第2話
一日目・正午前
「よーし! 早速狩っちゃるぞ!」
意気揚々と飛び出した白黒ではあったが既にテスト開始時間から三十分経過しており、僅かな時間ではあるが他人に先を越されてプレイされていると考えると、気が逸っているのを隠すことなく剣をぶんぶんと振り回していた。
「ほらほら、最初にわたしに倒されるのは誰かな!」
威勢のいい声を上げ自信を鼓舞する。だが周囲には白黒以外の影は一切なく何か現れたりもしなかったため、ただただ声を張り上げただけだった。
それからさらに三十分後――白黒は未だゲームの醍醐味ともいえる敵との遭遇やイベントに一切出会う事なく歩きながら不貞腐れていた。
「がぁーっ! なんでなにも起こらないのよ! このゲームバグってるんじゃないの!」
あまりにも何も起こらない怒りをその辺にあった木を蹴りつけて紛らわせる。
「しかもここ何処よ、
観鳥とは白黒が住んでいる島の名前である。現在彼女がいるのは自分の記憶に全くない所なのだが、本来ならばあの門をくぐった後冷静に周囲を観察していれば自分がさっきまでいた所とは全く関わりのない場所に移動しているのはすぐに分かる事だろう。でも白黒はアサギとの遭遇により現在地を確認する機会を逸し、その後は時間に駆られたために周りを見ている余裕がなかった。よって、特に何もない今になって己の置かれている状況を一つ理解したという訳であった。
「もーっ暇っ! なんでもいいから早くなんか出てきてくれないかな」
もうどうにでもなれと思いやけくそ気味に呼んでみた。もっとも、そんな事で何か出てくるとは思っていなかった――
ガササッ!
「えっ⁉ 出てくるの⁉」
――が、白黒の呼びかけに応じたかのように辺りの木々が梢を鳴らす。当の白黒もまさかこんな事で何かが出てくるなど微塵も思っていなかったので心の準備が済んでいなかった。
ヒュッ――
「は、速っ⁉ しかも――」
白黒の望み通りゲームの肝である怪物と遭遇し戦闘へと突入したわけだが、敵は3メートル程の巨体を誇る二足歩行で全身毛におおわれた獣と形容すべき怪物で、白黒がその巨体を視界に収めた時にはもう太い筋肉をはち切らせ拳が白黒を吹き飛ばそうかという瞬間。ここで白黒は目を瞑り悟った『楽しむ前からゲームオーバーか』と。
「…………あれ?」
だがいつまで経っても白黒のその身は何事もなく立ち呆けていた。恐る恐る目を開けてみるとその獣は今まさに殴ろうとしていた拳を腕ごと地面に横たえながら跪いていた。
「なんかダメージを受けたっぽい? もしかしてそばに誰かが――」
白黒が目を瞑った間に誰かがこの獣を攻撃して動きを止めたのだろうか……だが周りに人の気配は一切ない。
(誰もいない? なんで……いや考えるのは後!)
白黒を助けるような行為をした理由は分からないがそんな事は後回し、今はこのチャンスをモノにして切り抜けるのが先だと剣を強く握って獣へと斬りかかる。
「――やぁっ!」
白黒の剣は下から払う様に獣の顔目掛けて斬り上げる。
――ゴスッ!
「斬れない⁉」
たとえゲームであっても生物を模しているなら頭部は弱点には違いないだろうとの判断であったが、予想に反して硬い物を殴ったような手応えしか返って来ずその事実に次の攻撃手が若干だが止まってしまう。
「――だったら!」
あの怪物は外皮が硬い上に筋肉も分厚く引き締まっていてより強固なものとなっている。そしてトドメとばかりに毛の部分すら獣とは思えない硬度を誇っていて、効果的な部分は二ヶ所しか考えられなかった。
一閃――白黒の横薙ぎに振るった剣が怪物の両の眼を斬り裂く。
グヲォウ……!
