第65話 エピローグ②

 

「青海の敗因はひとえに『勝ち続けたから』なのだよ。勝ち続けることで有名になりすぎた。各地に眠っていた青海に抗し得る才能を揺り起こしてしまった。俺もそう、桜もそう、比叡もそうかな」同じチームにそろったっていうのは奇跡だけど。……ネットのニュースサイトを一通り巡回し終えると片城が友人経由でもらったという号外が手渡された。見出しは『青海都予選決勝敗退』、『甲子園5連覇ならず』とある。松濤の勝ちよりも青海の負けのほうが報道価値ニュースバリューがあるというのは納得しかない。スコア表示の下にサヨナラホームランを放った瞬間の比叡と、喜んで右足一本で飛び上がっている俺の写真が載っていた。『七人の侍』の菊千代並みににハイテンションだなこいつ。「訴えてやろうか」「ラミネートして額にいれて飾らないといけないですね」と夙夜。「えーかっこ悪いよこんなの」「慎一が人のプレーにそこまで喜ぶなんて珍しい」「……片城、これもらっていい?」「100万円です」


「青海に勝ったんだし俺ら正一位に叙されねぇかな」神階最高位。「家康の横に並ぼうとしないで」と夙夜。華頂と逸乃が先に帰るようだ。引き止める理由などない。表情の見えない華頂に声をかけ続けている逸乃。「これは慎重に対応しないと」と俺。「逸乃さんは『なんとかしてみせる』とおっしゃっていました。それはそれとして私は予定通り帰ります」「あらそう?」「野球部のお手伝いでやりたかったことが山積みになっていますので」「助かりましてよ夙夜様」「いいってことよ」俺の荷物は天王寺さんが引き取ってくれた。「ナイスファイトでした」「天王寺さんはなにかの競技で全国優勝したんだっけ?」「MMAです」中原氏が貸し切りにした某焼肉店に選手(残り七人)と保護者が集合し打ち上げが始まる。「俺が三人分になる……」食べ食べ疲れていると桜が壁にもたれかかり灰になっていた。「し……死んでる!」「まだ食べたいのに眠気が……」「あそぶくうねる。帰って寝ろよ」「ダメだ。試合に勝って肉喰ってあとは1カ月くらい前からぜってー間違いないオナネタがストックしてあるんだ。抜かねぇと最高の1日が完成しない」「過去最悪の発言だぞオマエ!」桜の母親が起こし帰ろうとする。確かに千歳先生に激似だった。食後は三々五々ばらばらに別れる。しかし素直に家に帰っているのは桜だけで他の連中は遊ぶ気満々らしい。もうすぐ全国大会なのに余裕だな。片城は恋人の君島と今日上映が終了するというハリウッド映画を鑑賞するのだそう。「R‐15指定はえげつねぇ描写があるから女と一緒に観るのはおすすめできんぞ」「普通のレイティングの映画ですから」店に残った部員は五人。「んでどこいくんだ屋敷?」中原が両親とタクシーで帰ろうとしているのを眼に留める。「庶民は大変だなおい。遊びに行くのにも汗水かいてよ。なんだ、その眼は?」もう1台呼んでもらい中原家へ向かう。「運転手さん! 前の車追っかけて!」「住所教えてもらったんだから普通に走ってもらうわよ」「タクシー代は払うから今日は俺が王様ね」「あんたお金関係なしに普段から王様してるじゃない」


