第60話 9回表 鬼が笑う②

《松濤視点》


 最初の数字48は『インコースボールになるカーヴ』、

 次の数字37は『インコース高めにカーヴ』、これがど真ん中にきてしまったが、

 今村は見送ってストライク。

 乱数によるリードには論理がない。バッターに当たりそうになったカーヴを投げたあとに、同じ遅い変化球が甘いコースにくるとか読めないだろ流石運否天賦(?)。 

 第3球、

 3番目の数字34は『低めに外すスライダー』今村はバントの構え、

 俺は動けない。動いたのはセカンド華頂飛びだすが今村は、

 バントからのヒッティング! 狙いは華頂の頭上だ。

 ふわりと浮かせたボールを数分前に死にかけた男が飛翔し突き上げたグラヴ、先端で軌道を変え、

 ショート逸乃がそこを守っている。グラヴから全身をグラウンドに滑りこませ、ボールを落とさない、

 華頂は地面にへたりこみ、逸乃は素早く立ちあがる。

 動けない俺を守るために全体的に右寄りにシフトしていた。

 ヘルメットを地面にたたきつける3番打者。

 俺のバイブスはまだ生きていた。

「バスターで野手の上狙うなんてこんなプレッシャーかかる場面でできないよ。弄巧成拙ろうこうせいせつに走ったな今村!」

 弄巧成拙――上手いことしようとしてかえって酷い失敗をしてしまうこと。

「変なこと言ってないで黙ってプレーしなさい!」夙夜が怒っている。

「難しいこと言うのは夙夜の癖じゃん」と俺は言い返す。

「夙夜さんも落ち着いたほうがいいんじゃないのぅ」と顧問の千歳先生。

「わ、私はいつもどおりですよ。慎一はいつにもましてテンションが高くって……こういうときはよくないんです。自分でもなにしているかわかってないっていうか。善悪の判断がつかない。今みたいに相手選手に暴言を吐いて……どうしてあんなことするんでしょうね。いくら注意しても変わってくれない」

「そういう人柄なんじゃないのぅ。私はまだかわいい範疇だと思うけれど……」

「スポーツでしょう。規律を守らない選手は参加するべきじゃないんですよ。ちょっとこっちが優勢だからってあんな態度は……」

「屋敷君がここにきて口数が多くなっているのは、プレッシャーを紛らわせてるんだと思うわよぉ。気づかなかったぁ?」

「気……気づいてますよもちろん! 慎一のことはなにからなにまでお見通しです。私が一番彼を理解しているんです!!」

「落ち着いて夙夜さん……」


 もう乱数リードはない。

 堂々と桜は握ったボールを風祭相手に見せつける。

 人差し指と中指をあわせ、中指を縫い目にそわせるその握りは……。

「スライダー」

 第1打席とは違う、初球からの完全なる予告投球。

 アウトローに決まったそのボールは、ほとんど変化しなかった。

「とことんそのコースで勝負するつもりのようだな」と風祭。

 1回表の風祭のサードライナーからすべては始まった。

 風祭が無死満塁の好機を生かせなかったから今のこの状況がある。

 だが青海の主将は2時間前とは同じ選手ではない。アウトローは先制弾を放ったバッテリーにとって呪われたコースでもある。

 片城は平気でそのコースへのボールを要求し、桜は平然と投球する。

 ボールとバットが衝突し重金属が爆ぜる音、キャノン砲かな?

 中原が跳ぶこともできない。

 振り返る内野陣、ラインドライヴしたボールがファウルゾーンに着弾した。

「なんとか生き延びた」

 そもそもこの対戦の青海側の勝利条件は『風祭の出塁』だ。

 風祭の出塁→

 盗塁→

 泡坂の適時打タイムリーで決着。

 桜のボールが衰えすぎていて逆に打ちあぐんでいるのか?

 3球続けてスライダー、ここは手を出さない風祭。ボールカウントが1つ増えた。

 練習のフリーバッティングでさえボール球を見送る風祭だ。奴は自分の打ち気をコントロールできる。

 アウトコースに連投されても風祭はバッターボックス内での立ち位置を変えない。ここでインコースに投げても体勢は崩れないだろう。なので、

「駆け引きは度外視するわな」

 桜は自分を鼓舞する手管を知っている。叫びながら投げる。

 大きくふりかぶって、「曲っっ」

 鋭いテイクバックからボールを、「ぐぁっ」

 全力で投げつける!! 「れぇえええええええ!!」


 消えるスイング。


 打った風祭自身が驚いている。

「飛びすぎ!?」

 打球方向にレフト勢源が駆ける。

 前の打席で左手を押し込む感覚を身につけた故、

 レフト前に落とすつもりが、打球が伸びてしまう。

 

 ここまで121球伝達し続け、初めて功を奏する。

 レフト勢源は桜の投球直前、数歩だけ位置を左寄りに変えていた。

 それでもこの打球は守備範囲の境界線上、

 逸らしてしまえば風祭は3塁に到達するだろう。

 それでも勢源は飛ぶ。

 8回表佐山を三振に斬って伏せ相手の猛攻を断ち切り、8回裏泡坂から3点タイムリーを放ったこの男が、9回表風祭の大飛球をキャッチし、三塁塁審に誇示するようにグラヴに収まったボールを見せつけた。

「あとはたぁ点獲って勝つだけだ!」

 風祭は第4打席の一発で打撃開眼、


 ベンチにだらしなく座りこんだ桜が言った。

「なぁおい、4日後には大阪で組み合わせ抽選会、6日後には全国大会始まるんだろ? スケジュールキツすぎねぇ?」

「来週の話をすると鬼が笑いますよ」

「あ!? どうして鬼が笑うんだよ片城?」

「知りません。そういう慣用句です」

「鬼なんて俺が殺してやるよ」

「強い」と俺。

「吉備津彦命か源頼光か」と夙夜。



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