この攻撃には堪らず叫びをあげ、両目を手で覆い隠す。この一撃の後に生まれる行動、それは生物であるならば反射的に行う当たり前の事――その隙を逃さず白黒は開かれた口内へと剣を突き立てる。
「これでトドメ――!」
剣先は吸い込まれるように怪物の口内へ飛び込み、上顎を突き抜けて脳にまで達した。これを受けては生物という概念であれば死は免れない一撃だった。
「はぁはぁはぁっ……さすがに終わったよね?」
剣を引き抜くと怪物はぐらりと倒れ込み、その身体は光の粒子となって消え失せた。その結果、初戦闘は白黒の方に軍配が上がった。
「勝った――みたいだけど初っ端からキツ過ぎ。最初の戦闘って雑魚敵から始まるのがセオリーじゃん」
『このゲームはリアル志向を目指しているので、そんな甘ったれたシステムはございません』
「うわぁっ⁉ え、なにアサギ?」
心の準備が出来ないまま始まったハードな初戦闘につい愚痴が零れると、それに活を入れるかの様なアサギの声がどこかからか響いた。
『初勝利おめでとうございます。早速ですがメニュー画面を開いて下さい』
「え、ああ、うん。わかった」
さすがに二回目ともなれば驚くこともなくなり声の発生源も特定できた。白黒はその発生源である腕輪に向かって返事を返すと、早速言われた通りにメニュー画面を開いた。
『白黒様はいまモンスターを倒したことによりステータスポイントを獲得しました』
「なに、それ?」
『ステータスポイント通称「
言われた通りに操作をするとパラメータ画面とやらに辿り着く。そこには筋力・体力・速力・命中・運と五つのステータスがあり、その全ての数字が4と表示されていた。
「全部4ってなってるのが見えるけど、これってどういう意味?」
『これらの数値は肉体が発揮できる力へプラスの補正値を数値化したモノとなります。ゲーム開始時は全プレイヤーが共通して全て4となっており、ゲーム開始時点ではおおよその敵は簡単に倒せるように数値を調整されております』
「アレが簡単に倒せる敵……? なんか結構苦戦する相手だったと思うんだけど」
白黒の感想は尤もな事だろう。先ほどの戦闘でも原因が分からないハプニングが無ければゲームオーバーだっただろうし、その後だって生物としての弱点を突いてなければ攻撃すら通っていなかっただろう。
『大概のプレイヤーはちゃんと弱い敵から倒していって自身の強化をしていってます。白黒様の場合は……運が悪かったとしか言いようがないですね』
「いや、それはおかしいでしょ! ここに運のステータスがあるけど他の人たちもわたしと同じ4からスタートしてるんでしょ、だったらわたしだけこんな理不尽な始まりは変でしょ!」
『残念ですがその運のステータスとは遭遇する敵には関係ありません。ワタシが言った運というのは純粋に白黒様固有の運を指しています』
「つまりはリアルラック――と。運が悪いと開幕即終了ってどうなのよ」
なぜ場違いともいえる敵が最初に出て来たのか理由は分かった。分かったが納得など出来ようもない、なにせゲームをプレイする前に終わる展開など許容できないからだ。
『ではご自身のリアルステータスとゲーム内でのステータスを混同・勘違いしたアナタにステータスの説明をいたしましょう』
「一言多い!」
『まずは筋力、まぁ見たままですね。数値が高い程与える威力が増え、重い武器を持ってもマイナス補正が掛からなくなります』
「わっ! すっごいまともだぁ……」
一言余計な個所があったが解説は普通でよく分かるものとなっている。こういう風に何時もまともに接してくれたらどれだけ気が楽になるか、おそらくそんな訴えを起こしたところで意味はないのだろうが。
『次に体力と速力。これらは違うステータスに作用する部分があるのでまとめて説明します。まず体力ですがこれはおもにダメージに関連しており、この数値が高い程受けるダメージを軽減します。――ですので、いくらこの数値が高くなろうとも白黒様が無尽蔵に動けるわけでは無いのであしからず』
「そのネタはもういいから。でも、おもに……ってそれ以外の効果もあるの?」
『――次に速力の方ですが』
「何事もなかったかのように話を進めないでよ!」
『――うるさいですね』
「なんか――言った?」
小声で言った白黒への文句だったがその声はしっかりと届いてしまっており、当の本人は引きつった笑顔でやさしく恫喝している。
