Chapter 1-5

 人にまぎれ、世の闇に跋扈ばっこする物の怪たちがいた。はたまた彼奴きゃつらを『魔』と呼びならわし、これを討つ退魔の者たちがいた。

 彼らの戦いは現代に至るまでも続いており、なかでも『扇空寺せんくうじ』の歴史は古く、『魔』はおろか同じ退魔の者たちからもおそれられる集団である。


 京太きょうたは強面たちを従え、その先頭に立つ。

 三度の廃工場前。工場を背にズラリと立ち並ぶのは、黄泉よみが率いる『魔』の軍勢だった。


「待ちくたびれたよ、扇空寺の」

「そいつぁ結構。焦らすのは得意なんでな。少しはやり返せたか?」

「はっは。よほど腹にえかねてたとみた」


 にらみ合う。

 彼奴の身体から、黒いもやのようなものが禍々まがまがしく立ち昇る。


「夕方のヤツらの魂はどうした」

「わかり切ったことを訊くなよ」


 黄泉の口元が薄く吊り上がる。

 黄泉の言葉に、なつめ不動ふどう、強面たちがそれぞれの獲物を手に構えた。

 今にも飛び出しそうな彼らを、京太は左手を上げて制する。


「一口に『魔』っつったってな。全部が全部ヒトにあだなす存在って訳じゃねぇ。だがてめぇはそうじゃねぇな」

「それで? だったらどうする、扇空寺のお頭さん」

「そりゃ、こいつで決めるしかねぇだろ」


 鯉口を切る。その一瞬、京太の瞳に紅い光が灯った。


「扇空寺組頭領、扇空寺京太。して参る」


 左手を振り下ろす。瞬間、両軍勢が同時に動き出す。

 開戦。

 先陣を切ったのは棗だ。長い髪を紐で縛り、襟足から下を一本にまとめた彼の獲物は槍。

 襲い来る野犬のような『魔』は、影で形作られたかのような低級にすぎないが、これが群れで襲いかかってくるとなれば脅威きょうい度は跳ね上がる。


 しかし棗は臆せずこれを薙ぎ払う。槍の穂先で弾き飛ばされた『魔』どもは、地面に叩きつけられて消滅していく。

 続いて棗の前に躍り出たのは、人間の二倍はあろうかという巨躯の『魔』である。彼奴は工場の廃材を振り回して襲いかかってくる。

 棗はこれを槍で受け止めるが、力比べとなってはひとたまりもないのか押し返せない。


「はっ!」


 その巨躯を掌底一つで吹き飛ばしたのは不動だ。


「不動の旦那!」

「こっちはいい。お前は若のおそばを離れるな」

「押忍!」


 棗が下がるのを背に、不動は続いて襲い来る敵を叩き伏せていく。


 その棗が盾になるように前に立った当の京太は、一歩も動くことなく黄泉との睨み合いを続けていた。


 まるでそれは台風の目か。周囲の戦いの中で、ここだけが静寂に凪いでいた。


「……どうした。来ねぇのか?」

「生憎、受け身なものでね」

「そいつぁ結構。なかなか気が合うじゃねぇか」


 じり、と地面の砂がかすかに擦れる。両者が互いの隙を伺っていた。ほんのわずかな隙も見逃さないよう互いを注視している。

 そのさなかだ。

 突如としてこの均衡に横入りしてくる『魔』が現れた。京太の両脇から飛びかかってくる犬型の『魔』が二匹。

 片方を棗が払い、もう片方を京太が自ら打ち据える。


 その一瞬の間に、黄泉は距離を詰めていた。


「しまっ……若!!」


 棗の脇をすり抜け、一挙に京太に肉薄する黄泉の手にあったのは小太刀だ。

 常人では到底反応できない速さで京太を幾度も斬り付ける。しかし京太はそのことごとくを鞘にしまったままの大太刀で打ち払う。


 幾合にものぼる斬り合いを重ねたのち、両者は再び距離を取る。


「……やるじゃねぇか。こいつを抜く価値はありそうだな」

「へぇ。それは楽しめそうだ」

「……いくぜ、『龍伽』!」


 刀の銘を呼び、抜き放つ。瞬間、黄泉は京太から銀色の煌めきがスパークするのを見た。


 月夜の元、白銀に輝く刀身を携えた京太は、その瞳を紅く爛々らんらんと燃え上がらせていた。


 ――鬼。


「扇空時流――」


 幻視の瞬間、既に京太の姿は黄泉の懐に迫っていた。


 ――扇空時流、霞時雨。


 懐に深く飛び込んで放たれるのは、首を狙った斬り上げだ。これを避けることができたのは偶然か、それとも黄泉自身の反射神経の賜物か。

 しかし元よりこの技は二段構え。すぐさま切り返しての斬り下ろしが打ち込まれる。


 だが黄泉はそれも避けてみせた。回避に成功したのはひとえにそれだけに集中したからだ。

 反撃など考える余裕はなかった。避けきらなければ、死ぬ。

 生存本能が黄泉を救った。その事実が既に、両者の格を決定づけていることに気付いたのか否か。


「往生しな」


 ――扇空時流、焔楓。


 胸を、心臓を、背中を。白銀の刃が貫き、鮮血がその場に流れた。

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