宴の始末

第64話 エピローグ①

「ケッチャコ」選手たちがホーム前に整列する。一様に顔を隠すチーム青海。俺たちは相手を殺したことに後悔などしない。並ぶと松濤と青海の9人対20人という戦力差があらためて露になった。ざわつくスタンドの反応、青海の敗戦が受け入れられないのだろう(松濤の勝利ではなく)。あまりにもあっけない決着だった。ホームランには野球の『流れ』というものを超越したなにかがある。未だハイテンションな俺が率先して声かけ、「ウィッス!!」わずかに遅れて全員の号令、俺は帽子をつかみ少しだけ頭を下げる。頭上でがなるサイレンが非日常。試合が終わればノーサイド精神(ラグビー用語)、健闘を称えあい相手と握手をする。俺の相手は泡坂だ。またおまえかまおか。「お互い全力でぶつかったよな。途中から9回で終わって欲しくないって思ったよん。こんな面白いゲームそうそう体験できない。野球をやっていいって思わせるゲームだった。おい、負けたほうがなんか言うもんだろこういうのはよ!」「悔いしかない」「仕方ねぇだろ。今日はおまえらが負けるイヴェントだったんだから」桜は泣き崩れ仲間に肩を貸されている佐山が伸ばす手を握っていた。泡坂の手をうらやましそうに凝視していたが、「声かけたら代わったのに」「う、うるせえ別に泡坂と握手なんてしたくねぇし! 野郎になんか触りたくなんてねぇし」「あーそう」今村は比叡と。「顔も見たないわ」「誉め言葉だと受け取っておくわ」風祭は華頂と。「ど、どうしたそんな顔をして」「試合が終わったら帰らないといけないので?」置鮎は勢源と。「おまえたちの強さの秘訣を教えてくれないか?」「残念だが、んなの俺にもわかんねぇんだわ」両チームが応援席に挨拶へむかう。限界なはずの松濤ナインの足取りは軽く、衝撃から立ち直っていない青海選手のそれは重たかった。


 10秒後。三塁側の応援席から感情的な若い声がこちら側にも伝わってきた。いち早く反応した俺は黙ってチームメイトの列を離れる。「変なことしないでね!」「夙夜はいつもそう言う……」観客席にむかって。同情を寄せる観衆、競技とはまるで関係がない事象だ。俺はもちろんムカついている。おまえらの人生に関係ないだろ。こいつは試合前に嘔吐するほど野球という競技をストレスに感じていたのだ。少しくらい休ませてやれ。佐山の肩を叩く。「どうした? お腹がいたいのか?」佐山は黙っている。青海の面々も対応に困っているようだ。彼らエリートは味方の慰め方を知らないのだ。「ほら、お父さんが今日は応援にきているかもしれないぞ。立ち上がって探してみようぜ!」「ほ、本当!?」そう言って起き上がり、佐山は血眼になって実父の姿をスタンドから見つけ出そうとする。小学生みたいな純粋な横顔だ。それも低学年の。振り返って松濤の連中を見てみると勝ったというのに不貞腐れた態度の中原とアダムの姿があって対照的である(他に凡退要員がいなかったんだから仕方ない)。「……ありがとう、助かった」これは風祭。「ステーキな。俺が指定する高い店だぞ」「たまにはこっちにきて話したっていいんだぞ。青海の生徒だったんだから」「部員総出で歓待してくれるならな」「本当に変わってないな」やっと笑った風祭。部員たちは俺に対して顔をそむける。俺が嫌われているものあるがそれとは別に――「俺青海残ったほうが良かった? 逃がした魚は大きかった?」「黙ってろ……」――その場で泣いていない人間が俺だけだったということもあるのだろう。後ろ手を振って俺はグラウンドを横切る。


 夙夜は俺をしつけようとする。「いい!? インタヴューは普通に答えてね。面白いこと言わなくていいから」「フツーに、フツーに」「主将キャプテンのあなたが松濤の代表なの。発言次第で松濤の良いイメージが台無しになる」「イメージ、イメージ」「相手は全国大会4連覇の青海高校でした。強豪相手に見事な勝利、今のお気持ちをお願いします」突きつけられたマイクを手にとって俺。「はい、フツーでしたね。フツーに勝ちました」マイクを奪い返す記者。「過去2年半全国でも無敗だった青海を破りましたね。ですが大変苦しい試合展開で……」ふたたびマイクを手にする俺。「フツーにピッチャー打てましたしフツーにバッター抑えられました。特別なことはない、フツーのゲームでしたね。テレビとかだと高校野球ばっかりとりあげてますけれど、同じくらい他の競技も報道したらいいなって思いますよ。そのほうが平等でしょう? みなさんはどう思いますか?」俺が突きつけたマイクを奪い俺を突き放すインタヴュアー。「コメントありがとうございます」「応援ありがとうございあざました!」その直後俺は手で顔を隠し泣いている風祭を目撃した。困惑しているインタヴュアー。一人になったことで感情が『解放』されたのだろう。泣いているのはあいつだけではなく青海野球部レギュラー全員のはず。絶対がない公式戦で2年間無敗。大差がついた試合結果を見て「楽勝だった」「相手チームを思いやって手加減してやれよ」と言うのは無責任な発言で、青海からすれば毎試合がギリギリだったのだ。野球の勝敗はピッチャーの能力に大きく左右される。そのときマウンドに立ったピッチャーが不調ならそれがイコールチームの敗戦につながる。だから野球という競技は連勝しにくい。勝敗が偏らない。プロでは勝率6割以上チームは滅多に現れないのだ。それなのに青海は59試合負けなかった。彼らは常にグラウンドの内外で圧力をかけられながら勝ち続けてきたわけだ。その孤立から逃れ普通の『負けることが許される側』に墜ちた。俺たちが墜としたのだ。俺はろくにしゃべることができない風祭の姿を見て悪態をつく。「おファックですわ。あいつらプレッシャーで本来の……。再戦したらぜってー負けんじゃん」インタヴューが終わった比叡がこちらにくる。「比叡?」「なによ?」「ホームラン打ってほぼイキかけた? それともイった?」「セクハラってどこに通報すればいいの?」


 松濤高校の面々はマイクロバスに乗り移動している。助手席に座った夙夜が千歳先生に行き先を教えていた。俺は彼女のタブレットで試合後のインタヴューを視聴する。映っているのは松濤高校の監督だ。「(高校生らしい普通の受け答え)」そんな常識人ぶった発言を口にしている勢源の後ろを選手たちが移動していく(大会が終わったら国政に打って出るモクロミか?)。比叡、桜、アダムが電車ごっこwしながら横切る。先頭の比叡は不満顔だ。俺や比叡がインタヴューを受けたときも周囲が騒がしかった。片城は映りたくないので膝を曲げ歩いているようだ。もっとも頭のてっぺんだけが映ってしまっているが。華頂が無言でとおりすぎそれを追いかける逸乃。中原はカメラに気づいてない風を装いキメ顔で歩いていく。大会中SNSを担当していた千歳先生はここまで通路で写真を撮っていた。彼女は友人ち通話しながらフレームインしカメラに気づき笑顔で手を懸命に振る(アカン)。夙夜は最後に出てきた。カメラに気づくとまばゆいばかりの笑みを顔中に咲かせ、腰に添えたままの手を振った。一見極自然なふるまいに見えるが熟練の演技である。未だに役者だな。

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