『さぁ、気のせいでは? ――では続きを。速力は上げても白黒様の足が速くなるという事はありませんが、相手の動きを少し遅く見せる事は出来ます』
「なるほどね、いくらゲームとはいってもわたし自身が速くなることは無いから相対的に速さを出すために相手側を遅くするって訳なのね」
アサギの説明に納得する。これであれば自分が速く動けていると感じられると。
『そして先ほど二つのステータスは他の部分にも作用するといいましたが速力を上げると体力に若干のマイナス補正がかかります。そして体力を上げると持続時間が存在する技能にプラスの補正を与えることが出来ます』
「ん、ん~? 複雑になってきたね」
『その辺りはプレイしている間に覚えられるかと。では残りの二つについて説明します。命中は数値を上げる事で攻撃が敵に当たりやすくなる補正がかかるのと弱点が薄っすらと見える、それと視力に補正がかかり暗い所とかが見えやすくなります。運については……まぁ上げておけば何かしらの恩恵があるでしょう』
「うん、うん……? あれ、それで終わり?」
今までは丁寧に分かりやすく説明していたのに、最後の項目だけ投げやり気味で思わず白黒も説明が終わったのだと思わずに聞き返す程に。
『あぁ、後は各ステータスは限界値が255までとなっており、合計で500まで割り振れます。後は伝えるべき事はありませんがもし分からないことがあればステータス画面から項目をタッチすれば詳しい説明が見れますので』
「…………はい? 今までの説明って別で見れたの?」
『当たり前です。このゲームの説明はメニューの中から探せば他の要素についても全て説明されています』
「なんだったのよ今までの時間は」
耳で聞いた説明は実は探せば全て読めると言われ、白黒は膝をつく。そして吼える――今までの時間は何だったんだと。
『もとはと言えばあなたの運が悪い事に端を発し、ステータス上の運について聞いたからではないかと』
「でも結局はアサギの方からベラベラと説明して来たじゃない! 最初から説明してあるところを教えてくれたらそれで済んだ話でしょ⁉」
『…………それでは白黒様が無事に帰られるのをお祈りいたしております』
――プツッ!
「えっ⁉ あっ、ちょっと!」
若干の空白の後、アサギは締めの挨拶をしてそのまま通信を打ち切った。
「――逃げられた。もう、いったい何なのよ、勝手に現れて勝手に消えるとか。もうもうもう!」
アサギの説明には確かにこれからゲームをするうえで必要な情報はあった。だがその有用さを差し引いてもあの勝手さはどうなのかとも思う。
そして白黒は自身の不遇な状況を挽回するための情報がどこかにないか探すために地面に座り込んでメニュー画面とにらめっこを始めだした。
「あらら……あの子不用心だにゃあ。もうすっかり自分の世界にいるよ」
「ですわね、あれでは周りの様子が見えなくて危険――って、言ってるそばから」
岩山の上で二人の女性が白黒の事を見ていたのだが、その内の一人が白黒に迫る影に気付いた。
「ん…………あっ――」
白黒もまたその影に気が付いたが時すでに遅く、先程と姿形は同じだが少し小さめの別個体の怪物の腕が白黒を横薙ぎに払い除けた。
「痛ったぁ~……って、あれ……全然痛くなかった」
怪物の腕が白黒に当たるもそこまでで、別に白黒は吹き飛ばされる事などもなくただ平然と立っていた。
「さっきと同じ敵――⁉ でもさっきは勝てたんだから今回だって……」
剣を構えて怪物と対峙する白黒だが、まだ彼女はこのゲームというのを完全には理解していない、その事が彼女をじわじわと追い込んでいく。
(でも……また柔らかい所じゃないと攻撃が通らないんだよね。アレ、妙に感触がリアルだから何回もやりたくないんだよなぁ)
先程振るった剣の感触を思い出しゲンナリするが、そもそもこのゲームは実際の身体を使ってプレイする事に重きを置いているため、五感への情報量がすさまじく多く出来ている。だからこそ架空の生物が目の前にいる臨場感を目と耳で感じ取ることが出来るのだがそれだけではない。
グォウッ!
怪物は自身の頑丈さを利用して突撃してくる。当たれば手痛い一撃となるが攻撃の振りは素人目に見ても速いというものではなく、二回目ともなるとよく見ていればどうとでも対処できるのだが、視覚だけを頼りにした白黒はまだ気が付かない。
(ちょっと後ろに飛べば――って、あれ?)
