第26話 『泡坂の世代』

   *


 東東京予選決勝戦が行われる約1ヶ月前、7月上旬のことだった。


 大会開幕の直前のタイミングで青海大学附属野球部の主力メンバーが某放送局のインタヴューを受ける。

 インタヴューが行われたのは青海野球部の寮内の食堂だった。

 画面に映っているのは女性アナウンサーと泡坂世代が一人、佐山だ。

 輝く大きな瞳、金色でさらさらの髪、愛嬌たっぷりの態度。アイドルみたいな外見しているが高校球児だ。試合前後にファンサービスをこなす。全国どこで試合をしてもとりまきが現れる。佐山一人の存在で観客の男女比率が大きく変わるのだ。いまもアナウンサーがうっとりとした表情を男子高校生にむけていた。

「――た、大会への意気込みをどうぞ」

「チーム一丸になって、一生懸命がんばります!」

「――佐山選手個人としての目標はなにか?」

「僕個人ですか? いえ、そんなことよりもチームが勝ち進んでいくことのほうが大事です。みんなの足手まといにならないよう努力するだけですよ」

「――佐山選手は1年目の夏大会から中心選手として活躍し続けています。『天才バッター』と呼ばれ守備も一流、そして卒業後はプロ入りが有力視されています」

「僕は大した選手じゃないです。僕よりスゴい奴はいっぱいいますし(笑)」

「――全国を舞台にして活躍しても怠けることがない。毎日高い意識をもって練習に取り組んでいるんですね?」

「たまたまこの学校を選んだから4回も全国優勝を経験できたんです。ここにいなかったらプロ球団のスカウトの方から声がかかることもなかった。感謝してもしきれません」

「――はい」

「僕なんて雑魚ですよ(笑)」

「――それはちょっと……」


「脇役ですよ、脇役」


 嘘偽りのない顔をして佐山はそう言った。



 画面に映っているのは女性アナウンサーと泡坂の世代が一人、置鮎だ。

 メガネのブリッジを抑えるいかにもメガネキャラっぽいポーズをとる。イスに深く腰掛け足を組みリラックスした様子だ。置鮎は自信家で態度がデカいエースピッチャー。『どう見ても四十男』、『職場の部下にメシ奢ってそう』な風祭ほどではないにせよ成人済みに見える風貌。年少者を相手にしているはずのアナウンサーもたじろいでいた。

「――(咳払い)大会への意気込みをどうぞ」

「泡坂以上の投球ピッチングを魅せる。ただそれだけのことです」

「――泡坂選手には同じピッチャーとして対抗心があるということですねぇ?」

「あります。成績もそう、投球イニング数、奪三振、投球のクォリティ、ゲームの支配力ドミナンス人気ポピュラリティすべてにおいて奴を超越したい。(失笑)。打者としても超一流なあいつに追いつくには、完璧なピッチングを披露しなければいけない」

「――な、なるほど……。他校にライヴァルはいないとおっしゃるんですか?」

「俺にとって好不調の目安になる打者ライヴァルは校内にしかいないです……いや、一人だけいたな。松濤の屋敷です。あいつには練習試合で2本ヒットを打たれてる。屋敷慎一です、知らないでしょう?」

「――すいません、不勉強でその名前は記憶に――。有名な選手ですか?」

「俺も詳しくは……。ともかく、都大会は無失点で切り抜けるのが最低条件です。あとは全国ですね。全国なら青海も一度はギリギリの展開になる可能性がある。そこで俺か泡坂、どちらがマウンドに立ちどう投げるかです。そこで俺たちの序列が決する。自分のなかではそういうストーリーができている」

「――大会での活躍、楽しみにしています」


「正直、死角はないです」


 キメ顔になって置鮎はそう言った。



 画面に映っているのは女性アナウンサーと泡坂の世代が一人、風祭だ。

 短い髪、日焼けた肌、鷹のような鋭い眼、そして隆起した筋肉。風祭は制服姿がまったく似合っていない高校生だ。礼儀正しく着席したその姿は後方で見守る監督よりも年上に思えるほど老練している。アナウンサーはおずおずとインタヴューを開始した。

「――大会への意気込みを、どうぞ……」

「自分は他の部員たちほど自信家ではないので、いつも負けることを想定して試合に臨んでいます。過去の実績など今これから行われる試合には関係ない。都大会も1回戦敗退だってありえるわけです」

「――ええ、そうですね。可能性は……」

「あります。すべての試合が決勝戦だと思って、一戦一戦必死に、眼の前の相手と全力で戦って、気がついたら全国の頂点に立っているのが理想だと……(横目で堂埜を見つつ)これは監督の受け売りなんですけれどね」

「――なるほど、堂埜監督のお言葉でしたか」

「もちろん、我々は強いですよ。自分たちを挑戦者だと思いこむことは難しいです。春も夏も春季大会も神宮大会も国体も含めて無敗を守っているチームです。そんなの過去に例がない」

「――風祭選手は打者として数多くの記録を打ち立て続けてきました。早くもドラフト会議で1位指名を公言する球団もありますが」

「大変光栄なことです」

「――プロになってからの活躍も期待していますが、高校生活最後の大会でなにを目標にされているのでしょう? 置鮎選手は泡坂選手を目標にしていました。風祭選手は打者として対抗意識を持つ選手はいらっしゃいますか?」