「どうしてついてくんだよおまえら!! 疲れてねぇのかよ!」中原は邪見にしていたのだがもちろん夫妻は歓迎してくれた。「はい失礼しますうわぁ豪邸!! セキュリティがっちり。これなら核ミサイルが飛んできてもしばらくはだいじょぶそうですね!(時事ネタ)」「もっと違う褒めかたないわけ屋敷……」中原はリヴィングで中断していたというゲームをプレーし始め俺と勢源は背後で実況し始める。「長かった俺たちの冒険も今日でおしまい」「まだふざけてられる体力があるってどういうことだよ」全力でプレーしてなかったのかもしれない。「気が散るから消えろ」「おまえ自分の部屋ないのかよ」「空気読んでここで遊んでやってるんだろ」アダムは部屋の隅で体育座り。夫人が料理を出してくれたので俺は遠慮なくいただく。「出されたものを残すという選択肢がない。戦中世代かな?」「客観視できてるなら食べる手を止めろよ」夫妻が餌付けモードに入って家中の食べ物を運んでくる。中原がゲームクリアした段階でストップしこの日だけでどれほど夫妻に負担をかけてしまったか思い返す。「小目汚し失礼いたしました。つまらない勝負でしたが……」「最高のゲームだった……!!」手を叩く中原潔氏。横でうなずく夫人。うつらうつらしているアダムと比叡を起こし家を出る。中原氏がテレビのモニターを操作し決勝の映像を再生し始めた。映っているのは1回の表の中原の打席だ(結果は三振のはず)。息子がしょぼくれた顔をして父親の横に座り、今日の反省会が始まってしまった。後輩が修羅の道を歩き始めていた。イケないものを眼にした俺たちは中原宅を後にする。


 アダムが言った。「あのさ、俺がもっと打ってれば楽に勝てたよな」勢源。「それは驕りだ。打率2割のアダムが泡坂相手に2回出塁なんて出来すぎなくらいだ」決勝戦のIFについては際限がない。『泡坂もっと投打無双』、『俺3番起用タイムリー量産』、『置鮎先発』、『桜完封』など『もしも』は考えれば限りがないのだ。この中堅手センターがもっと打って守って走りまくって試合をコントロールしていた『もしも』はありえる。本当に眠たそうにしていたアダムは手を振って帰路につく。「試合終わったあとなのによく動けるな俺ら」と俺。「おまえが『用ある』ってるからついてってやってんだろ」と勢源。


 夜道を歩いているといかにもよさげなラーメン屋を見つけたので入店することにした。ドン引きしている勢源と比叡は別な店で待機しているとのこと。カウンター席に座り俺はアルティメットファイティングノイエジャコビニサイレンスオプティミスティックヴォイドシン中華そばを頼むと逸乃から電話がかかってくる。「一応連絡」「どうしてるメンヘラ」「無事だよ」「ほう」「今すぐどうこうってことにはならない」「行政の判断を仰いだほうがいいんじゃない? 消費税払ってるだろ俺らだって」「私がなんとかする」「華頂は死ぬとかわめいてないの? というかどういう関係なの君たち」「一度にたくさん質問しないで。華頂は筋トレ終わってぶっ倒れてる」「なんで」「野球以外に依存する先がないと死にたがるから」「うわぁ」「ジムにいってバーベルとかエアロバイクに乗って2時間くらい汗を流したよ」「死なない? 大会終わったばっかなのにそれは……」「本人はまだ息してるけど」「いったいなにをやってるの?」「疲れたらうちに持って帰るよ」「人を物みたいに……」「華頂は明日からも野球部部員として活動します。泡坂のボールにぶつかろうとしていたことは他言しないでね」「試合が中止になるところだった」「私は……今日華頂に負けたんだ。別に勝とうと思って試合に臨んだわけじゃない」「華頂の守備は別格でしょ」「守りだけじゃなくてバッティングでも……そもそも2番で使われた時点であいつのこと勢源だって認めているわけだし」「華頂の2番起用はインスピレーションだって勢源は言ってたけど? 俺から見たら50歩100歩」「だから屋敷と喋りたくなかったんだ」「俺が思うに実力っていうのは安定して使えるものを指すのだ。今日みたいな決戦だけ90点の成績を残してもそれはただのまぐれだ。日常的に80点とれる奴のほうが優れたプレイヤーだよ」「……」「俺はいつも100点だけど」「どんだけ自信満々なの?」「おまえは華頂のこと好きなの?」「……好きだけど」「告った?」「無視された」「そういうの専門じゃないので夙夜にパスだな」「やっぱそう?」恋人と時限爆弾。今後は競技よりも華頂個人の問題のほうが野球部にとっての課題になってしまうかもしれない。個性もほどほどにしてもらいたい。逸乃という少女は当初抱いた強者側の印象が消え一人のチームメイトに振り回される側に落ち着きつつある。

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