攻撃を回避しようと動き始めた時に気付く――自身の身体の動きが鈍くなっている事に。
「えっ! ちょ、ちょっと待っ――」
待ってと言われて待つような相手ではなく、当然のことながら当たる。それも綺麗に顔面に。
「い、痛くはないけど……さっきよりも動けない」
怪物から受けた攻撃により、白黒は後ろへゆっくりと倒れてそれからは指一本すらまともに動かせない状況に陥る。そしてその白黒がもう戦うことが出来ないと判断したのか怪物は興味を失ったかのようにその場を立ち去ってしまった。
「あちゃ~……あの子やられちゃったね」
「仕方ありませんわ。このゲームに慣れてないのにあんなのにまた出くわしては一人で切り抜けるのは厳しいもの」
「あぁ……確かにそうだね。おっとそうだ、あの子を安全な所に移動させないと」
そう言ってその少女は岩山から飛び降りて白黒の下へと駆け寄った。
「お~いそこのキミ、動けそう?」
「全っ然動けないです。――というか、どちら様?」
白黒が現在動けないでいるのは、多大なダメージを受けた事によりゲームのシステムが白黒を一時的な死亡判定としたことで、一定時間の間行動不能を与えられた為だった。
「あ、ごめんごめん。ウチはサクニャ、よろしくね。それとあそこにいるちょっとカッコつけたのはウチの親友のミシェだよ」
くいっと後ろを差すと岩山の上で腕を組みながらこちらを見下ろしている人が見える。恐らくあの人がミシェという人なのだろう。
「は、はぁ…………って、ひゃわあぁぁあっ!」
突如現れたサクニャというテンション高めの女性に白黒が圧倒されている中、彼女に突然抱え上げられサクニャが下りて来た岩山を駆け上がる。白黒の素っ頓狂な悲鳴をBGMにしながら。
「はぁ……はぁ……こ、怖かった」
「ごめんなさい、この娘がちょっと暴走したみたいで」
「い、いえ……ゲホッ!」
叫びすぎて咽る白黒に原因の張本人たるサクニャが背中をさすっていた。
「そういえば紹介が遅れましたわね。わたくしはミットシェリン=ラインノルド、名前は長ったらしいのでミシェとお呼びください。そしてさっき名乗っていたでしょうけどこちらはサクニャ=キッツェルですわ」
「あっ、これはご丁寧にどうも。わたしは入色白黒です。なんか助けてもらったみたいでありがとうございま……し……あーっ! もしかしてあの時の変な人達⁉」
お互いに自己紹介を終え、助けてもらった事について頭を下げてお礼を言う。――が、頭を上げて二人の顔を見つめた時、白黒は自分がここにくる直前で変わった人達だと感じた二人組だったと気が付き、また素っ頓狂な声を上げた。
「誰が変な人ですか……。わたくし達はこのゲームの監視員と言ったところでしょうか」
「ようはスタッフって事ですか?」
「えっ? ウチ等いつからそんなのに――」
「えぇ、そうですわ。わたくし達は今回のゲームの運営に際して、プレイヤーをサポートするために派遣されたんですの」
「なぁんだ、それなら納得です」
(ちょっとちょっとミッこ……! ウチ等いつからスタッフになったのさ)
白黒に対し一通りの説明を終えたと思ったら、今度はサクニャの方が疑問を小声でぶつけて来た。
(わたくし達の現状を考えると間違いともいえないのでは?)
そう、実のところこの二人はこのゲームに於いてスタッフという役どころではないが、F&Sカンパニーという会社の関係者という一点では間違っていない。
(まぁ今は師匠の最終試験中だけど花南さんの手伝い中でもあるんだったっけ)
(ですわ。当初の予定とは変わったけどやることは変りませんわ)
「あれっ? お二人ともそんなとこで立ち止まってどうかしました?」
先を行く白黒が不意に後ろの気配が遠ざかっていくのを感じ振り向いていると、ミシェとサクニャが向かい合って何やら小声で話しているのを見かける。
「今後の方針について話し合っていただけです。ですのでお気になさらずに」
「あ、そうだったんですね」
何を話しているかは聞こえなかったが、スタッフなのだから自分には及びもつかないような話をしているのだろうとそれ以上の追求はしなかった。
そんな事があったものの、その後は特に変わったこともないまま日が沈み夜になった。
一日目・夜
「おかえりなさいませ白黒様。……おや? 後ろにいるお二人はどなたですか?」
「えっ? このゲームのスタッフだけど……お互いに初対面だった?」
「そうですね。ワタシと彼女達とでは部署が違うのでしょう――ですよね」