「いえ、自分は自分です。すべての打席で満足のいく結果を残したい」

「――よく泡坂選手とバッティングで比較されますが?」


「あいつはあいつです」


 晴れやかな顔をして風祭は言った。



 画面に映っているは女性アナウンサーと泡坂の世代が一人、今村だ。

 糸目、ノーフレームのメガネ、悪い顔、頭の良さそうな顔、泡坂の世代は全員そうなのだが長身である。だが物腰は穏やかで他人に気を遣わせる雰囲気はない。アナウンサーは落ち着いた様子でインタヴューを開始する。

「――大会への意気込みをどうぞ」

「良くも悪くも泡坂次第やね」

「――はぁ……」

「これはあくまで個人的な意見なんですけれど、このチームが最強なのは泡坂個人の能力によるところが大っきいんですわ」

「――泡坂選手個人ですか? (引きつった笑顔で)確かに素晴らしい成績を残していますが、彼以外にも高校卒業後プロに入団する選手が複数――」

「そのなかでもあいつは別格っちゅうことです。『白眉』っちゅう表現がぴったりかな? あいつがおらんかったら甲子園5連覇は厳しなりますね」

「――青海高校は泡坂選手一人に依存しているんですか?」

「あいつが他校におったら1回も全国で優勝してなかったかもしれない。敵に回したら敵わない。それくらいあいつの性能はケタが違う。野球選手として必要なスペックをすべて持っている。打撃も投球も走塁も。どんな環境でプレーしても一番になれる」

「――全国のファンのみなさんも同じことを思っていると思います」

「あいつを『大量破壊兵器』なんてけったいな呼び方をする奴もおるんですよ」

 背後から生徒たちのツッコミの声。

「――この映像を観てチームメイトのみなさんが不機嫌になってしまうかもしれませんよ(笑)」

「反論できるならすればええんですわ。僕は泡坂という選手を信仰していますからね。まぁ僕は同級生やから泡坂の普通の高校生らしい、俗っぽいところも知っとるんですけれど、野球やらせたら完璧やなと」

「――プロでもすぐに通用すると言われています」

「あいつのボールを受けられるのもこの大会が最後やろうし、悔いのないようにプレーしたいと思います。泡坂のことばかりで自分のこと全然語ってまへんけれど」

「――今からでもかまいませんよ」


「そこは選手やさかい、グラウンドで語らせてもらいます」


 アナウンサーの言葉を制止し今村は言った。



 画面に映っているのは女性アナウンサーと泡坂の世代が一人、泡坂だ。

 192cmの体躯に長い手足。横に座ったアナウンサーが別の生物に見える。無表情、、真横にむすんだ口元はいかにも無口そうな印象を見る者にあたえるだろう。普段の泡坂は確かに喋らない。アナウンサーはぎこちない笑みを浮かべ話しかける。

「――大会への意気込みを……」

「勝ちたいです。みなさんのご期待に応えたい」

「――期待ですか」

「僕らにとって勝つことは義務なんです。部のみんなも、スタッフも、学校の生徒も勝って当然と思っている。その期待に応えたい」

「――な、なるほど。高校生ながらすでにプロの目線ですね」

「高校で一番評価される選手になってプロ入りすることは高等部に上がったときからの目標でした」

「――1年目で早くも日本一という目標は達成したわけですが」

「あの大会から変わったことがあります」

「――というと?」

「お客さんの眼を気にするようになったんです。あれだけお客さんが入ってくると、試合中観客の拍手やどよめき、声が伝わってきますから」

「――青海高校は成績だけではなく人気も規格外ですよね。ほぼ毎試合球場が満員になって……」

「大勢の人のまえでプレーすることは楽しいんです。昔は自分がいいプレーができればそれで良かった。スタンドからの声援なんてプレーには関係ないと思っていました」

「――それが違ったと」

「何万といるお客さんたちは僕たちにとっていいモチヴェーションになる」

「――私は競技経験者ではないので、大勢の人に囲まれて試合をする感覚がわからないですが……」

。あの体験を得るためだけでもプロのアスリートを目指す理由になると思います。選手と観戦者を問わず『一体感』がある。音楽のコンサートも一緒なのかな……」

「――スタジアムでプレーするとそう感じる?」

「できればお客さんに楽しんでもらって、味方につけてプレーしたいと思っています。かと言って特別なことをしているわけではありません。そうなれば青海にとってアドヴァンテージになるというだけです」

「――160㎞/h投げて特大のホームランを打つ泡坂選手ですから、テレビで観戦しているお客さんを含めみなさんが贔屓してくださると思いますよ?」

。負けるところを観たいお客さんもいますよ」

「――……常勝不敗と言われる青海高校より強いチームが存在するのでしょうか?」

「僕たちよりも強い……というのはちょっと想像できないですが、僕たちよりも強いなら実在するかもしれない」

「――その個人というのは……バッターですか? ピッチャーですか?」

「バッターですね。屋敷は俺と似たバッターなんです。松濤高校の2年、屋敷慎一です。中学時代半年間だけチームメイトだった。注目しておいてください。決勝であいつと対戦できたらすごくうれしい」

「――泡坂選手にも注目している選手がいるんですね」


「あいつだけは特別です」

 微かに笑いながら泡坂は言った。


   *


 総評。

 青海には野球星人が5人いるというが、全員そろいもそろって変人ばかりだ。

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