
ステータスがあっても、走るのが得意じゃないってのは変わらないから、ここに隠れていた方が生存確率が上がるかと思って…」
なるほど、確かこの人は敏捷性が低かった。逃げるよりも隠れるのを選択した方が良さそうだ。
だが走るのが得意じゃないて…見た目からも察するに引きこもりなのか?
「ところで…あなたは討伐対象のスライムを見た…?」
「見てません、だからどんな見た目なのかとかは分からないですね」
「そう…どちらにせよ私は魔物に見つかったら終わりだと思うの…だからどうか私を盾にでも使って生き延びて下さい」
な!?いくら自分の能力が低くてもこんな諦めなくても…
「さっきスキルを発動させてみたから分かるの…たぶん私のスキルでは魔物に太刀打ちできない…。
それにサンダルだから走りにくいし、多分今度は逃げきれない」
「え、スキルを使ったんですか?」
「はい。試しにポイズンってスキル名を言ってみたら出来ました」
そう言うと新島は袖をめくり内野に左腕を見せる。
特白い肌だが、手首辺りにはリスカの跡が少しあった。
…?
「あの…どうして袖めくったんですか?」
「…自分の左腕にスキルを使ってみたの。
そうしたら右の
でも身体には何も異常が無いし、何の違和感もない。鎧の人はいいスキルって言ってたんだけど…効果がなかったんだ」
え、自分の腕に毒を使ったの!?
もしも命にかかわるものだったらどうするつもりだったんだ。リスカをした跡もあるし、自傷する事に慣れてしまっているのだろうか。
「あの…あまり自分を傷つける事に慣れちゃ駄目だと思うんです…せめて虫とか他の生き物にやった方が良いかと思います。
それに自分のスキルは自分には効果がないだとかありそうですし、遅効性の毒だとかいう可能性もあr…」
「…あ、そうだね」
そう言うと新島は掌を内野に向ける。
その瞬間に悪い予感がし背筋が凍る。内野は咄嗟に右に逃げるように踏み込む。
「ポイズン」
それと同時に、新島の掌から紫色の身体に悪そうな液体が噴出した。
内野は間一髪で避ける事に成功したが、噴出された毒は直ぐ近くにある木に付着する。そして毒の付着部分をみるみる色が悪くなっていく
もしも人に当てていたらひとたまりもないだろう。
あっぶな!
この女、何の躊躇も無く俺にスキルを使ったぞ!こいつには人の心が無いのか!?
さっきまで彼女の自傷行為を心配していた内野だったが、いきなり毒を掛けられた事に怒りそれどころでは無くなった。
「…何で避けたんですか?」
「何で俺にそのスキルを使おうとしたんですか!?」
「あなたが自分に使っても意味が無いと言ったから…てっきり、『俺に使って』という意味だと思って…」
決めた、この女は魔物に襲われた時に盾にしよう。
クエストが始まってもう2時間くらいは経過しただろか。その間この毒女と二人っきりだ。
その間暇だったので少し話していたのだが、どうやら彼女は引きこもりらしい。かすれた声になっているのは声を出すのが数か月ぶりだからだと。引きこもる原因を詳しくは聞く事は出来なかったが、高校も途中まではしっかり学校に行っていたらしい。
恐らく高校でイジメにあったのだろう。
まぁ…いじめられた理由は何となく分かる。
だってこの毒女には倫理が無いもん。
ザッ ザッ ザッ
体力を使わないように座って待機していると、何者かの足音と草をかぎ分ける音が聞こえくる。
ま、魔物か!?ヤバい…剣が無いから逃げるしかない!
剣も無く戦うという選択肢が取れない内野は立ち上がり、逃げる準備をする。
「早く立って!向こうに逃げるよ!」
「う、うん…」
新島を盾にするという考えを忘れ、内野は新島の手を取り立ち上がらせる。
そして腕を引っ張り一緒に逃げようとすると
「そこに誰かいるの!?待って!僕は魔物じゃない!」
音の方向からは人の声がした。それに気が付いて逃げる足を止め、後ろを振り返る。
そこにいたのは、内野達と一緒に来たスーツ姿の男だった。
転んだのか全身土で汚れており、綺麗だったスーツは土まみれになっていた。
「あ、よかった…まだ僕以外にも生きている人が居たんだね…」
男は疲れているのか息が荒くなっている。まさか魔物から逃げてる最中じゃないだろかと思い、内野が警戒して一方下がると
「あ、大丈夫だよ。さっきスライムに襲われたんだけど僕の方には来なかったらみたいだから」
スーツの男は座り込みそう言う。
僕の方?さっきまで誰かと一緒にいたのか?
「あの、僕の方ってどういうことですか?」
「実は30分ほど前までは4人で行動してたんだ。そのうちの一人は周囲の魔物の場所を探知出来るスキルを持ってて、その人のお陰で安全に行動出来ていた…はずだったんだけどね…」
「そこでスライムに襲われ、全員バラバラに逃げたって事ですか?」
「そう。探知スキルを持っていた人によるとね、魔物は視界の狭い森の中で迷わず一直線にに僕らの元に向かってきて。しかも探知の範囲の内側からいきなり現れたらしいんだ。
最初はみんな一緒に逃げていたんだけど、探知スキルの人が「逃げ切れない」と言った瞬間、僕は共に行動してた皆に蹴飛ばされたんだ」
…きっと3人は、このスーツの人を魔物に襲われた時の囮にするつもりで一緒に行動してたんだろう。
誰かを囮にして逃げる、俺もさっきまでは同じ事をしようとしていた。だが実際に話を聞いて、ここまで胸糞悪い事だなんて思いもよらなかったら。
「転んだ時、既にスライムが目と鼻の先まで近づいて来ていたんだ。
スライムは軽自動車一個分位の大きさで色は赤かった。それにスライムは透けてて、中が見れんだ。そこにはドロドロに溶けた人間の死体らしき肉塊が埋まってた…
それを見た瞬間死を覚悟した…走馬灯も見えたよ。自分も今からドロドロに溶かされて死ぬんだと思ってね…
でもね、不思議な事にスライムは僕を無視して、逃げた3人の方に向かって行ったんだ。その時は訳が分からなかったんけど、とにかくスライムの向かった反対側に逃げることにした。
こうして数分走っていたら紫色の蕾があるエリアに着いて、そこの近くでこの剣を見つけたんだよね。
もしやと思い地面をよく見て足跡を探してみると人間の足跡あって、それを辿ってここまで来たんだ」
「あ、それ僕の剣です!」
「あぁ君の物だったんだね、はいどうぞ」
スーツの男は内野が落とした剣を持っており、すんなりと内野に手渡しで返してくれた。
だが刃はゲジゲジの毒のせいで溶けており、刃の部分はほとんど無くなっていた。
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