アサギの問いかけに対しミシェは一瞬だけ白黒の方を見た後、すぐにアサギへと向き直る。
「そうですわね。確かにあなたとわたくし達とでは色々と違いますわね」
「――って事らしいっすよ。理解されましたか白黒様」
「どうやらそうみたいだね。最初に質問したのはわたしじゃないけど」
いつの間にか自分が質問したかのような扱いにされていたが、アサギからの扱いにはもう慣れたもので何事も無かったかのように振舞いながら、ツッコミを入れてスルーした。
「結構面白い人だね、このお手伝いさん」
「そうです。ワタシこそが世界で一番オチャメなメイドのアサギチャンです。こっちの白黒チャンは仕えがいの無いチンケな人で、メイドの存在意義を奪う面白くない人です」
「あぁなるほど、ユーモアは……あるのかもしれませんね。あっ、申し遅れましたわたくしはミシェ。こちらは――」
「ウチはサクニャ! サクニャちゃんでもいいよ!」
「これはご丁寧にどうもミシェ様、サクニャちゃん。ワタシはアサギと申します」
「うん、よろしく! でもメイドさんか~……こんな人が傍にいると羨ましいにゃあ~」
「勘弁して~……。付き合うわたしの身にもなって下さい」
「えっ……あ、うんゴメン」
白黒のあまりのマジトーンにサクニャがつい謝る。それほどまでにアサギのノリが白黒と噛み合わないのだろう。
「それではわたくし達これでお邪魔させてもらいます」
「あれ、ミッこもう行っちゃうの?」
「あのねぇ……わたくし達はアサギさんと違って特定の参加者に肩入れをする行動はとれませんの、分かっていますの?」
「……分かってるって。もうやんないよ」
「そういう事ですのでわたくし達はお邪魔いたします」
サクニャが先を行きミシェがそれに続くようにして去って行き、二人を白黒が見送った所でドアが閉められた。
「行ってしまわれましたか。せっかく夕飯を多めに作っていたのに」
「あーもうそんな時間かぁ。でもなんで多めに作ってあるの?」
「――? 4~5人分ぐらいならあっさりと完食できそうですし、ほらそんな見た目っぽいですし」
白黒の体を爪先からてっぺんまで嘗め回すように見ながら言っている。
「そんな事言われるほどわたし太ってなんかないよ! ほら、このくびれそれにこの脚。どこを見てもほっそりしているじゃない!」
自分の腰、それから脚を順に指さして必死にアピールする。尤も白黒の反論は当然で身長は150㎝に届かないくらい、体重も40㎏程で全くもって大食漢に見える要素がない。
「――失礼しました。確かにそうですね腰も脚も細いですし、ついでにその胸回りも同じくらいほっそいですね」
「なっ⁉ わたしが一番気にしている事を……!」
「そっちが一番でしたか。てっきり背が低い事を気にしているかと思いましてそっちには触れなかったのですが、まさか自分から自爆しに来るとは……マッタクキガツキマセンデシタ」
「うーわっ白々しい……どうせ最初っからわたしをいじる気で言ったんでしょ」
「よく気が付きましたね、その通りです。ワタシには白黒様の様な娯楽はありませんからね、せめて誰かをいじり倒すぐらいしないと退屈が紛れないんですよ」
発言があからさまに棒だったことからワザと言った事なのはすぐに分かったが、よもや退屈しのぎでの発言だとは思わず、開いた口が塞がらない。
「な、な、な、なん……」
「おっと、そういえば夕飯をお出しする途中でしたね。本日のメニューはカレーですがすみません、今回はナンではなくライスの方です。ご期待に沿えず申し訳ございません」
「あぁ、もう、そういう事言ったんじゃ……やっぱいいや。ご飯、ありがとね」
怒りが爆発するかと思いきやいきなりそれが霧散し、静かに席に着いて用意されたカレーをゆっくりと食し始めた。
「ワタシの事はお気になさらずごゆっくりとお召し上がりください」
「そう? では、いただきます」
卓に添えられた皿を前にし両手を合わせ、その後スプーンを手に取り本日の夕飯を食べ始める。そうして十五分くらいかけてカレーを食べ終えると、もう一度手を合わせて食器を下げた。
「ご馳走様でした。美味しかったよアサギ」
「お口にあったようで何よりです。――そういえば、先程なにかワタシに言いたいことがあったのではないでしょうか?」
「あぁ……まぁあると言えばあるよ、すごくたくさん。でも、アサギの気持ちも分からなくはないから」
「ワタシの……気持ちですか?」
