第27話 『1.00』

「心底安堵している」

 俺は一塁ベンチに座った夙夜に話しかける。

 外気が刺すように暑いがもう慣れた。

「26打席連続出塁。打率10割」

 夙夜は微笑んでスタジアムの電光掲示板を指さす。『打率AV1.00本塁打HR1』の表示。

「自分の発言が虚勢になってしまうことだけは避けたかった。『シングルヒットだけならいつでも打てる』、『自分を抑えられるピッチャーはいない』的な発言の数々がに終わらないで良かったよ」

 夙夜は試合が終わるといつも俺との無駄話につきあってくれる。

 結局野球をしている俺が嫌いじゃないんだろう。

 そうでなければヒットを放つたびに笑顔になったりなんてしないはずで。

「公式戦は練習試合とは具合が違うでしょう?」

 振り返って3塁ベンチの選手たちの様子をうかがう。対青海戦を目前にしながらの敗退。RDAの選手のなかには座りこんで立ち上がれない者もいた。

「俺って勝負事は好きじゃないんだ」

 スポーツをプレーするという過程は好きだが、

 その結果で(勝敗で)一喜一憂したくない。ゴルフやバドミントンバドをやっていたときも思っていたが。

「……まぁそういうところあるね。慎一は勝利に執着しない」

 たとえば他人に悪口を言われても無視シカトできる。

 感情に起伏がない=負けん気がない。

 才能はあってもスポーツなんてむいてない性格をしているのだ。

「野球なんて遊びなんだから――」

「慎一にとってはね。みんなにとっては違う」

「俺にとって野球は個人競技なんだよ。究極俺が打てればそれでいい」

「でもそれじゃチームが勝てないでしょ?」

 夙夜は俺が変わったことに気づいている。

「それはわかっている。今の打席だって犠牲フライ打つつもりだったし」

 結果はセンター前ヒットだったが。

「『自分のバッティング』ではなくチームが勝つために最善手を選んだのね。試合中だけじゃなくて普段の生活もすべてを勝利のために捧げた。この4ヶ月は本当に野球野球で私のことも蔑ろにしたものね」

 夙夜をマネージャーとしてベンチに入れたのはその埋め合わせの意味も含めているのかも。

「怒ってる夙夜さん?」

 夙夜は前髪をかきあげる。

「いいえ。……目的は泡坂さん?」

 それじゃ俺があいつに好意をもっているみたいじゃないか。急に腐った?

 いや、夙夜は野球という競技に嫉妬しているのだろう。自分から離れて欲しくないと。

 それはそれとして幼馴染が準決勝までの6試合ベンチにいてくれて本当に心強かったのだが。

 そして帽子に髪を結んだ夙夜はいつにも増して魅力的だった。制服姿だと首回りの肌が強調されてあれですね(言葉を濁す)。試合の映像を見返すとやたらカメラでベンチにいる姿を抜かれていたのは、彼女が女優の娘だからではない。

「――つぅかご本人が眼のまえにいるしね」

 夙夜がベンチから出て顔を上に向ける。ずっとベンチにいた彼女は気づかなかったようだ。

 青海の面々が1塁ベンチの上に陣取っている。試合が終わり帰るタイミングなのだが、他の観客たちが退場するまでは待機しているのだろう。連中人気ありすぎて混乱が起こりかねないから。

 俺は夙夜と並んで、というか意味もなく肩を組み近寄せ、彼女の顔を赤くすることに成功する。そしてこちらの目線よりも50㎝ほど上からが俺を見下ろしている。

「呼んだか?」

 最前列に座る泡坂は小さく手を挙げ、俺の呼びかけに一応する。人形のように無表情のまま。さすが有名人だ。

 ここでおかしな態度をしめしたら各方面に情報が拡散されてしまう。だから泡坂は無言で貫く。公衆の面前でマジメな『高校球児』を演じている最中だ。伊達に3年間日本一名前が売れている高校生やってない。

 泡坂はこの都大会において置鮎と同様無失点ピッチング、『ゼロの神話』を継続している。

「明後日はおまえ先発なんだろ? 今日は置鮎が投げたし、(地方大会・全国大会問わず)決勝戦はいつもおまえが投げてるし」

 泡坂はノーリアクション。

「えーこうやって一選手が試合会場に彼女なんて連れてきて世間のみなさまから白い眼で観られているのはですね、俺一人が大衆の反感を買うことで1年生八人のプレッシャーを軽減しようといううちの監督の思慮深い戦略なわけですよ。こうやって肩を組もうとすると肘をぶつけるくらいスキンシップを白日の下に!」

 俺は夙夜に肘をぶつけられた頬をさする。

「やっぱり暑いわねグラウンド。試合するの朝にしたらいいのに」

 夙夜は知らぬ顔をして額の汗を拭う。

 野球部のマネージャーの仕事なんてしてない夙夜の肌はほとんど日に焼けていない。大会直前になってようやくベンチ入りが決まったくらい

 意外にも夙夜の部員たちからの印象は悪くない。俺を特別あつかいしようとしないからだろう。よく部員や部長とも喋っている。

 そして監督の勢源がプレー中は代わりにサインを送ることさえしている。

「おい! お前ら二人が最後だ! 仲良くしてねぇでさっさと撤退して学校帰んぞ!」勢源が怒鳴る。

「その呼び方はやめろ!」「その呼び方やめてください!」

 しかも勢源だけではなく大半の後輩が俺と夙夜をこう呼称するという……。

 スタンドを見上げた。親友がうっすら笑っている。

 そのとき俺のとった行動を見て、夙夜と勢源が息を呑んだ。

 俺はベンチの屋根に足を乗せ、スタンドの席に座る泡坂を見下ろしている。

 防球ネット1枚を隔て泡坂と対峙した。今度は俺が上で奴が下だ。

「おまえが俺を抑える未来はないよ」

 泡坂は呆れた顔をしたがいまだ言葉を発さない。

「えー俺がすべってるみたいになってんじゃん甜麺醤テンメンジャン豆板醤トウバンジャン芝麻醤チーマージャン

「明確にすべってます」と夙夜。

「い! ま! す! ぐ! 降! り! ろ!」と勢源。

 勢源と夙夜にグラウンドへ引きずり下ろされる直前、俺は泡坂にこう伝えた。


「松濤にしか青海おまえらは倒せない」

 古い役者は舞台から退場していただく。

 伝説は俺たちの手で終わらせる。


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