《機甲少女》といっしょ! - 機械仕掛けの人形少女は、あなたのお姉ちゃんになりたいのです -
遠野例
一章 人形少女の目覚めと何か
01.《再起動》
鉄の棺に護られた透明な筒の中に、少女は眠っていた。
ランディがその《
◆
家の地下に通じる跳ね上げ扉は、その頃のランディにとって未知と冒険に満ちた迷宮へと続く封じられた入り口だった。
冒険者として名を馳せる両親や兄のシオンが持ち帰った、武具や魔具や遠い土地の品々が、それ以外のありふれたものと一緒くたにおさめられた地下室は、兄や、それ以外の――とにかく『大人』と呼ばれるひとたちしか開けられないし入ってはいけないのだと厳しく言いつけられた、夢見る秘密の宝物庫だった。
それは、子供の力で無理をした挙句に重い跳ね上げ扉を開けそこね、指や手足――ことによっては首を挟んで取りかえしのつかない事態を招くことなどなくいられるようにという心配りからのことばであり、その真意を察することこそなくともランディは大人からの注意をよく守り、地下室へと入りたくなったときは兄のシオンを呼ぶのが常のことだった。
だが、繰り返し言いつけられた警告は、幼心にひとつの目標を築き上げた。
子供の力では決して開けない、重く硬く閉ざされた封印の扉。
即ち、
これを一人で開けられたら、晴れて自分もいちにんまえ!
――ともあれ、その日。
地下室の封印を解くべくランディが使ったのは、お伽噺が伝える魔法の呪文でも魔術師の叡智が生み出した封印解放の鍵でもなく、十二歳年上の兄シオンからたまたま教わったばかりの
誕生日のお祝いにと兄に作ってもらったかっこいい木剣の柄頭を取っ手に引っかけ、森の奥の河原で見つけてきたいい感じの石――ずっしり手に馴染む重さで手触りもいい、ランディお気に入りの宝物だ――を剣の下に挟み、上から刀身を踏んで体重をかける。
扉の縁に木剣が引っかかるたび、開いた扉の隙間に分厚い本を挟んで閉じないよう固定。少しずつ隙間を広げて跳ね上げ扉をこじ開け、最後はきれいにひっくり返した。
一回目は固定が甘くて、あやうく扉と床の間に手を挟みそうになったりもしたのだけれど――とにかくランディの力と知恵と勇気と悪戦苦闘を前に、宝物庫の扉はついにその封印を解かれたのだ。
そして、
「うわ――」
階段を降りた先の地下室は、広くて天井も高い。
幅も奥行きも、ランディが両手を伸ばして五人並んでもなお足りないくらい。
兄のシオンや現役冒険者の両親が集めた数々の武器・防具。フックに吊るした外套と
大工道具。シャベル。つるはし。無造作に積まれた麻袋。
何に使うつもりで置いてあるのかわからない材木やレンガ。植木鉢。などなど。
封ぜられた地下の宝物庫―― 一言で要約すれば、そこは物置だった。
地下だけあって窓のひとつもない部屋だが、その日の物置はなぜか明るかった。
ひとつ、光源があったせいだ。
地下室のいちばん奥。
背の高い、水で満たした大きなガラス筒みたいな透明の何かが、アクアマリンを思わせる青い光で地下室を照らしていた。
「なに、これ……」
――棺桶だ。
と、咄嗟に思った。
脳裏をよぎったのは、先月に学校の図書館で借りて読んだ絵物語に出てきた、吸血鬼の棺桶だった。
光る水をおさめたガラス筒をそのうちに抱き、石造りの壁に背を預けて直立する、鉄の棺。
本来ならおさめたものの姿を隠すはずの蓋は見当たらず、中で眠る『誰か』の姿が、溢れる光とともにおぼろげながら露わとなっていた。
――前に入れてもらった時は、こんなのなかった。
ごくりと重たい唾を飲みこみながら、おっかなびっくり奥へと進む。左右の剣や鎧、装丁のきれいな魔導書――らしき何か――に足を引っかけないようにだけ、気をつけながら。
ほんとうは、足下で障害になっているそれらを見るために地下へと降りてきたはずだったのだけど、けれど今はもっともっと気になるものが、目の前で青褪めた光を放っている。
近づくにつれ、おぼろげながら理解が及ぶ。
それは水の中で何かが光っているのではなく、筒に満ちた水そのものが光っているのだということ。
そして、青白く輝くガラス筒の中で、『誰か』の身体が浮かんでいることにも。
年の頃なら十四、五ほどの、少女である。
といっても、ランディには彼女の正確な年頃までは見当がつかない。けど、たぶん兄のシオンやご近所さんのフリスよりは年下の、でも自分よりは年上のお姉さんなんじゃないかと思った。
光を放つ水の中で、長い髪が水草みたいにゆらめいていた。
左の耳から首筋にかけてが、滑らかな曲面を描く金属のプレートで覆われていた。そのプレート部分から伸びた幾本もの細いケーブルが、《棺》のどこか上の方へと伸びて、《棺》と少女を繋げていた。