「うん。わたしね入色の家で生まれて生活には不自由はしなかったんだけど、子供の頃ね……わたしの側には誰もいなかったの、友達も……家族も」
「家族がいない……? 入色といえば観鳥では一番の豪邸では? それなのに家族がいなかったのですか?」
突然白黒が独白したがその内容は最初はただの自慢話かと思ったが、次第にその内容が奇妙な物へと変化していく。友達がいないというのは立地的に仕方ない所はある、というのも入色の屋敷の位置は観鳥の者ならば誰もが知っているが近寄る者など誰もいない。それは一㎞程はある橋の向こうにそびえる高さが15メートル程の高さの屋敷と広大な庭を持つ家だが、断崖絶壁に囲まれ足を滑らせようものなら海へと真っ逆さま――そんな辺鄙な所に近づこう者はそうそういないからだ。だがそれでも、そこで生まれたのならば家族がいないというのはどう考えても奇妙だ。
「あっ、勘違いしないでね。家族がいないって言ってもただ単に行方不明ってだけで名前くらいはちゃんと知ってるからね!」
「行方不明とはまた予想外の回答が飛び出しましたね。というより家族も友達もいなくてよく今まで生きて来れましたね」
「えぇと家族……というか両親がいないだけでメイドさんは一人だけいたよ」
「あぁなんだ、ちゃんとした家族がいるじゃないですか」
周りに頼れそうな人がいないかと思えばこれ以上無い程の人物が側にはいたようだ。
「う~ん、確かにそうなんだけど千草が――あっ、うちのメイドさんの名前なんだけど彼女が『私はただの使用人に過ぎないので』って言って譲らないのよ」
「……なるほど、そのメイドには共感が出来ますね。話を聞く限りワタシに並び立つほどには優秀だとお見受けいたしますし」
「…………」
「なんですかそのゴミでも見るかのような眼差しは。そのテの嗜好はワタシ好みではないので別の方にお願いします」
アサギを見つめる白黒の眼差しはとっても冷たい――いやそれを通り越してもはや凍傷しそうなほどに視線が冷め切っている。
「なんかすっごいムカつく。千草と会った事もないあなたに何が分かるって言うのよ」
「分かりますよ。比喩でもなんでもなく千草さんとワタシは話を聞いている限りではワタシと似ていますからね」
「え……?」
大して千草の事を語ったわけでもないのにハッキリと白黒は断言した『自分と似ていると』確かにアサギと初めて会った時に声も顔も言動すら似ていないと断じた自分であったが、雰囲気は似ていると感じた。そもそもとして白黒には千草以外との他人との交流は皆無で、比較対象もその千草一人のみ。それならばと似た所を探すにしても他の誰かと混同するわけもないので余計おかしなことになる。
なぜ自分は無意識にでもアサギと千草が似ていると感じたのだろうと感じたのか。改めてアサギに指摘された事で思考に矛盾が生じ始める。
「あ、あれ……そういえばなんで、なんでわたし……アサギと千草が似ているなんて思ったのかな」
最初は疑問にすら思わなかった事も次第に疑問が膨れ上がっていく事に恐怖を覚える。そしてその押し寄せる恐怖に白黒は思わず膝を突き顔を手で覆う。
「これは……地雷を踏んだか――なんて冗談を言っている場合ではないですね。大丈夫ですか白黒様!」
今まで散々白黒相手に冗談を言ってきたアサギも、白黒が見せる尋常ではない様子に流石に慌ての色が見え、すぐさま駆け寄り声をかける。
「えっと、千草……? アサギ……? それとも…………シクロ?」
「ワタシはアサギです。どうかお気を確かに落ち着いて下さい」
いよいよもって白黒の認識能力がおかしくなり、どうしたものかと――そんな事を考える前に無意識に白黒の顔を……視線を自分に――ここにいるのはアサギだとハッキリと解かるように固定させる。
「アサギ……? そこにいるのはアサギなの?」
「ええ、そうですよ。あなただけのアサギです。白黒様は今日はお疲れなんです、ですからもうお休みになられては如何ですか」
「そう、なのかな? ……そうかも、うん、もう寝よう……かな……」
落ち着きを取り戻した白黒はそのままパタリと頭を垂れ、そのままアサギの胸の中で寝息を立てて眠りについた。
「……今日の所は心配の必要はなさそうですね」
アサギは白黒を胸の中に抱え込んだまま顔を覗き込む。今は寝息も穏やかな事から朝までは起きることは無いだろうが念のため、しばらくはこのまま胸の中で寝かせているのであった。
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