肩は薄く、腰も胸も脚も細い。
一糸まとわぬ裸身をガラス筒に封じて、少女は眠るように静かに目を閉じていた。
呆けたように、ランディは少女を見上げる。
(……封印の女神さまみたい)
昨日読んだばかりの絵物語の、プロローグを思い出した。ついこの間に買ってもらった、コートフェルの本屋でも並んだばかりのぴかぴかの新作だ。
内容を簡単にいえば、いたずら好きの子供二人が、森の奥で水晶に閉じ込められていた女神様の封印を解いてしまうというお話だ。
女神様を封印していたわるい盗賊に目のかたきにされたり、盗賊が手を組んでいた森の魔女の館に捕まって下働きにされてしまったりと大変な目に遭いながら、でも最後は盗賊と魔女をこてんぱんにやっつけた末に魔法の薬で犬に変えてやり、女神様を連れて三人で森を脱出する。そんなお話だった。
「…………………」
――ほんとうに封印の女神さまだったらどうしよう。
そうだ。このひとが一体どこのどんなひとなのか、この《棺》のどこかに書いてあるかもしれない。
使命感にも似た燃え上がる好奇心に胸を高鳴らせながら、ランディは『女神さま』と対面する形でガラス筒の前に進み出る。
その時、
――ぱちり。
と。
『女神さま』の目が開いた。
きれいで大きな宝石みたいな瞳と、正面から目が合った。
「わっ!?」
思わず声を上げて、後ろへ飛びずさる。
一方の彼女はランディの反応に目をまるくして、それからやわらかく微笑んだ。
魚みたいにふわりと水をかいて、きれいな顔をガラス越しに寄せる。その唇が、ランディに向けて動く。
じ ま し
――なにか言ってる。でも何を伝えたいのかが分からず、戸惑うしかできない。
ランディの反応に少女は笑みを深くして、もう一度、さっきよりも大きくゆっくりと唇を動かした。
は じ め ま し て
「は、はじめまして?」
ぱぁっ――と、少女の表情が華やいだ。
嬉しそうにこくこくと何度もうなずき、さらに続ける。
あ な た の お な ま え は ?
「え。ぼく?」
少女は無邪気な笑顔で、うんうんとおおきく首を縦に振る。
名前を聞かれている――ばくばくと心臓の音がうるさい胸を抑えて、ランディはしどろもどろに名乗った。
「あ、っと……ら、ランディです。ランディ・ウィナザードっていいます!」
『――ランディ・ウィナザード。該当・一件』
明瞭な声がした。
もう彼女の唇は動いていなかったが、地下室に響いたそれは女のひとの、たぶん目の前の『女神さま』の声だった。
『
『デルフィン・ウィナザード/エルナ・ウィナザード夫妻の第二子 登録:一四八一日前 約定に基づく
ぼぅっ――と、ガラス筒の輝きが強くなる。
そればかりではなく、《棺》を支える台座らしき部位から、獣が唸るような音が上がりはじめる。
「うわ、わ、わ!」
それがモーターが回りギアが稼働する駆動音だということもランディは理解できていなかったが、それでも何かが起きていることだけは、その激しい唸りで嫌でもわかった。
――兄ちゃんにばれたらどうしよう。叱られる!
そんな子供っぽい怖れが、反射的に胸中へわきあがる。
『契法晶駆動基:
『
『
『
『
「へ? えっ?」
『GTMM014-LⅩ《ユイリィ・クォーツ》は
「はっ!? き、きど……なに? えっ、なに!? マスターってなに? なにが!?」
狼狽するランディに、少女はまたも大きな瞳をぱちくりさせる。
ややあって、再びその唇が動いた。今度は声を伴って。
「ランディちゃん」
「!?」
少女は、水槽の中からランディの名前を呼んだ。
「はじめまして、ランディちゃん。ランディちゃんは、ユイリィをここから出してくれますか?」
その、一言で。
混乱していた頭の中に、ぴんと一筋、線が通った。
封印の女神様。小説の一シーンが、目の前の状況にぱちりと噛み合う。
「わかった、出してあげる! それなら、はい!!」
懸命に、何度も、頷く。
ランディの応えに、『女神さま』――ユイリィと名乗った少女は、花のように微笑んだ。
『
――ばくんっ!
「えっ?」
支えをなくした内容物、青い液体がどっと溢れ、その
「わぷ――」
「はじめまして! ありがとう!!」
溢れ出す歓喜の言葉を告げながら。
少女はその胸の中へ、彼の身体を抱きしめた。
「《ユイリィ・クォーツ》
少女は叫ぶ。満天の星の煌きにも似た出会いの喜びを。
そして、
「今日からわたしは、あなたのお姉ちゃんだよ――!」
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